作:杏
「俺にこれをやれってか…?」
デートを翌日に控えた金曜日の夕方。
自分の部屋に転がっていた彷徨は、ガリガリと後頭部を掻いて上半身を起こした。
ルゥとワンニャーが居間にいるけど、未夢は帰っていない。彷徨が委員会を終えて学校を出る時には、まだ校内にいるようだった。
教室にはいなかったから、おそらく演劇部の部室。顔を出してみようかとも思ったけれど、先日、綾に渡されたあのノートのことを考えると、未夢も同じような目にあっているだろうと思う。
そんなところに迎えに行こうものなら…その後は容易に想像がつく。
“今宵のそなたは一等美しい”
“この小さく華奢な身体のどこに、このように大きな愛が入っているのだろうな”
“そなたが望むのが、皇帝の妃ではなく…私の愛であることを、私は望もう”
ストーリー自体は、途中で二転三転、結末もない綾の脚本。ただ、要所要所のセリフは何とか使おうとしたのだろうか、二重丸で囲ってある。
残念ながら、現代の遊園地デートに使えそうなセリフは何ひとつなさそうなのだけれど。
(―――……? 何だ、これ…?)
それとは違うところ、皇帝の行動描写に赤いアンダーライン。綾が本当に参考にして欲しかったのは、どうやらこちらだったらしい。
「…無理だって……」
(いつもどーりで十分だろ……)
傍から見れば恋人同士、そう言ったのは綾なのだ。ならば、こんなものはなくても。
机に置き去りにされた綾のノートは、その一度きりしか開かれることはなかった。
◇◇◇
「…さむ………。
そもそもなんで、真冬にモモンランドなんだよっ」
ダブルデート当日、空は快晴。ただし、寒い。それもそのはず、まだ2月の半ば。
「だ、だって友達がここに来たいって言ったんだもん〜」
はぁっと両手にかけた息が白く上った。
行き交うカップルたちは寄り添って熱を放っているが、家族連れや友人同士のグループなんかは見受けられない。
「おまえ、家出るとき、手袋持ってたよな?」
「…え、えへへ、そのまま玄関に置いてきちゃったみたいなんだよね〜…」
ひくひくと頬を上げた未夢が擦るようにして温めているその指先は、わずかに赤くなっている。
「…しょーがねーなぁっ、ほらっ」
そういえば、下駄箱の上に手袋を置いてたな、と彷徨も今朝のことを思い返す。
スニーカーに足を突っ込むだけの自分は、すでに手袋をしていたけど、未夢は違った。
「…えっ、いいよっ! 忘れたわたしが、悪いんだし…」
せっかくいつになく早起きしていたのに、気合を入れてめかし込んでいたら、結局時間ギリギリ。
新しい編み上げブーツを履くのに手間取って、急かす彷徨を慌てて追いかけたのだった。
「いーからしてろっ」
「え…う、うん…」
手渡された濃紺の手袋は、彷徨の体温で温かくなっていた。未夢の手にはちょっと大きなそれを、左手にはめる。
「…あったか〜い…あ、ありがと…」
(……って、なんで片っぽ?? ま、まぁないよりいいけど…)
「ひゃ…!」
「……冷たい」
「な、なにす……!」
突然、冷え切った未夢の手は、熱いくらいの熱に包まれた。
「今日は恋人同士なんだろ?」
さも当たり前のように、繋いだ手を自分のコートのポケットに突っ込んで、彷徨はニヤリと口角を上げる。
「………! そ、そうだけど…っ!」
“ 『―――この雪夜にそなたの手が悴むならば、私が温めよう』
皇帝はそう微笑んで、女Aの両手を包んだ。 ”
こんばんは、杏です。
ご覧戴きまして、ありがとうございます。拍手、コメントもありがとうございます!
ベッタベタな展開ですみませ〜ん(><)
せっかく下書きをするのに、パソコンを前にするとストーリーが変わっていく、思い付いた小ネタをぶっこむ…。
もはや、結末はなんとなくのイメージしかありません(汗)
この綾ちゃんの脚本は、出来上がっていてもきっと顧問の先生あたりからNGがでたことでしょうw
次回は未夢ちゃんのお友達とその彼、久々に名のあるオリキャラが登場します。
またお会いできると嬉しいです♪
ありがとうございました〜(*^-^*)