作:杏
「えっと、あの…わたし戻るんでっ…」
随分と歩いてから、とっくにトイレなんて行き過ぎたことに気付いた未夢。
周囲に四中生は見当たらない。
戻ろうとした矢先に、同じく修学旅行中の高校生に声をかけられ、現在に至る。
「自由時間ならいいじゃん、一緒に遊ぼーよ」
「いえ…あのっ、結構です…っ!」
散々この応酬が続き、未夢の目にうっすらと涙が浮かんできた。掴まれた腕を、離してくれない。
「西遠寺くん! …あれ、未夢ちゃんっ!?」
「…ったく…っ!
小西、おまえはここにいろ!」
前を走っていた彷徨が、綾の行く手を阻むように立ち止まった。
「でも…!」
「俺ひとりでふたりも守りきれる自信ねーし、万が一、何かあったら先生たち呼んでくれ」
「う、うん…」
「せっかく旅先で出会えたんだしさぁ、仲良くしよーよ」
「ねぇ、名前教えてくんない? ナニちゃん?」
未夢は俯いたまま、言葉を噤んでいた。当然力で敵うわけはなく、諦めてくれるのを待つしかなかった。
「いーじゃん、名前くら…―――なんだ、オマエ」
「いってェ…!!」
「……?」
突然腕を解放され、よろめきながら未夢が顔をあげると、今度はぐいっと凄い力で腰を寄せられた。
「――――悪いけど」
「…え……?」
「こいつ、俺のだから」
男の腕を軽く捻る人物を見上げれば、自分より大きな高校生たちを睨み上げる、挑戦的な瞳。
ぱっと捻っていた手を離して、腰にまわした手に更に力を入れて引き寄せられる。
「…かな、た…?」
頬が当てられた彷徨の胸から、彷徨の心臓の音。
初めて聞いた鼓動が、自分のそれに紛れていく。
未夢には何が起こっているのか、わからない。
自分がどんな体勢にあるのかさえ、把握できないでいた。
「な…! ガキのくせに…!」
彷徨を見て敗北感を感じたのか、そのセリフに少々呆れたのか。
後ろの二人は彷徨と未夢を黙って見下ろしたが、腕を捻られた男が拳を握りしめた。
「おい、やめとけって…」
「…先生っ! こっち! こっちでーす!!」
仲間の制止も聞かずに飛び出した男が彷徨に殴りかかろうとした瞬間、後ろの方で綾が叫んだ。
「ちっ…!」
「行くぞ!」
「…そのガキをナンパしてんのはてめーだろ」
舌打ちしながら去っていく男たちに、まだ鋭い視線を刺したまま悪態を吐いた。
その傍らで、ようやく我にかえった未夢が彷徨との距離に戸惑っている。
「あ…あの…彷徨…? 離して……」
「あ、あぁ」
未夢を寄せていた手を離し、自分のしていたことにようやく熱を帯び始めた顔を、見られないように逸らした。
「…ビックリしたぁ……」
「何やってんだよ、あんなのに構ってたらキリねーぞ」
ぺたんとその場に座りこんだ未夢に横目で一言。未夢もぷいっと彷徨から顔を逸らす。
「わ、悪かったわねっ! モテる彷徨と違って、モテないわたしはどーしていいかわかんなかったのよっ!」
「未夢ちゃ〜ん! 大丈夫!?」
「綾ちゃん! うん、大丈夫だよぉ〜」
「小西もサンキュな。 助かったよ」
「ナ〜イスアドリブ! だったでしょっ?」
駆けつけた綾が片目をつむってみせる。どうやら先生は呼んでいないらしい。
「さっすが綾ちゃん! ありがと」
「お礼は助けてくれた西遠寺くんにね〜? 万が一のときは先生たち呼んでって言ってくれたのも西遠寺くんだし。 委員長がトラブルはまずいのにね〜」
「だから呼ばなかったんだろ?」
「…えっ? ま、まぁそんなとこ、かなっ!」
「あーやぁ、ホントは気になって先生呼ぶなんて忘れてたんでしょー?」
「わぁっ! ななみちゃん!」
背後に突然現れたななみに驚き、胸を押さえて振り返る綾。その後ろには三太もいた。
「まぁ、あんなこと言われちゃあ、綾じゃなくてもそのあと気になっちゃうよねー黒須くん」
「いやぁ〜カッコよかったぜぇ彷徨ぁ〜! コホン! 『悪いけど、こい…」
「…見てたんなら助けに来いよな」
ハイテンションで肩を組みにきた三太の脇腹に、軽く肘を入れる。
「おぅっ! そ、そこはさっき天地さんにもぉ〜〜〜〜」
へなへなと倒れ込む三太。倒れる間際に綾とパチンと手をうった。
「『悪いけど…こいつ、俺のだから』
ぐっと未夢ちゃんを引き寄せる西遠寺くん!
