第四中学校 2学年御一行様

〜告ぐ〜

作:

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修学旅行最終日。一行を乗せたバスが到着したのは…。


「わぁ〜〜〜観覧車! あとで乗ろうね!」
「おっきいねー海遊館!」
「ジンベエザメ楽しみだよなぁ〜」
「行くぞーはぐれるなよー」

大阪・海遊館。
平日の朝一番、ほぼ貸し切り状態の大きな水族館に、一行の長い列ができていた。

「見てみて!こっちの魚!」
「キレイだねー」
「こっちに気持ち悪いのいるぞぉ〜! かぁな……あれ?」
ガラスにへばり付いていた三太が振り返って彷徨を探す。
少し離れた場所に、彷徨と…その陰に、女の子。
よくあることでも、こんなシーンを見せられちゃ、魚より興味が沸く。
水槽越しに、いびつに揺れる二人を盗み見るななみ、綾、三太。
「また呼び出しだね〜」
「どっちがはぐれるんだかねぇー」

「未夢ちゃんは?」
「あれー?? さっきまで一緒にいたのに…」
未夢の鮮やかな金の髪は、水族館の暗がりでもよくわかる。
しかし、このときは三人で周囲を見渡しても、見つからなかった。
「…先に行っちゃったのかなぁ?」
「急ご!」


その頃。未夢は困っていた。
「俺、光月さんが好きなんだ。 俺と付き合ってくれない?」
「…え? …えっと………」
彷徨が呼び出されていた場所の、ちょうど裏側。
そばに彷徨がいない今を狙って、未夢を呼び出した男子がいた。
話したこともない、他のクラスの男の子。
付き合うとか、付き合わないとか、好きとか嫌いとか、それ以前の問題で。
ましてや、昨日気付いた気持ちを受け入れることで精一杯の今。
「…返事、今すぐじゃなくていいから。 考えといてね?」
相手がそう言って、立ち去ってくれるまで、何も言えなかった。


「あっ! いたいた! 未夢、どこ行ってたのー?」
「もうすぐイルカショー始まるよ〜」
「ごめーん、見入ってたらはぐれちゃったみたい」
ななみたちに追い付いたのはショーの観覧席の入り口。
階段を数段上ったところから、辺りを探していた二人に駆け寄る。
「行こ! 西遠寺くんたちが席とってくれてるから!」
「うんっ」



そばで水しぶきを浴びながら観たイルカショー、その迫力に思わずみんなで声をあげたジンベエザメ。
土産店ではお揃いのイルカのペンダント。
ルゥくんに、と買ったペンギンのぬいぐるみ。

長い買い物を終えると、外で待つ彷徨たちと合流して観覧車に向かう。
さっきの大事件も忘れて、ななみや綾と、大いにはしゃいだ水族館。
ただ、まだ彷徨とは、一度も話していなかった。
ケンカして口をきかないことはあるけれど、今日は違う。
今まで、何をどんな風に話していたのか、わからなくなってしまっていた。



観覧車乗り場も、四中の生徒が大勢並んでいる。
あと数組で乗れるというところで、
三太がどうする?と注意書きにあった『定員 4名』の文字を指差した。
「あ、じゃあわたしはいいから…」
あまり高いところが得意ではない未夢が辞退しようとした矢先、ななみと綾が三太の両脇を抱えた。
「黒須くん、一緒に行こ!」
「いいから、いいから!」
「へ?」
「えっ、ななみちゃん、綾ちゃん…」
「じゃあ西遠寺くん! 未夢のことよろしくねー」
扉を閉め、行ってらっしゃいと手を振る係員。
残された彷徨も未夢も、連れられた三太も唖然としていた。

「…とりあえず、乗るか」
「…う、うん…」
次のゴンドラに乗り込む。
辛うじて沈黙は免れた。スピーカーから、景色にあわせてアナウンスが流れている。
(……ど、どうしよう…)
「怖い?」
半分ほど上ったところで、彷徨が横を向いたまま口を開いた。床を映していた視線が、そっと彷徨に向けられ、また下がる。
「おまえ、床ばっか見てるし」

