作:杏
「―――うわっ!」
「きゃああああっ!」
「いっ…て…! 未夢、大丈夫か?」
「う、ん〜〜〜〜一応……ここ、うち?」
「…だな」
「帰ってこれたんだぁ〜。 せめて上に帰してくれればいいのに…」
祖母と別れ、来た角を曲がった直後、待っていたような時空の歪みに吸い込まれた。
もう一度呼び掛けられたような気がしたけど、振り向いたそこはもう真っ暗だった。
そして落ちてきたのは、西遠寺の石段の、下。
ただでさえキツいこの石段を、この恰好でまた上らなきゃいけないのかと思うと、未夢にはため息しか出ない。
「っ、はぁ…、疲れた…っ! 足痛いよぉ〜」
「もーちょっとだから、頑張れよー」
手を引いてくれる彷徨は、息ひとつ切れていない。
「…な、なんで彷徨は平気なのよぉ〜〜」
「体力の差じゃねー? 誰かさんは運動しないからなー。
ま、その恰好は大変そうだけどな」
そうは思うけど、見るからに複雑そうな振袖に包まれた未夢の身体は、支えてやれるところがわからない。
腰に手を回して、帯が緩みでもしたら。器用な彷徨でもさすがに直せる自信はない。一段一段、慎重に手を引いて上るしかないのだ。
「……なんだ?」
一番上、門が口を開けたところから、影が出てきた気がして立ち止まった。
「…な、に……っ?」
足元だけを見ていた未夢は気付いていない。
その声に目を向けた彷徨が、もう一度見上げてまだ遠い頂上に目を凝らしたときには、いつもの門が構えているだけだった。
「いや、誰か来てるのかも」
「そ、う……?」
「…いないじゃ、ない……だ、れも……」
肩で呼吸をし、息絶え絶えに未夢が境内を見渡した。
「…でもほら、子供の足跡」
雪の上には、無数の靴のあと。積もる雪が薄く、その形にだけ、小さく土が顔を出している。
「ホントだ…」
「…なぁ、綺麗すぎないか?」
「えっ?」
自分の家の寺で、今さら彷徨が褒めるような、別段変わったものは見当たらない。
(ま、まさかこのタイミングで、わたしのこと―――!?)
「そっ! そんな…っ」
長い袖を振り回してわたわたと慌てふためく未夢を見ることなく、彷徨は言葉を繋げた。
「本堂も母屋も、なんか微妙に新しく見えるって言うか…」
「………へっ??」
「あの木、あんなに小さかったか?」
「…………?
そう言われれば、そんな気もしなくないよーな…」
なんだ、と肩を落としながらも、彷徨の言いたいことは未夢にもピンときた。
―――帰ってきたのではなく、また別の、過去の西遠寺に来てしまったのではないか―――
しかし元々年季の入っているこの建物、10年や20年、時代が前後したところで、未夢には違いがわかりそうもなかった。
木の大きさにしたって、それは同じ。
どこか懐かしむような彷徨の隣で、未夢は首を捻る。
「――けっこんちきっ?」
「「えっ…?」」
思わず腕組みをしていた袖の先に力がかかって、未夢はそちらを見る。下からの声に、彷徨も同時に声を上げた。
「とーさん、おちごと! いないよっ!」
「えっ、えっ??」
小さな声の主を見下ろし、隣の彷徨を見上げる。
上へ下へと首を振っていると、その少年の傍らに隠れるように、もう一人。
鏡のように、見合わせた互いを指差して、目を見開いた自分を指差して。声が揃った。
「「も、もしかして…っ!」」
こんにちは、ちょっとご無沙汰しちゃいました。杏です。
この先に詰まり詰まって、あぁもうっ!とばかりに、別作に浮気してw
それも中途半端ですが。
ホント、この時空の歪みって厄介。表現が難しい!状況をどこに入れるかですごく悩みます。
ラストは決めてあります!いつもそうなんですが、冒頭とラストだけが先に決まって、そこに辿りつくのに苦労するという。。
真ん中あたりが一番難しいです。
とりあえず、無事にチビーずが登場して一安心ですが。
書いてみて、う〜〜〜ん、お題通りとは言えないなぁ…と後悔。…だけど公開。
彼女があまりに口数少なくてですね…。それでも鍵は彼女にある!はず!
ってことで、あと1話か2話で完結。
もう少し、お付き合いくださいませ。