遠距離カタオモイ

モノクロの後ろ姿、音もなく

作:

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「おっはよー未夢ちゃん!」
「うひゃぁ! もぉ、驚かさないでよ〜〜のぞみちゃん〜〜」

「ねぇどうだった? パジャマパーティー! あたしも参加したかったぁ、パパの展覧会さえなかったらぁ〜! ……ってどしたの? 元気ないよ?」
毎朝のやりとり。先に登校して席についていた未夢に、のぞみが後ろから抱きついていた。
「そっかな? いつもと一緒だよ?」
確かに、いつもと同じトーンで話す未夢。でも、不安げにきゅっとのぞみの袖をつかんだその顔は、今にも泣き出しそうに笑っている。
もう片方の手元、机の下で光る携帯のディスプレイはメール作成画面。送信相手は、綾。本文には、
“彷徨、風邪ひいてないかな?”

「…向こうで何かあったの? 西遠寺くんと」
土日の間に彷徨に会える予定はなかったはずだ。未夢自身も連絡していないし、向こうの親友たちも、今回は言っていないらしいと聞いていた。
「……行こっ!」
「えっ、のぞみちゃん、どこに…!」
「ん〜〜〜〜〜とりあえずぅ〜屋上っ!? サボり!」



◇◇◇


ピンポーン




ピンポーン



ピポピポピポピポピンポーン


「――オヤジ! 忘れ物なら自分であがってこいっていつも…!」
「なんだぁ、元気そうじゃん」
連打されるチャイムに苛立った彷徨が玄関に怒鳴りこむと、予想に反して先程出掛けた宝晶が戻ってきたのではなく、そこには学校帰りの三太とアキラがいた。
「珍しく風邪で休みだってゆーから心配して来たのに」
「だから言ったろぉ〜? 今日のは絶対サボりだって!」
「…俺が風邪ひいたらおかしいのかよ……」
バツが悪そうに顔をしかめる彷徨に構わず、玄関をあがろうとする二人。
「あ、彷徨! キッチン貸してね?」
そう言って買い物袋を掲げて見せたアキラが、真っ先に奥へと進んだ。


「校門で会ったときにはすでに買い物してあったんだぜぇ? モテる男はいいよなぁ〜」
「………」
つい二日前の出来事を忘れているのか、わざとなのか。自分の欲していない称号を軽々しく口にする三太を彷徨はジロリと睨みつけた。
「何言ってんのよ! 三太の分もあるわよ? 今日、おじさま留守にするって聞いてたし、うちもどうせ遅いから」
「マジ!? 彷徨っ、電話貸して! かーちゃんにメシいらねーって言わねーと!」
台所に入るなり、アキラは夕食の準備を始め、三太は電話を手に廊下へ出る。手持無沙汰な彷徨は、とりあえず食卓の定位置についた。

「風邪だって聞いてればもっと食べやすいもの用意したのになぁー…どうなの? 具合」
「大したことねーし、何でも食えるけど…」
「そう? よかった」
ニコリと笑って、背を向ける。リズムよく鳴る包丁。合わせて揺れる、長い髪。
「…意外と上手いんだ?」
「意外とって何よ? 基本、洋食ばっかりなんだけどね。 ほら、向こうは濃い目の味付けで、お肉ばっかりじゃない?
 ママが身体によくないからって、よく和食テイストにしてくれてたから、…和洋折衷って感じ?」
「ふぅん……」

「……彷徨? さすがにそんなに近くで見られると、緊張するなぁ」
手を止めて彷徨を仰ぐ。肘くらわせちゃいそうで、と笑うのがアキラであることにはっとして、伸ばしかけていた手を引っこめた。
「あぁ…いや、ニンジン繋がってないかと…」
「もぉ、失礼だなぁ! おとなしく座ってなさい!」
「はいはい、じゃー本でも持ってくるかなー」
ひらひらと片手を上げて出ていく彷徨を見送って、野菜に向き直る。
「…先は長いなぁ……ねぇ、三太?」
「へ?」
入れ違いに戻った三太に、背を向けたまま続けた。



(何しようとした? 俺……)
本を取りに来ただけの、自室の襖をきちんと閉めた。揺れる髪に伸ばしかけた左手は、何を求めていたのか。
「…まだ熱あんのかな」
その手に聞かせた言い訳。脳裏で三太が、さっきの言葉を繰り返す。
(…アキラはそんなんじゃねーだろ……)






「……どぉ?」

三太がアキラの手料理をガツガツと頬張って、うんうんと思い切り頷く。とにかく美味しいらしく、箸が止まらない。
「ふふ、よかったぁ! パパとママ以外の人に食べてもらうの初めてだから、ちょっと緊張しちゃった」
安堵の息を漏らしたアキラが笑う。自分も、と箸を取って、三太とは対照的な彷徨を見る。黙々と食べてくれてはいるが、その顔からは美味いか不味いかも読み取れなかった。
「…彷徨? 美味しくない?」
箸を運びながら、何か考えているような彷徨。ここにない何かを見ている彷徨に、アキラは肩を落とす。

「彷徨!」
「―――あぁ、悪い。 なに?」
「考え事?」
「いや……」
「未夢ちゃん、来てたんだって? 言ってくれれば、図書館なんて別の日でもよかったのにーって言ってたの」
ね、と目配せされて、慌てたのは三太の方。ここへ来る道中に確かにその話はしたけど、今、そんな話題は微塵もなかった。
三太とて、食べるだけに夢中になっていた訳ではなく、隣の変な空気やアキラの心中に、少しは気を配っていたつもりだ。
よくわからないけど、アキラが仕掛けたらしい。とりあえず、合わせて頷いた。
「…友達に会いに来たんだろ。 俺も知らなかったし」
「でも、ここに泊まったんでしょ? 文化祭はバタバタしてたし、ゆっくり話せたんじゃない?」
「………」

食器の音しか鳴らなくなり、アキラはふっと息をついた。これ以上は言うつもりがないらしい。
「……どう? 美味しい?」
「…うん、美味いよ」
「…嘘」
「?」
「味なんかしてないクセに」
「そこまで風邪ひどくねーだろぉ? どれもウマいぜぇ?」

「……何が言いたい?」
箸を置いた彷徨がトーンを変えた。やっと真っ直ぐにアキラを見る。
「…これ、なに?」
目についたサラダ。アキラはその丸い野菜をフォークに刺して、彷徨に突き出した。
「…トマト」
「色は?」
「赤」
この問答の意味が全くわからず、三太はポカンと口を開けたままそれを見ていた。彷徨だって、アキラが何がしたいかわかっている訳ではない。ただ、言われたことに答えているだけ。
「じゃあこっちのレタスは…」

「――アキラ。 …何がしたいんだよ」
呆れた彷徨が遮った。さっきまで、変なのは彷徨の方だったのに、今はアキラがらしくない。
「……じゃあ私の髪は?」
「…はぁ??」

「さっき、キッチンで私の後ろ姿は…誰に見えてた?」







「――――帰る」
「…おい、アキラ…っ!」
声はかけたけど、すぐには動けなかった。
自分でもわかりきれてない心の内を、無意識の行動を、アキラに見透かされていた。
「早く追っかけろよぉ。 アキラ、速いぞ〜?」
そう言いながらも自分はのん気に箸を動かし続ける親友が、彷徨を我に返してくれる。

(何なんだよ…っ)



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