作:杏
リビングを暖めて、コーヒーを淹れる。
「…どうぞ」
「あぁ、サンキュ」
カップとソーサーがカチャリと小さな音を立てたきり、音のないリビングは湯気が踊るだけ。
「なんか…前に掃除に来たときと違うな。 やっぱり、人が住んでると」
「そ、そう…?」
自分のマグカップには、ココア。冷たい両手を温めながら、未夢は曖昧な相槌を返す。
会話なく歩いた公園からの僅かな家路を、彷徨の話は何だろうとずっと考えていた。
わざわざこっちに来てまで、伝えたいことなんて、見当もつかない。
「…―――アキラがさ、こないだ、俺が風邪で休んだときに三太とうちに来て、さ……」
「………うん…?」
「…まぁ、いろいろあったんだけど…」
「??」
コーヒーカップを置いた彷徨が、何を言うのかと思えばアキラの話。そして話し始めたかと思えば、言葉を濁す。
未夢はますます訳がわからなくなった。
「その、アキラを未夢と間違えたり、してさ。 アイツもさすがに怒ったらしくて…」
「…そりゃ、わたしでも怒りたくなるわよ」
思わず口先を尖らせてそう言ったら、なんだ、未夢も知ってたのか、と彷徨は苦笑した。
「…気付かなかったのは俺だけだったらしくて」
アキラの気持ちも、未夢の気持ちも。自分の気持ちさえも。見えていたのかもしれないけど、見ないようにしていた。
「怒ったアキラに……キス、されて、自分が誰に見えたのかって問い詰められた…」
「…キ…っ」
「それが、一つ目」
「? ひとつめ?」
キスされて…ってあたりが引っかかったのだけど、最後の言葉に引きずられた。そのあとも、よくわからない話が続く。
1年の変な奴に告白と自己紹介されたとか、三太がアキラに明かした、女嫌いの原因とか。
端から聞けばただのモテ自慢みたいな。普段なら訊いてもはぐらかすような話を、自分からするなんて。今までなかったから、何か意味があるのだろうと、未夢も黙って聴いていたけど。
どこまで聴いても、やっぱり見当がつかない。
「…で、最後は未夢のお父さん」
「……パパ?」
正確には、順序は違うけれど。きっと、優に一番、気付かされたから。
「ほら、この前浴衣、取りに来ただろ?
あの時に、おまえがこっちで受験する話とか、いろいろ話してて…。
約束…したんだ」
向かいのソファーに座る未夢を、手招き。呼ばれた未夢は、特に何も考えずに、とりあえず立ち上がった。
この話の意味もわからなければ、その手招きの意味なんてもっとわからないから。
そばに寄った未夢の手をそっと掴んで、彷徨が見上げる。触れられたその手に一瞬、身を硬くした未夢の視線が重なった。
「おまえを、守るって」
「まっ、守る!? パパったら何考えて…っ!」
「俺もその時は半分言われるままに返事したけどさ。 ちょうど、…いろいろ考えてた頃だったから…。 いろんなきっかけがあって、あとでやっと気付いたんだ」
くっと掴んだ手を引かれて、彷徨の正面に立つ。
さっきとは違う温かい両手は、いつの間にか腰にまわされていた。
「……未夢が好きなんだって」
「…え………? ひゃあっ」
「う、嘘よぉ…っ」
「嘘つく為にわざわざ会いに来て、好きでもないヤツ膝に抱くと思うか?」
両手を膝で握りしめて俯いた未夢は、彷徨に引かれてその片膝に座らされていた。
「だ、だって…っ! 出てっちゃったじゃない、あのとき…」
「…あれは、……悪かったよ。
俺も自分の気持ちに気付いてなかったし…第一、あの状況でどーすりゃよかったんだよ?」
「…それは、確かに…そう、だけど………でも…」
ごにょごにょと語尾を濁した未夢に、はあっと大きなため息。手元に落としていた視線をそぉっと上げると、不機嫌そうな瞳とぶつかる。
「…あ、あの…」
「……どうすればいい?」
「へ?」
「どうすれば、おまえが好きだって信じてもらえるわけ?」
「ど、どう…って、言われても…」
「じゃ、じゃあ…」
「うん?」
「……き、キス、して…?」
首まで赤くして、また俯いた。思いがけない言葉に、彷徨は目を丸くする。
「だ、だって、アキラさんと、…したんでしょ?」
「……されたんだって」
「同じよ! 一番じゃないんだから、そのときより、…もっ、と、ちゃんと……」
言いながら、沸騰するのではないかというくらいに真っ赤になる。その様子に、未夢の気持ちがわかっていても、どこか不安だった心が満たされていく。
「…ったく、おまえには敵わないよなー」
頬が緩むのを抑えるのにひとつ、間をあけて。熱い頬に指先を添えて、此方を向かせれば。
「…未夢は? 初めて?」
「あ、当たり前じゃない…っ」
「…よかった。 …目、つむって?」
きっと目も合わせられないのであろう。未夢は従順に、目を閉じた。
そっと触れるだけの、一瞬のキス。
「…これで信じた?」
「………これでアキラさんと一緒だもんっ」
ついっと顔を逸らした未夢の輪郭はどこまでも赤く、髪さえも熱を持っている気がする。それでも、自分の腕から離れようとはしない未夢が、なんとも可愛くて。
「何だよそれ。 素直に言えば?」
赤い耳元に囁けば、未夢がビクリと振り返る。
「…もう一回?」
二度目のキスは、何度も角度を変えて軽く啄むように。
見つめ合って。今度は未夢からのリクエスト。
「………もう一回」
三度目は互いの存在を確かめ、慈しむようなキス。
ちら、ちらり。
窓の外を舞う初雪は、それ以上重なることなく溶けてゆく。足跡はずっとそばにいたかのように、同じ道を寄り添っていた。
fin.
こんばんは!杏です。
無事に完結致しましたぁ〜〜〜。
これもご覧戴けたみなしゃんがいてくださるからです♪
そして何より、お題をくださったのんしゃんのおかげであります。ありがとうございます!
「アニメ設定の遠距離の話」
…い、いかがだったでしょうか(><)
だんだんと彷徨くんの原作色が濃くなってきた気がしてなりませんが。。
長くなりそうなので、あとがきは別に書こうと思います。
次回は…考え中です。年内にもうひとつ、上がる…かなぁ?未定です。。
年明けには、戴いたお題でひとついきます。
また読んでやってくださいまし(^^*
2013.12.04 杏