その意味深な言葉と勝気な瞳に未夢ちゃん釘付け!!
そして…もがっ!」
「ハイハイ。その先はノンフィクションでいきましょー」
綾の口を塞いだななみが、当の二人を指差した。
「そっ、そーよっ! 何てこと言ってくれたの!
だぁーれがあんたのものですってぇ!?」
「あれが一番手っ取り早いだろ!」
「他にもなんかあったでしょ!」
「ケンカは避けたかったんだよ! 俺の立場も考えろ!
おまえなんかこっちから願い下げだっ!」
「失礼ね! わたしだってあんたなんか、おことわ…」
「みーゆー? あんたいつまで座ってんの?」
「制服汚れちゃうよ〜?」
ななみと綾に声をかけられ、二人の口げんかがピタッとやんだ。未夢が頬を赤く染めて俯いていく。
「…だ、だって、……ないんだもん…」
「「え?」」
ぼそぼそと呟いた未夢の声は誰にも届かず、訊き返された。
「立てないんだもん…腰、抜けちゃって…」
声を少しだけ大きくして、もう一度口にした。ますます顔が熱くなる。上の方からため息が聞こえた。
そんな未夢の言葉に、ニヤリと口角を上げたのは綾とななみ。
「未夢ちゃん、荷物貸して?」
「へ?」
「西遠寺くんも、リュック持つよー? 黒須くんが。
ほら、黒須くん! 起きて起きて!」
「…ふぇ? ぶっ! なにすんだよぉ〜」
ようやく起き上がった三太の顔面に、彷徨がリュックを投げつけた。
綾に荷物を預けると、入れ替わりに彷徨が屈みこむ。
「………行くぞ」
「へっ!? えっ、ひゃあっ!」
身体がふわっと浮いた。きょとんと何度か瞬きをして、ようやく彷徨に抱えられていると気付く。
「ちょっ! 何すんの! おろしてよぉ〜〜〜」
「暴れんなよ、落ちるぞ」
バタバタと両手を振りまわす未夢に、わざとよろけてみせる。途端におとなしくなった。
「こっ、こんなので戻ったら、またクリスちゃんが…」
未夢の声が、四人の足を止めた。
「じゃあ、おまえ体調不良でバス待機な」
「…はい?」
訳がわからない、といった様子で彷徨を見上げる。目が合うと、あまりの至近距離に顔を背けた。
「先生からそーゆー指示出てるから。 こっからバスの方が近いし」
「じゃーあたしたちも付き添いってことで!」
ななみが横から手をあげる。その隣で綾も頷いた。
「三太! おまえ先行って、先生に事情説明しといてくれ」
「おう! 任せろ!」
「絡まれたとか、よけーなこと言うなよ!」
「へ〜い!」
走り出していた三太に、釘を刺す。
「大丈夫かな〜黒須くん」
「さぁ…? とにかく、バスまで行くぞ」
先に集合場所に戻った三太は、水野にうまく伝えた。
余計なことは一切言わなかったのだが、その手には、彷徨のリュック。
それに気付いたクリスが、リュックひとつで限りなく真実に近い妄想を繰り広げ…
遅れた彷徨が戻った頃には、荒れ果てた集合場所にクリスと鹿田だけが佇んでいた。
こんばんは!杏です。
お読みいただきまして、ありがとうございます!
ありがちな展開でスミマセンm(_ _)m
今回はなんだか言葉が浮かばなくて(;x;)
タイトルはまんまだし、中身もなんとなく、ぱっとしてないです。。
次、頑張ります(><)