彷徨だって、未夢が自分と話そうとしていなかったことは気付いている。
残された時点で乗らないという手段もあったけど、敢えてななみたちの策に乗った。
もちろん、先のゴンドラで彼女らが見ているのもわかっている。

「何があって俺を避けてるんだろうなー、未夢チャンは」
「べ…別に避けてなんか…」
軽いため息と、からかうような口調。未夢チャンなんて、普段は絶対言わない。
「…広瀬に悪いとか考えてんの?」
すっと彷徨の瞳が色を変えて、視線が真っ直ぐに刺さった気がした。
目を合わせてもいないのに、その視線に捕えられて、肩が強張る。膝の上で両手を握りしめた。
「おまえが変に俺と距離つくって、喜ぶやつじゃないと思うけどな」
「そんなんじゃ…」
「じゃあ何なんだよ?」
「…………」
煮え切らない未夢の態度に苛立ち、言葉が強くなってしまう。
余計に黙り込む未夢。
周辺の景色を案内する機械の音声だけが、重々しい空気の中で明るく響いていた。



『まもなく、頂上です』

「……未夢」
ななみたちから見えなくなるのを見計らって、未夢に手を伸ばした。彷徨の動きにゴンドラが僅かに揺れる。
「きゃ…」
目をつむって手摺にしがみついた。額に自分のより少し大きな手が触れる。
「おまえ、熱でもある?」
「え…」
目を瞬いて、さっきよりも間近にいる彷徨を見た。
「あ、やっとこっち見た。 おまえが変なときは、なんか独りで抱えてるときか、隠しごとするとき。
 ひとのことは過剰なほど敏感に察知するくせに、自分のこととなると絶対言わないもんな」
「……」
「……で? 熱がないってことは、ナニ抱えてんの?」
額に当てられた手が、ポンと頭にのせられる。
さっきとは違う柔らかな瞳に、吸いこまれそう。胸がきゅうっと締め付けられて、苦しくなる。
「えっ…と……」
(…い、言えないよ……)



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「未ー夢っ! どしたの?」
「えっ? なにが??」
集合場所に整列して、座って。前で声を張り上げる教師の話を聞く、少々退屈な時間。
ななみが後ろから未夢の背中をつついた。前の綾も振り返る。
「なんか元気ないよ〜未夢ちゃん」
「そう? そんなことないよぉ〜」
「観覧車で何話してたの? ふたりっきりで!」
「別に、フツーだよっ? ジンベエザメ大きかったねーとか、空が綺麗だねーとか…」
ニヤニヤとなにか期待しているななみに、未夢は期待外れの返事をする。
がっかりしたななみだったが、未夢の言葉を不思議に思って、上を見上げた。

「未夢ちゃん、今日はずっと曇ってるよ?」
「…え?」
未夢も空を仰ぐ。どんよりとした雲が一面を覆っていて、お世辞にも綺麗とは言い難い。
「未夢ぅー?」
「あはは……。 あ! そうだ、あのね、実は…」
観覧車でのことははぐらかしたくて。
あとで相談しようと思って忘れていた、もうひとつの出来事を小さな声で話した。



「え―――っ!?」
「な、ななみちゃんっ!」
思わず声を上げたななみの口を塞ぐ。一瞬あたりの注目が集まり、三人は身を小さくした。
静かにしてろ、と彷徨の目が言っている。

視線がそれぞれに前に向きだすと、また小声で未夢に話しかける。
「だれ? 何組?」
「えっと、5組の…名前…なんだっけ? サッカー部って言ってた…」
「それだけじゃわかんないよ〜」
「身長は? どんな顔? カッコいい?」
「わたしよりちょっと高いくらいかな? どっちかってゆーと可愛い系の…」
「5組の可愛い系、可愛い系…。 林くん…はサッカー部じゃないし〜」
「ま、誰でもいいけど、どーすんの? ちゃんと断ったの?」

興味津々に訊いてきたくせに、相手がわかりそうにないと悟ると、ななみはさらっと話の方向を変えた。

「…ううん……。 何にも考えられなくて…。
 向こうからも、すぐじゃなくていいからって言われて、そのまま…」
「その場は押し切られたって訳かぁー」
「でも、言うなら早い方がいいんじゃない? 相手に期待させちゃっても…」
「そ、そっか、そうだよね…」
「好きな人いるんでーって言っちゃえばよかったのにねぇー」
「えっ、な、そん、な、すきな…ひと、なんて…」

