遠距離カタオモイ

ひた走る

作:

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冷たい夜の雨。

ただひたすらに、彷徨はその中を走っていた。


「…っはぁ、はぁ…っ、……っ!」
立ち止まってしまったら、よぎるのは未夢の声。驚愕の表情。
それを振り切るように、また走り出す。

どんなに足を動かしても、息が切れるほど走っても、振り切れないことはわかっていた。
走っている間中ずっと、未夢の声が繰り返し流れる。目は行く先を見ているのに、脳裏には未夢の顔が映る。






未夢の言葉は、真っ直ぐに突き抜けた。電話の相手と話すうちは、断りの口実だと思ったのだけど。
最後のあの言葉、手の中の機械に呟いたその表情は、嘘じゃなかった。

(…なんで)




走り続けているのはきっと、何も考えたくないから。

未夢が何故家にいたのか、どうしてよりによってあんな会話に出くわしてしまったのか。
どうして未夢に背を向けてしまったのか、家を飛び出してきたのか。
今、自分はどこに向かっているのか。


雨を含んで重くなっていく服も靴も、冷えていく身体も、構わない。
暗い町をあてもなく走る。
頭の中から、疑問が、さっき見た未夢が消えるまで。








―――ドンっ


「…わ、すんませんっ」
「……いえ」


角で人とぶつかった。相手の持っていた傘が舞う。コンビニのビニール袋が落ちた。



「…かなたぁ?」
呼ばれてようやく、よく知る声だと気がついた。
「…三太」
「おまえ、なんだよその恰好! なんで傘さしてねーの!? これ貸してやるよ! オレんちそこだし!」
「……いや、いい………」
「早く帰って風呂入れって!」
頭上から降る水が遮られた。傘を突き出す手を押し戻して、首を振る。

「なんで! 今日、光月さん来てるんだろっ?」




「……なんで知って―――」

雨粒はひっきりなしに落ちてきて鳴り続ける。
疑問が増えたのに、未夢は消えるどころか色濃くなっていくのに。これ以上走ることは叶わなくなった。






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