作:杏
「お参りですか?」
幼い子供たちのあとに続いて、こちらに声をかけたのは、少年の母親らしき女性。
その姿に、未夢は目を見開く。繋いだままだった手に、僅かに力が入れられた。見上げることはしないけれど、その大きな手を包み込むように握り返した。
「……あ、えっと……」
どうしよう、と彷徨に目を向ける。それでも顔を上げずに、肩のあたりに視線を泳がせた。
とりあえずは、そういうことにしようと、彷徨が口を開きかけたとき。
「ちがうよっ、けっこんちきだよっ! な、みゆっ」
少年が母のスカートの裾を引っ張った。同意を求められた少女が、少年の影で小さく頷く。
「ふふ、違うのよ、彷徨。 お兄さんとお姉さんは成人式」
「「せいじんちき??」」
きょとんと繰り返した少年を抱き上げた。
「そう、大人になったお祝いをしてきたの。 …なんだか懐かしいわね」
「ままっ!」
遅れてきたもうひとつの声に、少女も宙に上げられる。
(―――ママ…!)
さっき彷徨がしたよりも、ぎゅっとその手に力を入れた。先程の少女のように、彷徨の肩に僅かに身を隠すように、後ずさる。
「……そう、成人式の帰りに、お参りにきたんです」
するりと手を解いた彷徨は、その手で未夢の背をポンと叩いた。ちゃんと見せてやれと言うように。
「そう、……ありがとう」
少年の母はそう言って笑った。少女の母も、笑顔で頷く。
流れに噛みあわない感謝の言葉に、二人は顔を見合わせる。
「わたしたち、式に行かなかったから。 …この子たちがいたから」
そう言われて、返す言葉がなかった。わかっていたことだけど、目の前でそう言われてしまったら。
「だから、ありがとう」
泣き出しそうに俯く未夢の握りしめた両手を、少女の母が片手で包んだ。
「…そんな悲しい顔しないで? あたしたち、別に後悔してる訳じゃないんだから! 式よりもこの子たちを…より大切なものを選んだだけよ?」
「――ちがうよ! けっこんちきっ! だって、だって…っ!」
少年が母の腕でジタバタと暴れ出した。雪の上に下ろされた少年に倣って、少女も母の腕から離れる。
「……あかたん…」
未夢に駆け寄ってそう言ったのは、少女だった。
「え…? なぁに?」
小さな声が聴きとれずに、未夢は腰を折って訊き返す。
「あかたん…」
「あかちゃん、いるんだ! おねーちゃん…っ!」
雪に付きそうな袖を左右でぎゅっと引いて、少女は小さく繰り返し、少年が大きな声で続いた。
「「え………?」」
子供たちの声に反応して声を上げられたのは、母たちだけだった。
「み、未夢っ、それ本当っ!?」
母にそう訊かれ、少女はコクンと頷く。自分をも呼ぶようなその声に思わず顔を上げながらも、未夢は言葉の意味を呑み込めずに、目を丸くしたまま子供たちを眺めていた。
「素敵ね! あんたたちすごいじゃない!」
よくやったと言わんばかりに、両手に抱きしめた子供たちの髪をグシャグシャと撫でる少女の母。
「…若いから、手放しに、って訳にはいかないのかもしれないけど…。 おめでとう」
「…え……?」
中腰で固まったままの未夢に手を差し伸べてそう言った少年の母は、今日はとっても素敵な日ね、と笑った。
「…み、…おまえ、ホントに……?」
ようやく、先に事態を把握した彷徨が未夢に声をかけた。こちらも、理解する今の今まで呆然としていた。
「…………」
「み、……おいっ」
「…え、あ………か、…」
やっと彷徨を見上げた未夢は、いつものように、彷徨、と呼びかけようとして、自分に集まる注目に、周囲の人物にはっとして口を閉ざした。
未夢の様子に、本人も気付いていなかったのは明らか。
「あんたたち、ちょっと早すぎたんじゃない〜?」
ハテナ顔の子供たちを小突くように、少女の母は悪戯に笑った。
「おめでとう。 身体、大事にしてね」
「…は、はい……」
一応は返事をするけれど、といった感じの未夢に、母たちは笑う。少年の母が、二人の背中をポンと押し出した。
「早く帰らなきゃ、こんなところじゃ冷えちゃうわ」
「…はい」
その笑顔に促されて、彷徨は未夢の手をとって、石段に向かう。
石段を下りたところで振り返ると、四人がまだ手を振っていた。
こ、こんにちは。。
杏です。今回…いかがだったでしょうか。。
なんだかいつもより、みなしゃまの反応がこわいです。どきどきです。
いつも気になりますが、ビクビク倍増です。
ちょっぴり脚色。未来さん、瞳さんには、早めに母になってもらいました。(明確な設定はなさそうですが、こんなに早くはないでしょう^^;)
もうひとつ続きます。二人は無事、元の西遠寺に帰り…