作:杏
この手の温かさに包まれると、不思議とココロが晴れていく。
大一番を前に、補給が必要なのはきっと俺の方。
「どーしてくれんの、俺のタオル」
「どうって…もぉ、テント戻ればまだあるわよっ」
人気のない校舎裏。彷徨は引いてきた手を離して、額にはりつく前髪をうっとうしそうにかきあげた。
「あっ、何で体操着で…っ!」
「いーじゃん、おまえがあいつにタオルやるからだろー?」
体操着の裾を引っ張って、濡れたままだった顔を拭う。やけていない、細い腰にドキリとして、未夢は背を向けた。
「み―――ゆっ」
「ひゃあっ! な、何するのぉ…っ!」
左肩にかかる重み。後ろから、抱きすくめられていた。ポタポタと、前髪から落ちる水滴。
日にやけた両腕に包まれて、暑さが熱さに変わる。
「小西に言われたから」
「あやちゃん…?」
「未夢が俺不足で苛々してるから、構ってやれって」
「なによ、それぇ…」
「俺はカルシウムかなんかか?」
「…………」
「ご機嫌斜め?」
「べ、別に…」
「じゃーなに? 寂しかったの?」
「そーゆー、訳でも…。 ただ、…彷徨は、競技も応援も忙しいから、それどころじゃないだろうけど…
わたしはほら、運動得意じゃないし、時間に余裕ありすぎて、その…いろいろ、考えちゃって…」
「ふ――ん…」
未夢の髪を指先でクルクルさせながら、未夢の言葉を聞きながら。
彷徨は自分の言葉を考えていた。どんな言葉なら、未夢に伝わるのか。
「ねぇ、わたしって特別…?」
「……なんで」
「だって…応援するのも、心配するのも、みんなと一緒なんだなーって…」
「やってることが同じでも、受け取る方としては全然違うんだけど?」
「で、でも…」
「…なぁ、俺がなんでインターバル抜かれたか、わかってる?」
「インターバル?? …体調、悪かったからじゃないの?」
彷徨に向けられる声援が嫌で、様子のおかしい彷徨を見ていられなくて、すぐにテントに引き返してしまった。
抜かれたことなんて、未夢は知らない。
「違う」
近過ぎるせいか、未夢はずっと正面、斜め下を向いたまま。彷徨の方を見ようとはしない。
「おまえが見てなかったから」
「…へ?」
少しだけその腕に力を込めたら、未夢も少しだけ彷徨の方を向いた。
「おまえがテントに戻った途端、どーでもよくなった。 …まぁ、インターバルだしってのもあるけど」
「なに、いってるの…っ」
「俺が勝てるかどーかは未夢にかかってんの。 ちゃんと見とけ」
彷徨が紡ぐ言葉の意味に、どんな反応を返していいのかわからず、未夢は目を丸くして彷徨を見た。
その近さに、すぐに顔を逸らしてしまったけれど。
「…おまえのために勝つから」
指に絡めていた髪を避けて、前を向いた未夢の耳元で囁く。
その唇は、うなじへと。
「ひゃあぁっ! な、なに…っ!??」
ほんの少し、拘束が緩んだ隙。
彷徨の手を離れた未夢はよろよろと2、3歩前へ足を進めて、ぐるんと振り返った。
見上げれば、彷徨が機嫌よさげに笑っている。
「っとに、色気ねぇなぁ。 もーちょっとイイ声出せねーの?」
「な、ななっ…なにしたのよっっ!?」
「…かぁなたぁ〜〜〜リレー行くぞぉ〜〜! どこだぁ〜!??」
(タイムリミット、か……)
「何って…キス?」
「…なっ、き、キスって…っ」
「“俺補給”できただろ? ほら、行くぞっ」
差し出した手。未夢の片手は、彷徨が触れたそこを隠すようにおさえる。
空いている右手が伸びてくるものだと、彷徨は思っていたのだけど。
「…かっ………かなたのえっちっっっ!! ばかぁっ!」
右手が伸びたのは、彷徨の手ではなく、頬。
それも、思い切り腕を振り切って。
真っ赤な声と平手打ちの余韻だけを彷徨に残して、未夢は走り去ってしまった。
「…どしたの? 未夢」
「なんでも、ない………」
上げていた髪をおろして、首にタオルをかけて。未夢は椅子の上に膝を抱えて、うずくまったまま。
熱がずっとひかなくて、顔を上げられない。
「なぁ彷徨、どーしたんだよぉソレ〜」
「別に……」
「響いてたぞぉ、光月さんの声〜! 彷徨のエッチ―――バカ――って! なぁなぁ、何したの?」
「…るせーよっ」
(何もできてねーし…)
ふて腐れて、三太と逆の方を向く。頬づえで隠したのは、くっきりと赤くなった未夢の手形。
部対抗が終わり、最後の競技。学年、男女混合の選抜選手リレー。各団の応援も最高潮。
ななみと綾に促されて、未夢も渋々コース脇に立つ。
スタートの合図が鳴ってしまえば、いつの間にか仲間たちと一丸となって声を上げていた。
「彷徨っ!」
「――任せろっ」
3位のバトンを、三太が2位で彷徨に繋いだ。
首位との差は7、8メートルほど。抜けない距離ではない。
「…彷徨っ! 頑張って――っっ」
今日一番の声が出た。その声に応えるように、彷徨がぐんぐん差を詰める。
「「抜いた…っ!」」
左右から綾とななみが小さく叫ぶ。バトンが次の3年生に渡る頃には、先程以上の差が出来ていた。
走り終えた彷徨が振り返った。
拳を突き出して、ふわりと笑えば、未夢の周囲から黄色い声が上がるけど。もう気にならない。
たくさんの仲間たちの中、距離があっても二人だけの瞬間。
彷徨だけの勝利の女神は、真っ直ぐに微笑んだ。
fin.
こんにちは、杏です。
無事に完結致しました。ご覧いただきありがとうございます!
そういえば、タイトルはDEENの曲。
♪君さえいれば どんな勝負も勝ち続ける♪
…はい、まんまです(^^;
稚拙な文章ですが、お題を戴いた未久しゃんに捧げます。いかがだったでしょうか(><)
杏の描く彷徨くんはなんとゆーか…オトナなことが多いですね。。
少々悪戯が過ぎる気もします(笑)
そんな彼に、今回はおまけでやらかして貰おうと思っています。
次回をお楽しみに!(…って今から考えるのに大丈夫かなw)
2013.09.22 杏
追記☆
今さらですが、掲示板の方にご挨拶をあげました。
拍手はお返事ができないので。。
こちらもよろしくお願いします(^▽^)