作:杏
早く、早く。
気が付けば、学校まで全力疾走していた。息を整えて、生徒会室のドアに手をかける。
「お疲れ―――…な、なんだこれ…」
目の前の惨状に、開いた口が塞がらない。
「あっ! お疲れ様です、会長!」
「佐々木! おまえ、どーゆーつもりだよ! 日曜だけは俺らも休みだって…」
山のように書類を抱えた仲間がそれを避けて顔を横に出すと、山は崩れた。
「あぁぁっ! せっかく拾ったのに…」
「何やってんだよ…」
はぁっと重い空気を吐き出し、結んだ口元はへの字に曲がっている。拾った紙の束を、佐々木の持っていた山に重ねた。
「ありがとうございます〜」
「で、何なんだよ、これはっ」
足の踏み場もない程に散乱した紙。机の上に、いくつかの紙の塔が見受けられることから、それが崩れたのだろうとは思うけど。
生徒会役員は数えるほどしかいないし、打ち合わせにしても、クラス委員用にしても、多すぎる。この部屋でこんな量の書類は見たことがない。
「昨日は僕、最後まで残ってたんですが…」
―――昨日の夕刻
「あ、佐々木くん。 ご苦労さまー」
「水野先生」
彷徨の担任、水野。生徒会の担当教諭だ。
「これ、月曜に片付けるから、ちょっと置かせてくれるー?」
「あ、はーい…」
他の書類を書いていた佐々木は、そこを往復する水野と、バサッと置かれた大量の紙の気配は感じたものの、手元から目を離すことなく返事を返した。
『もうすぐ下校の時間です。 速やかに下校の準備をしてください――』
「…あとはうちでやるかぁ〜」
書きかけの書類をカバンに仕舞って初めて、机上の事態に気がついた。打ち合わせ用の机いっぱいに、ドンと置かれた紙や資料の山。
中二男子、平均身長ど真ん中の、彼の目線まである。
「マジ…?」
そこには確か、月曜の朝一番の打ち合わせの資料を置いたはず。
キーンコーン……
『下校の時間です。 残っている生徒は速やかに下校しなさい―――』
放送委員の声が、先生の声に変わった。
「…明日、やるか……」
「…という訳で……」
「で! 私たちが駆り出されたってワケ! あーあ、今日はカレとデートだったのになぁ!」
軽く頬を膨らませて佐々木を睨むように見上げた女子が、彷徨と同じ3年、副会長の小柴。2つ上の彼氏はバスケ部のOBらしい。
「ふ、副会長ぉ〜〜すみません〜〜〜」
「ウソウソ! 早く終わらせよ? デートは午後からだから!」
「は、はいっ!」
「あとのやつらは?」
「そ、それが連絡つかなくて…」
返ってきた言葉にまた、ため息。どうやらすぐには帰れそうにない。
「…とにかく、全部拾って崩れないようにまとめろ。 仕分けはその後だ!」
「はいっ!」
「…西遠寺くんも何か用事?」
「別に」
手を動かしながら、ふてくされように短く返事を投げる。
「あっ、そういえば、電話に出られたのって光月先輩ですよね!? 夏休みだから、来てらっしゃってるんですね!」
「……」
「そーなの!? せっかくだから連れて来ればよかったのにぃ〜。 私、クラス遠いから、なかなか間近でツーショット見れたことなかったのよね〜」
「僕は委員会帰りによく見ましたよ! 一緒に帰っていかれるのとか! 夏休みはずっとこっちにいらっしゃったんですか?」
「あれ? でも、夏休みはアメリカでーって噂、聞いたけど…」
小柴は7組。特に仲が良い訳でもないやつの噂まで、なんで女って話したがるんだろう。まして、未夢はもうこの学校にいないのに。
「その夏休みに俺らは生徒会の雑務やって、せめて日曜は休みにしようって決めたはずなのに、おまえに呼び出されてこーやって出て来てんだよ!
喋ってないで、早く集めろっ!」
「「…はぁ〜い」」
「こ、これで全部拾いましたぁ〜」
「冊子は拾いながら分けたし、あとはこの書類を先生のものとウチのものに分けるだけね」
「西遠寺くん、いる――?」
遠慮なしに開けられたドア。その勢いで風が吹きこんでまた、紙たちが舞う。
「「せんせぇ〜〜〜!」」
「あら、ごめんごめん!」
「何なんですか、この書類…」
ひらひらと床へおりる紙を拾い集めて、彷徨はその見出しを探した。つられて仲間たちも、何気なく同じ動作。
“家庭科 実習レシピ”
“海女さんに学ぶ”
“目指せ欄間職人! 第三章”
「「「……………」」」
「はい。 預かり物」
「……え?」
彷徨の目と、手にしたプリントの間に水野がぶら提げたモノ。
「カギ?」
彷徨より先に、小柴がポツリ。
見覚えがあるどころか、毎日使っているもの。だけど、ここにあるはずがなくて、その理由がわからなくて、疑問はかえって口から出てこない。
「さっき見回りしてたら、生徒玄関で光月さんに会ってね、急用が出来たからって」
半ば呆然と受け取った彷徨に、水野は訊かれていない返答を投げた。
「急用…?」
「生徒会室にいるから、自分で渡したらって言ったんだけど、邪魔しちゃいけないし、電車の時間もあるからって」
もうひとつ、渡された紙きれには、11桁の数字。