今までと明らかに違う反応。慌てながら、もごもごと否定する語尾が消えていく。
耳まで真っ赤にして、俯いてしまう。


「なにー? やっと気付いた?」
未夢の赤い頬をななみがつつく。嬉しそうに綾もニッコリと微笑む。
「え? え?」
「当ててあげよーか? 未夢の好きな人」
左腕に綾が腕を絡める。ななみが未夢の肩に腕をまわした。二人が楽しそうに未夢の両耳に顔を寄せて、声を揃える。
「「西遠寺くん」」
「なっ…なっ、なっ……」
ボンっと未夢が沸騰する。訊きたいことが声にならない。
「なんで知ってるのって?」
コクコク、真っ赤な顔で力いっぱい頷いた。
「見てればわかるよぉ〜」
「未夢、わかりやすいしねー」
「…か、彷徨にもバレてる、かな…?」
「さあ? どうかなぁー?」


「――1組、起立!」
「「「うひゃあぁぁ!」」」
なんともタイミングのいい彷徨の号令に、三人は慌てふためく。
「…なんだよ」
話なんて全く聞いてなかったので、それが終わったことにも気付かなかった。
此方を睨むように視線を落とす彷徨。ななみが一番に立ち上がって、ポンポンとスカートをはらう。
「ごめーん! どうぞどうぞ! 続けてくださーい」
「……1組、これからバスに乗ります! 出発!」

彷徨の合図に歩き始めた1組の面々。
歩きながら、ななみがこそっと未夢に耳打ちした。
「確かに、こーゆーの見てるとカッコいいよねぇー」
「あ、でもやっぱり、未夢ちゃんしか知らない西遠寺くんってのがあると思うし〜」
「未夢が惚れたのはそっち側だよねぇー」
「ふ、ふたりともぉ〜〜〜」
からかい続ける二人に、顔の熱のひく隙がない。

「で、どうするの? 5組の子」
「もう帰るだけだし、新幹線の席も遠いよねぇ〜」
「あ……うん、どうしよう……」




こんにちは、お読み戴きましてありがとうございます。
そして拍手、コメントもありがとうございます。
とっても嬉しいです!煮詰まったときの栄養剤です♪

長い長い修学旅行も、もうすぐ終わろうとしています。
もうちょっと(2〜3話くらい?)、お付き合い戴ければ幸いにございます。

実は、最終日の舞台が決まらなかったのです。
作中には、“瀬戸内海の見える海沿いのホテル”とだけ書いていました。
当初は修学旅行らしく、広島の予定でした(^^;
京都からの移動、最終日の帰路とかかる時間(アバウトですが)、そこに仕込めそうな流れなどなどを考え、ピックアップしたのが、
広島、神戸、大阪、奈良。

因みに奈良は一番に却下されました。
ど〜〜〜してもクリスちゃんと鹿田さん及び本物の鹿で、一悶着やりたくなったのでww
宿泊地(この場合はおそらく大阪)からのルートも不自然になるし(><;

杏の拙い言葉繰りと僅かなボキャブラリーでは
広島編での背景描写がうまく書けず、海遊館になりました。
この場で私の思うようにキャラクターを動かすことは、
こういった場所で掲載するにふさわしくならないと思ったからでもあります。
多感な中学生らしい、良くも悪くも正直な行動をさせたかったので。
このストーリーは私のなかにとどめておきます。

…と、硬くなってしまいましたが、まぁ、二人きりにする時間も欲しかったし、班別散策も避けたかったし、といろいろ考えて、こうなったとゆーことです(^^*)
さて、一行は帰路につきます。
新幹線でびゅーんと。
しかし、彼らの住む町はどこら辺なんでしょうね?
とりあえず、関東のどっかですよね、きっと。

今更出てきた5組の男の子。
彼の名前は最後に出す予定です。
ただ出てきた訳ではない、…はずです(^^;

次回もよろしくお願い致します。

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