遠距離カタオモイ

告げた想い

作:

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「…まったくふたりとも、お節介なんだからぁ…」
今回のために、新しく買ったピンクの水玉パジャマ。風呂上がりの髪を拭きながら未夢が歩くのは、西遠寺の縁側。



「―――ごめん、未夢ちゃん! 今、うちから電話あってね、ママが風邪ひいちゃったって…」
「大事な受験生にうつしちゃいけないから、今日のパジャマパーティーはナシだってー」
アイスティーにミルクとガムシロを持って戻ってきた未夢に、両手を合わせた綾。間髪いれずに、残念そうにななみが続けた。
じゃあ、仕方ないから今日は帰ると言うと、今からじゃ遅いから西遠寺に連絡してみればと、ななみが未夢の携帯を差し出し、…今に至る。



「結局彷徨は帰って来ないし、ここんとこ毎日遅いってゆーし……」
突然の来訪を宝晶は快く迎えてくれたけれど、彷徨はそれを知らない。
(何してるのかな、アキラさんと…一緒、なんだろうな……)

夏は「ただいま」と入ったこの家に、今日はそれが言えなかった。「お邪魔します」と通された居間も台所も、自分用だった部屋も、どこか落ち着かない。
彷徨の顔を見れば、ほっと出来るかもしれない。何しに来た?って顔をされたらどうしようか。
着信履歴は増えることなく、唯一のあの日の履歴も消えてしまった。自宅にかかっていたのかもしれないと、ずっと自分に言い聞かせながら。
“また”がないのだから、迷惑なのかもしれない。そう思うと、自分からも連絡できずにいた。
(やっぱり…帰ればよかったな……)


ピリリリリリリ… ピリリリリリリ…

「…電話? もしもし…?」
音に引かれて、手にした携帯。相手も確かめずに出たのは、この思考の渦から逃げ出したかったから。
『もしもし! 光月さん?』
「…木島くん……」
意外な声の主に、思わずディスプレイを見た。
同じ塾に通う、あの男の子。未夢の学校の姉妹校にあたる、近くの男子校。合同で行われた文化祭で話しかけられ、番号を交換したまではよかったが、それ以来よく電話がかかってきては他愛のない話を聞かされていた。

『あ、あのさぁ……』
「うん?」
三太ほどではないけれど、彷徨の倍は喋る子、というのが未夢の印象。それなのに、今日はなんだか歯切れが悪い。
「…どうしたの? 具合でも悪い?」
『あ、いや、そんなことは…、ないんだけど……』
「そう…?」

しんとした室内に、ノイズだけが鳴る。未夢は訳がわからず、相手の声をただ待っていた。
気まずいには気まずいのだけど、かと言ってこちらから話すようなことも特にないし、ついさっきまで彷徨で支配されていた頭は、そんな間を持たせる会話を考えてはくれなかった。

『―――あ、あのさ! 俺、光月さんが…』
「? わたしが…なぁに?」
『………俺…光月さんのことが好きなんだ! …俺と、付き合ってくれない、かな…』
「……え…?」

また、ノイズだけが響きだした。何か音を求めて、未夢は縁側に出た。

彼の言葉が未夢の中をまわる。それを望まない人から向けられた、“好き”。
己の感情とはあまりにも温度差があり過ぎて、自分でも驚くほど冷静な言葉を口にした。
「…ごめん。 …木島くんのこと、そういう風に見れない……」
こんな状況で、相手には申し訳ないとは思うけど。未夢に浮かんだのは、彷徨だった。“好き”というワードに。そして、今の自分に彷徨を重ねて、あぁ、彷徨はいつもこんな気持ちだったんだ、と思っていた。
『…好きなヤツでもいるの?』
「うん、いるよ。 好きな人…」
慌てることもなく、あっさりと言えた。思い浮かべたままの彷徨の隣に、アキラが浮かんで。自分の連想に、少し悲しくなった。
『…誰?』
「だれって…木島くんの知らないひと」
『うちの学校じゃないの?』
「うん…近くには居ない」
『どんなヤツ? 遠いんだ? 俺なら、近いよ?』
「前の学校のひと。 お世話になった家の、息子さん。 …そのひと以外と付き合うなんて、考えられないから」
しつこく聞き出した彼に、穏やかに告げた。そこまで言うつもりはなかったけど、これ以上引きさがられるのも鬱陶しくて。
『……そう、わかった』

プ――ッ、プ――ッと電子音に変わった。眩しいディスプレイを眺めながら、ふうっと息をついて、パタンと携帯を閉じる。
「…ごめんなさい。 …でも、彷徨じゃないとダメなの…」


「あ、雨……? ――――!」
ポツリ、ポツリと庭に落ちた水音。それに気付いて顔を向けた庭の向こう側、向かいの縁側に。
「かな、た……? いつから……」
その声は今までとはうってかわって、か細く頼りないものだった。雨音を抜けて、彷徨に聞こえたとは思えない。

短く長い、しばらく。未夢も彷徨も、動けなかった。







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