作:杏
「ただいま! かーちゃん! 風呂わいてる〜〜〜!?」
傘を受け取ろうともしない、家にも帰りそうにない彷徨を、三太は自宅に連れ帰った。
このまま別れれば、朝まででも走っていそうな親友を放っておけない。
「三太! 泊まってくの? 彷徨くん」
ずぶ濡れの彷徨をとりあえず風呂にやって、自室で考えようとした矢先。遠慮なくドアが開いた。
「え? あぁ…うん、おじさんにこそっと電話しといて! なんか、珍しくケンカしたみたいだからさぁ!」
「アンタの服じゃ彷徨くんに合わないんじゃない? 最近、あの子の方が伸びがいいからねぇ〜」
「うっせーよ、かーちゃん! 大してかわんねーって! 早く電話っ! おじさん心配してるから!」
豪快に笑う母を追い出して、ふぅ〜っと息をつく。
「ま、光月さんとなんかあったんだろうなぁ〜」
家を飛び出すほどの父子ケンカなんて、あの彷徨がするとも思えないし。
ぼんっとベッドに転がり、眉をぎゅーっと寄せて頭の中を整理しようとして。
人差し指、中指、薬指。ちょうど右手の指を3本たてた、ものの3秒。
「ん〜〜〜〜〜フクザツだよなぁ〜…」
三太が諦めるまでの時間、浮かんだのは三人の人物。
「さぁ! 何があったか聞かせてもらおうじゃねーかっ!」
「………べ」
「別に何もってことはないだろ!」
「……………」
「なんでおまえが未夢が来ること知ってたんだよ?」
ずいっと風呂上がりのジュースを突き出して迫る三太にかわすセリフを取られた彷徨は、ふてた顔を背けて自分の疑問を投げた。
「オレはおまえんち向かう光月さんに会ったから! なんか、小西さんちに泊まる予定が、急にダメになったから西遠寺に泊めてもらうって…」
「………」
「…昼間アキラと図書館にいた彷徨は知らなくて当然だろ? で、おまえが帰ったら光月さんが居たってワケだ。
せっかく会ったのに、ケンカでもしたのか?」
たまにしか会えないのに、まーそれもおまえららしいっちゃ、らしいかもしれねーけどぉ〜と大げさに呆れてみせる三太。
「ケンカじゃねーし…」
小声で漏らした独り言を、こんな時だけ耳聡い三太はしっかりと耳に入れたらしく。目を光らせて彷徨に詰め寄る。
「じゃーなんなんだよっ!? オレとぶつかんなきゃ、この雨の中を朝までだって走ってそうな勢いだったぞ!」
「………なぁ、おまえわかるか? 未夢の好きなヤツ」
詰め寄られた彷徨が5分ほど黙り込んで、ようやく三太に訊ねてみた言葉。意外な問いかけに、三太はきょとんとしてしまった。
「…まぁ、そうだろうなーってヤツは一人いるけど?」
「ふぅん……」
彷徨の問うた意がわからないから、その名は言えなかった。そっけない返事に、ますますわからなくなる。
「そいつの好きな子も、オレは親友としてわかってるつもりだけどなぁ〜?」
彷徨相手に、大胆な鎌をかけた。何がどうして彷徨がこんなことを言い出したのか全く予測がつかないからこそ。
それでも、未夢の想い人とその想い人の好きな子は、絶対に間違っていない自信がある。
「―――いねーよ、そんなヤツ…」
(はは〜ん、そーゆーワケかぁ〜…)
一瞬の間、ほんの僅かに目を見開いて此方を見た彷徨を三太は見逃さなかった。
「ま、そーゆーコトにしといてやるよ。 …で? 光月さんに告白でもされたか?」
木島の存在を知らない三太には、当然それしか浮かばない。でもそれならば、彷徨が家を出てきた理由がわからない。
ひとつひとつ、この頭のまわる親友を解いていくのは大変な労力。三太が眠れない夜を覚悟したとき。
「――その方がマシだったかもな…」
「え??」
「…いや、なんでもない。 …寝る。 三太、電気」
「あ、あぁ…」
「―――なぁ彷徨、おまえはどう思ってんの? 光月さんのこと」
「…どーって、別に…」
灯りを消した三太が布団に潜りこんで、しばらくの沈黙。彷徨がまだ眠っていないのはわかっていたから、訊いてみた。
「クラスの女子と変わんないってことはないだろ?」
「…そりゃ、一緒に生活してたんだし。 家族みたいなもんだろ、未夢は。 それ以外の特別はねーよ」
「ふーん…じゃあオレ狙っちゃおうかなぁ〜」
大きな欠伸をしていた彷徨がピッと闇を張り詰めさせた。
(…お?)
「…好きにすれば? おまえの手に負えるとは思わねーけどなー」
ごろんと三太のベッドで彷徨が背を向けた気配。その隣に敷いた布団の中で、三太は笑いを噛み殺していた。
(素直じゃねーなぁ〜…)
静かに笑い終えてふーっと三太が息をついた頃。ベッドからは穏やかな寝息。
ふと、未夢と同じように彷徨を想っているはずの、もう一人の親友を思い返した。そういえば、彷徨がモテはじめたのは、ちょうどアキラがいなくなった頃からだろうか。
(……いや、正直な反応なのか? もしかして、こいつ…)