遠距離カタオモイ

初雪と足跡遊び

作:

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「わ、雪だぁ…!」
「どーりで、寒いはずだよね〜! 積もるかなぁ〜?」
「え〜それはやだなぁ〜…」
学校を出た未夢とのぞみが開いた傘を並べて歩き出す。

あれから、彷徨とどうなったとも未夢は言わない。やっとパパの都合がついて、今度車で浴衣を取りに行くの、とは言っていたけど。
未夢が話すまでは訊かないと、ななみや綾と決めていた。

「今日も塾だっけ?」
「あ、うん…二学期でやめる手続きはしちゃったんだけどね、今日は1時間だけ」
右往左往しながら、結局は親の都合で受験せざるを得なくなった。今回は両親だって、自分の意思も一応汲んでくれていたのだから、今さら行きたくないとも言えず。
「ホントに受験しちゃうんだね〜」
「…うん、ごめんね……」
「なんで謝るのぉ? 遊びに来てよ! あたしも行くし! ね?」

塾へ、自宅へ、分かれ道。また明日、と言える数が毎日減っていくのは、寂しい。
それでも、のぞみに手を振って歩き始めた。

(落ちちゃうのはカッコ悪いし…)
一時はそれも手だと思ったけど、こちらで独りで暮らすのも心許ないし。
想いが叶わなくても、せっかくそばに居られるのだから、嫌われるまではいいかな?と諦めをつけた。

そう決めてしまえば、少しは楽なもので、あの頃はサボってばかりだった塾にも、ちゃんと足を運ぶ。
もちろん、勉強自体はまったく楽しくないけれど、受験に失敗する訳にはいかない。
平尾町に、西遠寺に戻るんだと思うと、呪文のような講習も、解読に身が入った。

ただ、未夢があまり塾に行きたくない理由は別のところにあって…。





「あ! 光月さんっ!」

「き、木島くん…」

隣に陣取った彼に苦笑いを浮かべた。
あの告白以降、しばらく音沙汰がなかったので、諦めてくれて、これでもう挨拶くらいしかしないのだろうと安堵していた。
しかしそんな期待は打ち砕かれ、塾で見つける度に彼は未夢のそばに寄ってきた。

講習中は静かなものだけど、その前後にひっきりなしに話しかけてくる。
最近は、相槌を返すだけの未夢を、願わずして家まで送ってくれるようになった。

「光月さん、帰ろ! 送ってくよ」
「いいよ、方向違うのに…」

毎回断っているはずなんだけど、彼にはまったく通用しない。
今日は雪のおかげで、終始笑顔をつくらなくてもいいのが救いだろうか。




◇◇◇



「…でさぁ、うちのクラスのやつに―――…」
「…うん……」

あと5分で家につく。傘に隠れてため息をつきながら、ずっと、聴いているフリ。
駅前は足跡だらけだったけど、住宅街まで来れば、足跡はまばら。
うっすらと積もった雪の中の、誰かの足跡を追いながら、自分もブーツの跡を残す。

(歩幅、合わないなぁ〜…)

「ねぇ、光月さん!」

(…あ、男の人かな?)


「光月さん!! …きーてる?」

「え、あ…ごめん。 ちょっと考え事してた…」
まさか、あなたの話が退屈だから、足元の誰かと遊んでた、なんて言えない。
ちょうど足跡が自分の進行方向と別の方に曲がったところで、立ち止まって傘を上げた。

「…寄ってかない?」
木島が指したのは、足跡の続く公園。
指差した先をちらりと見た未夢は、すっと視線を上げ、今日初めてキチンと、木島に向かい合った。

「ここでいいよ。 ありがと。
 …あのね、わたし、外部受験するんだ。 だから塾通ってたの。
 前いた町に、…彼のもとに戻るの」
「え…?」

嘘は言ってない。ただちょっと、彼がそういう意味にとってくれるように、言葉を選んだだけ。






「…そっ……か………」
「…ごめんね」

ズルいとわかっている言葉に、罪悪感はあるけど、どうしてだろうか、彼をフったことに対しては、あまり感じない。

「もう暗いから、気をつけてね」


半ば放心状態の彼を追い返すように見送る。
姿が消える曲がり角で、名残惜しそうに振り返る木島に、未夢は申し訳なさそうに小さく手を振った。





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