作:杏
プルルルル… プルルルル…
「…はい、西遠寺…」
『こんばんはー彷徨くんっ!』
「…!? おばさん…?」
居間に転がっていた彷徨は腕だけを伸ばして電話をとり、相手の声にガバッと上半身を起こした。底抜けに明るい声はこちらの事情を知っているとは思えないのだけど、思わず正座。
『ごめんね、こんな時間に…。 宝晶さん、いらっしゃる?』
「…あ、はい…」
「…オヤジ、未夢のお母さんから電話――…」
「ほう? さすが未来さん、ナイスタイミングじゃのう〜」
「…?」
電話を渡すと、ぴしゃりと襖を閉ざされた。何がナイスタイミングなんだか知らないが、アキラとのことといい、今の父親のぞんざいな扱いといい、なんだか胸くそ悪い。
居間のテレビはつけっぱなしだけど、自分の部屋に戻る。電話を戻しに行く宝晶とそこでかち合うのを、なんとなく避けたのだった。
「…ほうほう、それはすごい! では、おふたり揃って? ……はぁ〜年内には……。 じゃが、それでは願書が…、…ほう、そうですか。
いやいや、いいんじゃよ! 夏休みに未夢ちゃんからも聞いて……、あ、ああ、しかし……。
………実はのう、ワシも詳しくはわからんのじゃが、うちのバカ息子が何か……。 …して、ウチは構わんのじゃが、未夢ちゃんが……。
いや、バカ息子にはワシが目を光らせておくがの、やはり……、…ええ、年頃の女の子ですからのう…」
(………嫌がらせかよ…!)
さっきは襖を閉めたくせに、縁側に出て話す宝晶。大きな声は、静かな彷徨の部屋にまでよく聞こえる。
気になっているのを見越して、わざと聴かせているのだろう。たびたび出てくる“バカ息子”の“バカ”のところが、やけに力強い。
「……俺には関係ない、し…」
敷きっぱなしだった布団に潜りこんで、頭まですっぽりと布団で覆った。それでも宝晶の声は耳に入る。特に頭を働かせたつもりはないが、おおよその内容はわかってしまった。
“ちゃんと自分の気持ち見つけて、決着つけろよ!”
とは、先ほど帰りがけに親友が残した言葉。何をもって、決着とするのかは彷徨にはわからない。おそらく、言った本人もそこまで考えていないだろうけど。
未夢やアキラに限ったことではなく、恋愛の“好き”を意識して周囲の女子を見たことはなかった。
ただ、あまりに身近な、ある程度の好意を持った相手に、自分のものとは異色の好意を聞かされたものだから。現状を把握していた頭とは別のところで、当惑してしまっていた。
「決着ったって…この場合、俺から何か言うのもおかしいだろ…」
何か言うにしたって、その言葉がどんな方向を向くのかさえ、定まっていない。
(…つーかアイツに見抜かれるほど、あからさまにそーゆーこと避けてたのか、俺…)
◇◇◇
「…アキラがアメリカ行った頃から、女の子たちは邪魔者がいなくなったみたいに、一斉に彷徨に目を向け始めたんだ。
でもさぁ、オレら男って、やっぱまだガキだし、そんなことに興味もないワケだ。 彷徨も露骨にうっとーしがってたし、見てるオレらだって、遊びに行くのに邪魔すんなよーって思ってたしさぁ。
女子だって、…好きだって言って、フられればすぐ嫌いになっちゃう感じが多くてさ。
昨日までフツーにクラスの友達として話してたヤツに、突然シカトくらうんだぜ? あれはオレが見ててもイラッとしたし…。
まぁ、そんな感じで小学校高学年を過ごしたコイツは、まー見事に女嫌いとゆーか、色恋沙汰から自分から遠ざかってったってワケ」
「………」
三太の昔話に、アキラは言葉を失っていた。当時を思い返せば、やはり同性として、その同級生たちの心境もわからないでもない。
本当に彷徨に興味があった子もいれば、恋に興味が湧いたところに、たまたま人気のある彷徨がいた、という子もいるだろう。告白という事実に、周囲への優越感を得たり、失恋によって同情を集めたり。
失恋の傷を埋めようと、相手を嫌いになるまで悪者にしなくてはいけなかった幼い恋もある。
多感な少女たちは、それぞれに真剣であったとは思うけど。相手の立場に立てるほど、オトナびた女の子は大人ではなく、やはり“女の子”だった。
自分がそばにいたなら、せめて想いを告げて離れていたならば、また違う今があったのだろうか。
自分も同じように嫌いになったなんて、思わない。けれど、それを今の自分が言葉にすることは、違うと思った。
唇を結んだアキラがかける言葉を探していると、三太は背を向けたままの彷徨に続けた。
「…でもさぁ、彷徨。 やっぱり女の子の方がなんつーか…オトナでさぁ。 今、そんな子ばっかじゃないのは、おまえが一番わかってんじゃねーの?」
最近こそ落ち着いたものの、ずっとモーションをかけていたクラスメイトのある少女を、三太は暗に指していた。
なにも彼女だけではない。この三年間、告白は数知れず、なのに人気の声は衰えていないのが、その変化の証拠だろう。
「昔のこと全部振り切れとは言わねーけどさぁ、少なくともそこには、アキラも光月さんも、関係ない訳じゃん?
ガキの頃の恋愛ごっこじゃねーんだし、相手が真剣なら、ちゃんと真剣に応えてやんなきゃなんねーんじゃねーの?」
「……………」
「…ねぇ彷徨。 こんなこと、彷徨に好きになってもらいたい私としては聞きたくないんだけど」
「…何」
「私の後ろ姿に、誰を見てたの?」
事の発端を、もう一度訊ねた。さっきは悲しくて寂しくて、感情が溢れ出そうだったのに、今は穏やかに。ともすれば、迷子の子供でも相手にしているような音。
「…三太、帰ろ?」
少し上から、これ以上の距離を縮めようとしなかった三太を振り仰いで、アキラはニコリと笑った。駆け下りてくる三太から、ごめんね、と自分のカバンを受け取る。
「――――彷徨。 手を伸ばした私の髪は、この黒髪じゃなかったよね? 今の彷徨の世界に、きっと色なんてついてない。 じゃなきゃ、誰かの金の髪と間違えないでしょ?
いつからそんな世界になったの? 彷徨が掴みたかったのは、思わず手を伸ばしたのは、誰……?」
「――――――…」
こんばんは、杏です。
しっちゃかめっちゃかになってますが、長くなったので原因が明らかになったここで一区切りにします。
第三章…何編でしょう??まぁ、告白編ってとこでしょうか(^^;
早急にお詫びを載せたかったから、とゆーのもあります。。
遅筆に拍車がかかっております。
ちょっと調子が悪くて、パソコンの前に長くいる元気がないもので、まだまだ更新が遅くなる可能性も。。頭の中には出来上がっているのですが…。
12月頭に完結の予定ではあるのですが、もしかしたらそれも叶わないかもしれませんm(_ _)m
遅くなっても、必ず完結、及びまだ戴いたままのお題も書きますので、申し訳ありませんが、待っていただけますでしょうか。
私の作品を楽しみにしていただけるみなしゃまがいてくださること、心より感謝いたします。
次回、最終章第1話で記念すべき(?)100投稿目になります。
少しスパンは開くかと思いますが、またお会いできることを私も楽しみにしています。 杏