遠距離カタオモイ

ファースト・キス

作:

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「もしね! もし仮に、万が一! 西遠寺くんが未夢のこと、そーゆー好きじゃなかったとしてもー…」
『…ないでしょ!』
「うん、だからぁ、…もしもの話、ね? のぞみちゃん」
『うん…?』
「なんてゆーか、嫌いではないじゃない? 絶対。 それが友達とか、家族としてーだったとしても」
「うんうん、そこだよね〜。 なのに…」

「「『なんで逃げたのか?』」」
『…逃げたなんて、そんな…』

四者通話。…とはいかないけど、こちらは綾の部屋、向こうはのぞみの部屋。四人を繋いでいるのは、綾と未夢の携帯。
頬を寄せて、耳を澄ませて、話しあう今日の議題はもちろんアレだった。

『恥ずかしかったとか、どーしていーかわかんなかったとか、そんなトコじゃないの〜?』
「さんっざん告白の嵐にあってる西遠寺くんがー?」
「でもさぁ、未夢ちゃんだから!ってのはあるんじゃない?
 状況が状況だし、直接言われたワケじゃないから、西遠寺くんだって何言っていいやら〜って感じだったんだよぉ、きっと」
『……わたし、だから?』
『いや、それは大前提にないと困るんだけどッ!』
電話の向こうで、のぞみは先程から憤慨しているようだった。その気持ちもわかるけれど。それよりも、言葉少なな未夢が心配で。
『ってゆーかっ! 西遠寺くんってそんなやつだったのぉ!? なんか一気にイメージ崩れちゃったんだけどっっ!』
「……そーなの? ななみちゃん」
「えーあたしに聞くぅ!? やっぱり未夢が一番知ってるんじゃない!?」
『へっ…わ、わたし?』
うんうん、と大きく頷いていそうな親友たちが目に浮かぶ。自分を指差してうろたえていそうな未夢が、綾とななみには浮かんでいた。






◇◇◇




「……アキラっ!」

三太の言った通り。アキラが速いのはわかっていたつもりだけど、三太との短いやりとりを終えて追い付けたのは、石段を半分以上おりたところだった。
自分の声に足を止めてくれたことに、一先ずほっとする。
「―――未夢ちゃんと何があったの?」
残りの差を下りていく彷徨に、アキラは訊ねた。背を向けていても、静かな石段でアキラの声は通る。さっきとは違う、穏やかな声。
「…何で未夢の話になるんだよ」
「彷徨を動かすのは、未夢ちゃんしかいないから」

彷徨が同じ段まで来た。アキラは前を見据えたまま。一段下りて、アキラと向かい合う。
去年と同じ、目線――――



「……離れちゃったね」
子供の頃の悪戯でも、スキンシップでもない。初めて、好きな人の唇に触れた。一方的だけど、ちゃんとしたキス。
一瞬のキスのあと、至近距離でそう漏らしたら、ふいっと彷徨は顔を逸らした。
せめて少しでも、その頬を染めてくれたら、狼狽えてくれたら。見てとれない希望に落胆するアキラに。
彷徨が口にしたのは、冷たい言葉だった。




「――――なんだ。 アキラもか…」

軽蔑したような突き放した言葉とは裏腹に、彷徨の瞳は、寂しそうに傷付いたように、暗がりで揺れていた。
「もういーよ、そんな感情…」
「彷徨…?」
あまりに悲しそうな表情、泣き出しそうな瞳。アキラが思わず手を伸ばしたら、案の定、静かに拒絶された。
「…女ってすげーよな。 好きだとか言っといて、“同じ好き”じゃなかったらソッコーで嫌いになれんのな。 俺の人格ごと全部。
 そんな欲しくもない感情ひとつで、俺が思ってたアキラとの親友も幼馴染みも、未夢との家族も、全部壊されるんだよ…!」
「彷徨、何言って…」


「彷徨! おっまえ、いー加減にしろよ!」
駆け下りてきた三太は、自分のと、アキラのカバンを手にしている。彷徨もアキラも、我関せずなんだと思っていた三太の登場には驚いた。
「オレは彷徨みたいにモテたことねーからわかんねーけどさぁ! …でも! 女の子たちだってあの頃と同じじゃねーだろっ?」

「…どういうこと? 三太…」

何もかもわかっている、といった様子で口を開いた三太を、アキラは見上げた。三太の視線は自分を通り越して、背後の彷徨に向けられている。
足元に、彷徨が座った気配。それを合図に、三太が話し始めた。




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