遠距離カタオモイ

父として、子として。男として

作:

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「ただいまー」
「おじゃましま〜す」
「…やめろよ、今さらおまえに『お邪魔します』なんて言われたらキモチわりー」
未夢の荷物を置いて、べっと舌を出す。
「なんですとぉ〜?」

「俺、おまえもルゥやワンニャーと同じように見送ったよな?」
眉をピクピクとつり上げる未夢に、彷徨が言う。今までは悪戯で意地悪な瞳だったのに、今日はどこか優しい。
ルゥとワンニャーに言ったように、“いってきます”“いってらっしゃい”と離れたことを思い返した。

「じゃ、じゃあ…ただいま」
「おかえり」
優しい微笑みに、笑顔を返せば、二人を包む空気がふわりと色を変える。



「かっ、彷徨! 未夢ちゃんは無事だったか!?」
バタバタと廊下をとんできた宝晶。未夢の姿を見て、ふぅっと息をつく。
「このとーり。 だからほっといても平気だって言ったろ? どーせいつもんトコで長話してんだから」
「ご、ごめんなさい、おじさま! 心配かけちゃって…。 またお世話になります」
「いやいや、いいんじゃよ! こっちの友達とも久しぶりだったろう。
 少し見ない間に大人っぽくなったんじゃないかな? なぁ彷徨!」
「そーかぁ? ちっちゃくなったんじゃね?」
わざとそばに立って、未夢の頭をポンポンと叩いた。

(く、悔しい…!)
開いた身長差。ここに居た頃は、ちょっと高いヒールを履けばもう並ぶくらいにはなれたのに、今は頭半分。
前に会ったときは、みんなと一緒で、クリスもいたし。こんなにそばに寄るなんてなかったから、気付かなかった。

「女の子は綺麗になっていくからいいのぉ。 男なんてデカくなるだけで可愛げもクソもないからのぉ〜」
「…悪かったな、可愛げなくて」
「ワシも女の子が欲しかったのぉ〜母さんに似て美人だろうなぁ〜」
「何を今さら…」
「彷徨の女の子版…、た、確かに……。 いたっ!」

想像を膨らませたら、頭の手が離れて、思いっきりデコピン。

「ったく、おまえも! 想像してんじゃねーよ!
 大体、女の子でこんなオヤジに育てられたんじゃ、かわいそーだろ。
 こいつで我慢しとけば? キレイになるかどーかは別問題だけどなー」
「どーゆー意味よっ!」
ぷぅっと頬を膨らませた。すでに彷徨はスタスタと廊下の奥に姿を消そうとしている。


「未夢ちゃんが娘になるのは、まだまだ先じゃからなぁ…」
「ほえ??」

宝晶の言葉に、彷徨がピタリと足を止めた。
「…オヤジ! バカ言ってんじゃねぇよ! …風呂入ってくるっ!」
耳まで赤く染めて振り返った彷徨は、宝晶を怒鳴りつけて今度こそ廊下の奥に消えた。

「なんじゃ、照れとるのか? 中三にもなって、このくらいで…情けないのぉ〜。
 おっと未夢ちゃん! 悪いのぉ、いつまでも玄関先で。 未夢ちゃんの部屋はそのままにしてあるから、好きに使うといい。
 ご両親も忙しくて、独りの方が多かろう? 夏休みは好きなだけここにおればいい。 うんうん、その方がいい」
「ありがとう、おじさま。 お世話になります」
なんのことだかイマイチわかっていない未夢。後の言葉を嬉しく思って、ぺこりと頭を下げる。

いたってフツーの未夢は、「やはり、女の子の方が早熟じゃのう…」と宝晶に要らぬ誤解をさせてしまうのだった。




◇◇◇


「おはよう〜」
大きなあくびをしながら、台所のドアを開ける。
もうすぐ10時。昨日はあれから浴衣を着替えて、久しぶりの五右衛門風呂で長風呂をして…布団に入ったときには1時を回っていた。

「おお、未夢ちゃん。 おはよう。 ゆっくり眠れたかな?」
「…おじさま! あ、はいっ。 か、彷徨は?」
自分がここに居て、宝晶が居るというのは慣れない。
実際、未夢が宝晶と共に居たのは、時たま戻ってきたときと、宝晶と同時に帰国した未来と優が自宅の状態を整え、迎えに来るまでの数日だけ。

「彷徨なら、まだ寝とるんじゃないかの〜?」
「珍し…いつもならとっくに起きてて、ねぼすけ〜とか、だから毎日遅刻ギリギリなんだ〜とか、からかうクセに」
「あやつも毎日学校に行っとってのぉ…何じゃ、夏休みが明けたら体育祭だし、そのあとの文化祭の準備も今からしとるらしくてなぁ」
「へぇ…」
「あんなやつに生徒会長なんぞ任して、学校は大丈夫なんじゃろうかのぉ〜」

親から見たら、やはりそんなものなんだろうか。
たった1年、一緒にいただけでも、彷徨が適任だと思うのは決して、贔屓目ではないと思う。

「彷徨だから、みんな安心して任せられるんですよぉ」
未夢には、よく親心を見せる宝晶。ルゥとの生活の中で、未夢が察知できるようになったのかもしれないけど。
彷徨が言うほど、彷徨をほったらかしている訳でもないし、彷徨本人だって、未夢と同じようにそれは感じているはず。わかっていながら、憎まれ口を叩くのは…自分も一緒かもしれない。
微笑ましい、父と子。未夢が自然と笑みをこぼす。

「彷徨は…しっかりしてるし、どんな時も、ちゃんと冷静に周りを見ることができるから。
 頭も良くて、運動も出来て、決断力も行動力もあって…。 わたしも、…ルゥくんたちも、ずっと守られてたんです、彷徨に。
 …何にも言わないから、こっちが気付いてあげないと、ひとりで無理してたりもして…時々、心配になるけど」
「未夢ちゃん…ありがとう。 未夢ちゃんのその優しさに、彷徨も救われとったんじゃろうなぁ…」
「そっ! そんなこと…ない、ですよ…。 わたしなんか…」



「……………」
ドアの外には、寝間着姿の彷徨。出るに出られない会話で、その意はなくても立ち聞きになってしまった。
(着替えてくるか…)
気付かれないように、そっと自室に戻る。

この後の会話を聴かなかったのは、吉と出るか、それとも凶と出るか。




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