作:杏
あれから半月。
四中の面々がどうしているのかというと…表立った変化はなかった。
彷徨と三太は相変わらず放課後にアキラとつるんでいるし、ななみと綾も、あの件で彷徨を問い詰めるようなことはしていない。
ごくごく普通の、平穏な毎日が過ぎていた。
ただひとつ。密かに変化していたのは、彷徨の心中だった。
学校で、家で、こんな帰り道でも、何気ないふとしたときに自分の脳裏に浮かぶ人物を、あれからようやく自覚し始めていた彷徨。
…だからと言って。それが恋愛感情なのかと問うてみると、その答えは出ない。
己の感情なのに、わからないのがもどかしく、彷徨自身も苛立っていた。
“家族みたいなもんだろ”
三太に言った言葉。未夢よりももっと遠い場所に帰って行った家族たちをふと、思い返した。
思えばあの頃は。自分たちしか頼れない小さな異星人たちを、守ることに必死だった。突然飛び込んできた厄介な来訪者が、いつしか大切な存在になっていた。
…それは、未夢も同じで。
(家族、だろ…?)
ルゥやワンニャーと変わらない、はずなのに。その言葉に今は違和感を感じる。
「わかんね…」
「ただいま―――…」
久し振りに一人の帰り道。ずっと悶々と考えながら歩いてきた彷徨は、石段の下の見慣れぬ車に気付くことなく玄関を開けた。
「やあ、おかえり! 彷徨くん」
「…おかえり、彷徨」
いつもと違う声。そこには今まさに西遠寺を訪問してきた未夢と優が立っていた。
「おお彷徨、今日は早かったのう。 ほれ、ぼさっとしとらんと茶でも淹れて来い! さぁどうぞ、居間の方でゆっくりと…」
「あ、えっとわたし…っ、浴衣、とってくるね!」
「おお、未夢ちゃんの部屋の押し入れに入っとるからの〜」
「はぁいっ」
思いがけない出迎えに、彷徨は言葉をなくして目の前の事態を眺めるほか出来なかった。
「では高校はやはりこちらで?」
「…はい、アメリカ行きがなくても、それが未夢の希望だと、ママ…未来に言いくるめられてはいたんですけど…。
自分たちのわがままで、娘からまた離れるのかと思うと…なんだか心苦しくて」
苦笑する優。ちゃんと三人で話しているつもりでも、何処か未来と未夢に置き去りにされている感が否めないらしい。
「…でも、最近の未夢を見てると、どうにも本当にこちらに来たいのかがわからなくて。 あぁ、いや、西遠寺さんに何かあるとかではないんですけど…」
「…………」
台所でお茶を淹れながら、隣の大人たちの会話に、耳が大きくなる。
「お恥ずかしい話ですが、年頃になると、まったく。 …娘の心のうちなんて、わからないもので。 ダメですね、男親は」
「…いやぁ、ワシもあれの頭の中なんぞ全くです。 男同士でも、変わりゃしませんよ」
「せめて、と思いまして、改めてお願いに伺いました。
…どうか、未夢をよろしくお願いします。 そばに居られない私たちの分まで、あの子を守ってやってください」
座布団を避けた優が、宝晶に深々と頭を下げる。妻も娘も此処に居ないからこそ、宝晶と静かに“父の密意”を交わす。
居間から漏れ出す父たちの神妙な雰囲気に、彷徨はお盆を手にしたまま、入るタイミングを見つけられずにいた。
「…光月さん。 顔を上げてくだされ。 わかっております、…ワシとて、未夢ちゃんを我が娘のように思っておるつもりですぞ。
ここにおる間は何の心配もさせはせん、安心して、行ってきてくだされ。 おふたりが生き生きと仕事をされることが一番、未夢ちゃんの為にもなろうて…。
…ほれ彷徨! お茶はまだか!」
「あ、ああ…今行くって」
「ひゃああっ! …あ〜やっちゃったぁ…」
「未夢? どうしたんだい?」
「…あ、えへへ、せっかくきれいに畳んであったのが崩れちゃって〜…」
縁側で響いた未夢の声に、優が驚いて襖を開ければ、崩れた浴衣を畳み直そうと広げる未夢。
(…ったく、しょーがねーやつ…)
お茶を出していた彷徨が、そちらを見ることなく口元を少しだけ緩めた。
「彷徨、手伝って…あぁ、いや、ワシが行こうかの」
「いやいや、僕が…」
「――すまんが光月さん、ちょっとバカ息子の相手でもしてやってくださらんか。 すぐに戻るでの」
「え、あ…」
向けられた方が有り難くなってしまうような、優しい笑顔を優に向けると、宝晶は未夢のもとに行ってしまった。
「…さすが、君のお父さんには敵わないなぁ」
「…?」
「人を導く方はよく見ていらっしゃる、ということかな。 君にも会いたかったんだ、…彷徨くん」
「僕に、ですか?」
未夢と過ごす間、優には何度となくドキリとさせられた。優としては、年頃の娘と一緒に暮らす自分が気になっていたのだろうし。
相変わらず宝晶からはまだ何も聞いていないが、またそうなるのであれば、きっと図太く長い釘を差しに来たのだろうと、身構えた。
「そう。 一度預けておいて今更だけど、…やっぱり気になってね。 帰ってきた未夢を見ているとなおさら…、君と一緒においてもいいものだろうかと」
「………」
「…君にとって未夢は、……」
すっと真剣な目を合わせ、それから、視線を伏せて首を振った。構えた大人びた瞳が、何処か居場所を求めるように揺れていたから。
「…彷徨くんにも、未夢を守ってほしいと言ったら、…君には重荷かな?」
娘の気持ちはわからなくなってしまったのに、意図せず通じた目前の少年の定まらない気持ちは、優の言葉を変えた。
(…守る、か………)
この沈黙は長かった。重苦しくはなくて、なのに固い空気感。彷徨の言葉を待つ優が、湯気の薄れた湯呑に手を伸ばした。
手元に視線を移すと、眼鏡のレンズの外側で、首を横に動かした彷徨が真っ直ぐ此方に顔を向けた。
「いえ、…そのつもりです」
「そう……そうか。 よかった。 ありがとう、彷徨くん」
ぱっと優がにこやかに笑うと、居間も空気を緩めた。彷徨の手を取ってぶんぶんと振る。こんな仕草や表情は、未夢と同じ。だから敵わないのかもしれないと、彷徨は心中で苦笑する。
「パパ〜? 準備出来たよぉ? お話、終わった?」
「よろしく頼むよ! …もちろん、君自身からもね?」
未夢に聞こえないように、小声で付け加えた優が、茶目っ気たっぷりにウィンク。
「お、おじさん…っ!」
こんばんは、杏です。
ちょっぴりご無沙汰しております。
スマホにざっくり書き溜めて、メールでパソコンに送って、手直し。とゆー何ともめんどくさ〜い手法で何とか執筆しております(笑)
これまたプロットになかった方向に進んでいるのですが、なんとか完結に向かえそうなので上げます。
またご感想等、戴けると嬉しいです。
ご覧戴きましてありがとうございます。
では最終章、次回をお楽しみに…。 杏