作:杏
「未夢ちゃん、未夢ちゃんっ!」
授業を終え、カバンに荷物を詰めていると、後ろから抱きつかれた。
「うひゃあっ! の、のぞみちゃぁん〜〜〜」
「あははっ、ごめぇ〜ん! ねぇねぇ、今度の日曜日って何か予定ある?? 一緒に買い物行かないっ?」
驚いて慌てる未夢に構うことなく、抱きついたままひょいっと肩から顔を出したのぞみは、未夢のクラスメイトで、こちらの学校では一番の親友。
「今度の日曜日? ご、ごめん…日曜日はちょっと用事が…。 前の学校のね、文化祭なんだぁ〜」
「前の学校?」
申し訳なさそうに手を合わせる未夢。でもその表情はとても嬉しそうで、反芻するのぞみもつられて笑顔になる。
「うん、ウチと違って部外者もオッケーだから、行ってくるんだぁ。 土曜日なら、空いてるんだけど…土曜じゃダメ?」
「ねぇ! それ、あたしも行っちゃダメ!?」
「文化祭?」
「うんうん! 他校のって行ったことないし、例のカレシ見てみたいし! ダメぇ〜〜〜〜??」
のぞみは目をキラキラさせて未夢に迫る。
「行くのはいいけど…って彼氏じゃないしっ!」
「じゃー好きな子? どっちでもいーや、会ってみたいし!」
「………忙しいから、会えるとは限らないよ?」
「うんうん! ………? あ、そっか。 カレ、生徒会長かぁ〜…。
まぁ会えなかったときはしょーがない! でも、未夢ちゃんの友達には会えるでしょ?」
日頃から、楽しそうに前の学校の話をする未夢。のぞみも、いつか会ってみたいと思っていた。
よく電話で話す綾やななみも、同じことを言っていた。
「うん! じゃあ、日曜の7時半に駅で…」
「し、7時半!?? 頑張るぅ〜〜〜…」
◇◇◇
「――すみません。 ここの三年の、西遠寺彷徨ってわかりますか? 会いたいんですけど…」
「…西遠寺って、生徒会長?」
「校内のどっかにはいると思うけど…。 生徒会のやつら、明後日の文化祭の準備に追われてるから、どこにいるかまではわかんないっすよー」
四中の校門。他校の制服を着た少女が、三年のバッジを付けた二人組の男子生徒に声をかけていた。
「そうですか…。 じゃあ、黒須三太は?」
「三太なら、確か今日は陸上部って…、あ、ほら、アレ!」
男子生徒が教えてくれた先には、幅跳び用の砂場。体操着の生徒が数人と、制服姿の三太がいた。
「ありがとう!」
少女はニコリと笑いかけると、長い髪をなびかせてそちらへと駆けていく。
「…あんな子が三太の知り合い?」
「可愛いっつーか…キレイな子だったよなぁ…」
彼らはしばらく呆然と、少女の立ち去ったそこに立ち尽くしていた。
「ダメダメぇ――! そんな踏みきりじゃ5センチは損してるぞぉ〜! 見とけ! これが黒須センパイのスーパージャンプだ! うおおおおぉぉりゃああぁぁぁぁ―――っ!」
ザッと音を立てて砂へ着地。確かにさっきの後輩よりも遠くへ跳んだ。
「…先輩、ファウルですよ〜〜〜」
「なにィ! …はっはっは! ちょーっとしたミスだって! ほら、制服走りづらいし! 引退してから跳んでなかったしなぁ〜!」
――パチパチパチパチ…
「ナイスジャーンプ!」
「へ?」
「久し振り! 三太!」
後頭部を掻きながら言い訳をしていた三太が、拍手と声のした方に振り返った。周囲の後輩たちも注目する。
「アキラっ!? えっホントに!? 何で!?
どーしたんだよ、そのカッコ! 隣町の私中じゃん! アタマいーとこだろ、えっと、宝城学院!」
「ふふっ、どぉ? 似合うー? エアメール、送ったでしょ? 帰ってきたの! 今日から転入!」
驚いた三太は疑問を全部口にした。駆け寄ると、少女―――喜上アキラはクルッと回って見せる。
「エアメールっ? あぁ、アレ! マジだったのかぁ! 彷徨も何にも言わねーから、オレからかわれたのかと…」
「あーやっぱり負けちゃったなぁー」
悔しそうに見上げるアキラに、三太はハテナ顔。親指と人差し指を三太の目の前に立てた。
「身長! 昔は私の方が大きかったのに!」
「いつの話だよぉ〜。 彷徨にはもう会ったのか?」
「ううん、どこにいるかわかんないって言われちゃった。 三太は、ここだって聞いたから。
生徒会長、やってるんだ? 文化祭の準備がーって…」
「あぁ、ここんとこ毎日遅くまで残ってるみたいだぜ〜。 明日も“出勤”じゃねーかなぁ」
「ふぅ―――ん…。 文化祭、かぁ…」
「アキラも来いよ、文化祭! うちのクラスは喫茶店なんだけどさぁ、こっちの、陸上部ではたこ焼き屋も出すし!
お化け屋敷とか、占いとか、ゲームとか、いろいろあるから面白いぞ〜」
「いいの!?」
大人びた顔つきが、パッと子供のように輝く。同時に、閃いた。
「ねぇ三太! 私が帰ってきたこと、彷徨にナイショね? 文化祭で驚かすんだから!」
「へぇ? いいけど…彷徨にもエアメール、送ったんだろぉ?」
「三太に何も言ってこなかったんでしょ? 気付いてないかもしれないし、もしかしたら届かなかったのかもしれないし。 いつ帰る、とは書いてないから」
肩を上げて片目をつむった。
(やっぱり、ここにすればよかったかな…)
練習を再開していた後輩たちに二、三、言葉をかけて、三太がカバンを持って戻ってくる。
校舎から出てくるのは、みんな同じ四中の制服を着た生徒たち。私立中学を選んだことが、少し悔やまれた。
こんばんは、杏です。
遠カタ、第二章。文化祭編の始まり、始まり。
ちょっと今までよりスローペースになると思いますが、またご覧頂けると嬉しいです。