作:杏
「あれー光月さん! 来てたんだ!」
「三太くん! あれ…ひとり?」
「うん、今から当番! 彷徨なら生徒会で動いてるから、こっちの当番には入ってねーよぉ?」
「ねぇ! さっき私中の女の子と一緒じゃなかった? 彼女?」
アキラと別れて教室にやってきた三太は、見つけた懐かしい姿にすぐさま怒っているような剣幕で詰め寄られ、一歩退く。
「女の子ぉ? あーあれ、アキラだよ! この前、こっちに戻ってきたんだ!
彷徨のやつ、まだ知らないみたいだから、驚くぞぉ〜〜〜!」
「アキラさん…帰ってきたんだ」
うしし、と肩を上下させて笑う三太に未夢の小さな独り言は聞こえなかった。
「あっ! 黒須くん、おそーい! 早く用意してよぉー!」
「ごめんごめーん! じゃーね光月さん! オレ、写真部の方にも展示出してるから、よかったら見てってよ!」
「…あ、うん。 頑張ってね」
クラスメイトに急かされて、三太は教室に消える。揺れるカーテンに未夢は声をかけた。
「未夢ちゃん、ねぇ今の男の子…?」
「え? あ、あぁ今のはね、彷徨の幼馴染みで、黒須三太くん。 さっきすれ違ったのが三太くんだったんだ。
そのとき一緒にいた子も幼馴染みで、アキラさんていってね、アメリカに行ってたんだけど、日本に戻ってきたんだって。 同い年なのに大人っぽくて、すっごくキレイな子なんだよぉ〜!」
ななみと綾を待ちながら、廊下の窓辺で話す。この学校での思い出、親友や仲間たちのこと、この町のこと。
いつも話すことだけど、いつもよりもたくさんのことが、より詳しく未夢の口から出る。ここに居ると、どうしても思いが強くなるのだろう。いつもならすぐ口を挟むのぞみも、聞き役に徹する。
ただ。時折のぞみが訊ねたこと以外、彷徨のことは自分から話そうとしなかった。
「おまたせ、未夢ちゃん!」
「あっ、お疲れさま〜!」
「あーお腹すいたぁー! とりあえず外に出て、運動部の屋台、まわらない?」
綾とななみが教室から出て来た。制服姿の二人に、ことさら懐かしさが湧く。
「いいね〜あたしもオナカすいちゃったぁ〜!」
人見知りも物怖じもしないのぞみは、難なく三人の輪の中に入っていく。
もちろん、未夢からの事前情報のおかげもあるが、いくらかの言葉を交わしただけでななみや綾と打ち解けていた。
それはある一点の事に関してのみならば、ある程度の意思の疎通がはかれそうなほど。
彼女らの視線の先には、未夢がいた。
「…あーっ、あれ!」
「彷徨…?」
「えっ! どれどれ!? 呼んでよっ!」
「西遠寺くんと…あの子、誰? 私中の制服だよね〜?」
「生徒会の腕章外してるってことは、昼休憩かな? おーい! 西遠寺くーん!」
ななみに呼ばれて、気付いた彷徨が人混みをかきわけてこちらに来た。その後ろには。
(アキラさん…)
「未夢…来てたのか」
「う、うん、学校の友達と…」
「田原のぞみです! よろしくぅ〜! やー噂どおりにカッコいいね〜!」
「…どーも」
遠慮なしに手をとられた彷徨は、若干眉をしかめていた。騒がれるのとはまたジャンルは違うけれど、これはこれで苦手な部類のようだ。
未夢の友達だから、一応、差し障りなく返答は返すけれど。
それを諭したななみと綾、後ろでアキラまでもが苦笑している。
「未夢ちゃん! 久し振り!」
「こんにちは、アキラさん」
「さ、西遠寺くん、そちらは…?」
未夢が知っていることに驚いたななみが、訝しげにアキラを見ていた。隣で綾が注意を引くように彷徨に訊く。
「あ、あぁ…俺と三太の幼馴染み」
「喜上アキラです、初めまして」
「「ど、どうも…」」
ニコリと微笑む大人びた笑顔に、気をそがれたななみが綾と揃って会釈する。のぞみはまたもや遠慮なく手を伸ばしている。
アキラはその手に笑顔で応えながら、それ以上の紹介をしてくれなさそうな彷徨に代わって自己紹介を始めた。
「親の転勤で、小学生のときからずっとアメリカに行ってたの。 やっと先週戻って来れたんだ!
去年、一度だけパパの出張にくっついて来たときに、未夢ちゃんとは会ったの」
同意を求めるように彷徨と未夢を順に見やるアキラ。
そうなの?と、ななみの目も未夢を映し、未夢は小さく頷く。
「ねぇ! お邪魔じゃなかったら、一緒にまわらない?」
「えっ? あ、綾ちゃん?」
「わたしたちも今からお昼なの! みんなそれぞれにつもる話もあるだろうし、せっかく知り合ったんだから、仲良くしたいじゃない! ね?」
「それいいね〜! あたしもみんなと仲良くなりたいし…」
ピンポンパンポーン
『お呼び出しします。 3−1西遠寺くん、3−1西遠寺くん。 至急、生徒会室までお越しください―――』
「……まだ休憩入って30分も経ってねーぞ…」
はぁっと大きなため息が出た。早朝から動き回って、ようやく休める時間だったのに。
「大変そうね、生徒会長サン」
「悪いな、せっかく来てくれたのに」
「いーのいーの、今日は驚かせたかっただけだから。 これからはいつでも会えるし、ね! ほら早く、行った行った!」
アキラの言葉にはっとさせられた。今まで自分が居た気安い立ち位置は、これからはアキラのものになったのだと、身にしみて感じとる。
そして、帰国子女らしく易々と今も彷徨の腕に手をかけている彼女が、その生半可なポジションにいつまでも留まっているとも思えない。
二人の会話を眺めているその数歩分が、電車を乗り継いで来た距離だった。
「…未夢! おまえはゆっくりしてくんだろ?」
「え…? う、うん」
「3時には絶対手ェあけるから! 俺の席もとっとけよ!」
不意にこちらを向いた彷徨に慌てて返事をすると、彷徨はそれだけ残して校舎に向かってしまった。
「うん……っ!」
「…あれ? 3時って何かあったっけ??」
「演劇部の公演だよー。 綾、演劇部なんだ」
パンフレットを開くのぞみに、ななみ。すると納得するように肩を揺らしたのは、アキラだった。
「お見通しなのね、未夢ちゃんのことなら。 羨ましいなぁ!」
「アっ、アキラさんっ! そ、そうだっ! アキラさんも、一緒に…」
「ううん、今日はもう帰るね。 彷徨と三太に、よろしく伝えておいて」
未夢の誘いを遮って、手を振って校門へ歩き出した。
(負けない、けどね―――)
手を振る四人を背中に感じながら、颯爽と人の波を歩く。
「5年も動けなかったんだから、これからよ。 覚悟してね? 彷徨――…」
校門を出たところで、その何処かに彷徨がいる校舎を見上げた。アメリカに比べれば、隣町の学校なんて大した距離じゃない。