遠距離カタオモイ

知らない世界

作:

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(しまった―――…)

文化祭を終えた次の日、時刻は15時過ぎ。
「学校の場所どころか、学校名すら知らねー…」
つい、ため息と一緒に漏れてしまった独り言。


昨日は結局、演劇部の公演ギリギリに体育館に滑り込んだものの、半分ほど観たところで佐々木が連れ戻しに来てしまい。未夢とろくに話すことも出来ないまま、とりあえず文化祭だけは無事に終わらせた。

そして今日、四中は振替休日。
生徒会の仲間たちに強引に打ち上げに連れて行かれた彷徨は、10分ほどで駅前のカラオケボックスを抜け出していた。
ここは未夢の住む町。

授業が終わるまでは、あと1時間ほどだろうか。ぱっと目についた本屋で気になっていた小説を、駅前のコンビニで飲み物を買う。


(…とりあえず、未夢んち向かうか…)
一度だけ、みんなで掃除をしに行った未夢の家。
うろ覚えでも、いざ駅に着いてみると勝手に足はそのルートを歩く。途中に公園があって、ルゥが行きたがったのを覚えていた彷徨は、そこで本を読みながら時間を潰すつもりだった。
その道は東西の駅と住宅街とを繋ぐ主要道路らしく、バスも通る。
あわよくば、未夢の通学路かもしれないし。そうでなくても、ある程度の時間が経過すれば未夢の家まで行けばいい。



◇◇◇


「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

遊んでいた子供たちがちらほらと家路につき始めた夕刻。
大きな声がひとつ響いた。
ベンチで本を読んでいた彷徨が何だと顔を上げると、公園の出入り口でこちらを指差す、未夢と同じ学校の制服。

「西遠寺くんだ! どしたの!? って未夢ちゃんに会いに来たに決まってるか! あ、でも未夢ちゃんなら、今日は塾があるって……」
ダッシュで彷徨の目の前にやってきて、マシンガンの如く話し続けるのは、のぞみだった。思いがけない人物の登場に彷徨が声を出せないでいると、本を持つ腕をがしっと掴まれた。
「行こ!」
勢いで立ちあがった彷徨は、そのまま引っ張られていく。
「どこに……」
「決まってるでしょ! 未夢ちゃんの行ってる塾! あたし場所わかるから!
 大体さぁ、今さら塾なんてオカシイんだよね! うち、高校はエスカレーターだし、私立だけどレベル高いわけじゃないし。
 未夢ちゃんちはNASAでしょ? あたしんちはパパが書道家なんだけどね、そーゆー変わった親の子ばっかりで、学力がどーのじゃないの!」

きっとそれぞれに、何かに秀でた才を持つのだろう。それを“変わった”なんて言ってのけてしまうのは、のぞみの性格ゆえかもしれないが。周囲からの褒詞も羨望も、どこかピンとこないようだった未夢が、重なる。
未夢自身も両親を特別視したようなことはない。自分がその娘として特別に見られるのに戸惑っていたのは、こっちではそれが“普通”だったからだろうか。

引かれるばかりの歩調を少し速めると、のぞみは掴んだままの手の力を緩めて彷徨を見上げた。
「…家にいたくないんだろ」
その隙に奪い返した手をポケットに突っ込む。隣に並ぶのはなんとなく避けて、のぞみの斜め後ろを続いた。
「やっぱり、それかな? あ、いや、公立の子とか、男子校の子とかさぁ…そこの塾にはいろんな出会いが転がってるって有名なんだよねぇ〜。
 まぁでも、未夢ちゃんには西遠寺くんがいるし、そーだよねぇ〜」

未夢といても八割方、未夢が喋っていたが、のぞみはその上をいく。未夢のときはその分で何とも思わなかったのだけど、こうもほぼ一人で話されて、口を挟む隙すらないと、窮屈になる。
「そんなムズカシー顔しなくても! きっとひとりの家が嫌で塾行ってるんだよぉ〜」





「あ、あれあれ! …あれ――? でもあの部屋って確か自習室のはず…」
「…よく知ってんな」
「未夢ちゃんが通い始めた時点で他の子に探り入れたから!」
がさがさとカバンをあさるのぞみを横目に、建物の4階、窓際の席に座る未夢を仰いだ。奇しくも、彷徨が立ち寄ったコンビニの2軒隣。知っていたらこの辺りにいたのに、そんな思考に小さく苦笑する。

「あ―――あの子、文化祭でも未夢ちゃんに声かけてた男子校の子だ! っんとにうっとーしいんだよね〜!」
前の席に座った男子が、しきりに振り返って未夢に話しかけ始めた。未夢が困惑しているのはわかるけど、相手の顔まで判別出来る距離ではない。相当、特徴的な何かを持つ奴なのか、それとものぞみの視力がいいのか。隣を見た彷徨はその男のことを訊こうとして、質問を変えた。
「…なんでそんなモン持ってんの?」
「え? あーあたし新聞部だから! スクープの必需品だよぉ〜」
答えたのぞみが両目に当てていたもの。それは双眼鏡。
「あ、片付け始めちゃった! あーあ、アイツのせいで勉強出来なかったんだぁ〜。 …あっ、こっち見た!? おーい、未夢ちゃ〜ん!」
席を立った未夢が窓の外を覗いた気はしたけれど、前の男も慌てて立ち上がった。
「…俺、帰るわ。 電車の時間あるし。 顔見れただけでもよかったよ、ありがとな。 田原サン」
「えっ! なんで!? 未夢ちゃん、下りてくるよ!? ねぇ、西遠寺くんっ」
呼び続けるのぞみには応えずに、彷徨は駅に消えた。







(のぞみちゃんと…彷徨? いやいや、まさかねぇ…)

昨日の残像でも見えたのかと、小さく息をつく。昨日の僅かな余韻を消したくない今、いつもなら笑顔を返していた男の子の声が煩くて仕方ない。
寸でのところで彼を遮った誰もいないエレベーターで、携帯のディスプレイに電話帳を映し出す。西遠寺の電話番号には、“彷徨”の文字。
まだリダイヤルにも着信履歴にもない、この機械にここだけの、彷徨の名前。


「―――未夢ちゃん!」

開いたドアの向こうには、警戒していた彼ではなく、のぞみが待っていた。
「あ、やっぱりのぞみちゃんだったんだぁ〜どしたの? 駅前に用事?」
「早く! 駅! 行こっ!!」
「えっ? えっ? ど、どうし…」
未夢の手をとって、のぞみは駅へと走り出した。慌てた様子ののぞみに状況を訊くことも出来ないまま、未夢は足を動かす。

「こっ、光月さん! 待ってよ!」
「うっさい! アンタのせいだ! ついて来るなぁ〜〜〜!」
「のぞみちゃん、待ってっ! ねぇ何があって…っ」
遅れて階段を駆け下りて来た男子を怒鳴りつけて、二人は駅の構内を走り抜けた。改札口の向こうには動き出す電車が見える。


「…はぁっ、間に、合わなかった…っ!」
「のぞみちゃ…、ちょ、っと、おちつい…って…、せつ、めい…」
「ありゃ、ごめん未夢ちゃん〜」


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