作:杏
「はぁ――――……」
「幸せ、逃げちゃうよ?」
声が降ってきた方を仰ぐと、見慣れた姿。
「…アキラ」
「ごめんね、遅くなっちゃった。 三太は?」
「図書館なんかで静かにできねーって今日はパスだって」
ある土曜日、市立図書館。
一緒に勉強しようと誘われて、彷徨はここにいた。
「何のため息ー?」
隣に座ったアキラがまた参考書に向かった彷徨を覗き込む。
「別に…」
「そ? …ねぇ、進路決めた?」
「……いい加減に決めなきゃなー」
「行きたいトコ、ないの?」
「高校は近ければどこでも…。 先生はレベル高いとこ行けってゆーけど」
「そう。 私も決めなきゃなぁー」
「? アキラも、エスカレーターだろ?」
「も?」
「…あぁ、未夢んトコもそうだから」
「そうなんだ。 …エスカレーターでもいいんだけど、私、外部受験しようかと思ってるんだぁ」
「行き先、決めてないのに?」
「うん、だからー…うちの高校は保険?」
おどけたように言うと、彷徨が静かに肩を揺らした。
「いいな、保険」
「万年首位の彷徨には要らないんじゃない? この間の校内模試も当ったり前に一番だったんだぜぇ〜って、三太言ってたわよ?」
「アイツが勉強しなさすぎなんだって…」
呆れる彷徨に、クスクスと笑いながら。
(同じ高校、行けたらいいのにな…)
きっと、そう思ってるのは自分だけ。それがわかっているから、言えなかった。
◇◇◇
その頃、図書館から歩いて15分ほどのファミレス。
「ごめーん! 遅くなっちゃったぁ! 乗り換えで一本逃しちゃって…」
「おかえり〜未夢ちゃん! 大丈夫だよぉ〜」
「やろうやろう! すいませーん! ドリンクバーひとつ追加でー!」
「未夢ちゃんトコはどこまでいったぁ〜?」
「うちはあんまり、勉学に力入れてないからなぁ〜…。 こないだまでは文化祭に1ヶ月くらい費やしてて〜……」
ポテトをつまみながら、参考書を広げながら。まずは近況報告から始まる、勉強タイム。
今夜は綾の家で勉強会を兼ねたパジャマパーティー。
「ふたりとも、進路決まった?」
「んー一応…あたしはとりあえず普通科で、近場でー…」
「わたしはこの辺りで一番演劇部に力の入ってる―――…」
「やっぱりそうだよね〜。 わたしも無難なレベルで、歩ける範囲で…」
「「え??」」
未夢に受験は不要なはず。
声を揃えて自分に注目したななみと綾に、未夢は少し言いづらそうにしながら、ストローを回して氷を鳴らす。
「……えっとね、こっちで受験しようかな〜って…」
「「――ホント!?」」
「うん。 まだ受けるトコは決めてはないんだけど、やっぱりみんなの近くに居れたらいいな〜って…。 我ながら不純な動機だけど」
上目遣いに、ペロッと小さく舌を出した。
「あ、でもね、パパにはまだ言ってないんだぁ。 …ママはね、好きにしなさいって。 自分も好きにアメリカ行けるしって思ってるみたい」
「みぃ―――――ゆぅ―――――!」
「未夢ちゃぁ〜〜〜〜〜〜ん!」
「うひゃあっ!」
隣のななみと、向かいからまわりこんだ綾が、未夢に抱きついた。
「未夢も平尾高校にしようよ!」
「近いから西遠寺くんちからも歩けるよ!」
「ふたりも? わたしも、第一志望は平尾高校なんだ。 …って、わたしまだ西遠寺に住むって言ってないよねっ?」
即座に頬を染めた未夢が焦る。当然のように言った綾。もちろん、ななみもそのつもりで話している。
「だって他に行くとこないし…ねぇ?」
「うんうん! 西遠寺くんにはもう言ったの?」
「あ……ううん、まだ…。 おじさまは賛成してくれてるんだけど…。
なんか、最近忙しいのかな? あれからすれ違いで…」
「「…………」」
何か知ってる?と言いたげな未夢に、二人はすぐに言葉を返せなかった。
たった一年、だけど毎日一緒に居て、きっと彼にとっても特別であろう目の前の親友を、今はまるで忘れてしまったかのような最近の彷徨を思い浮かべる。
離れてしまえば、それが普通なのかもしれない。
未夢がいなくなったばかりの頃も、何でもないようにはしていたけれど、それでも彷徨を良く知る仲間は、その瞳に今までにない憂愁の色を見ていた。
それが時と共に徐々に薄れ、ここ最近はその未夢の場所に限りなく近い場所に、別の少女がいることは、二人にとってなんだかとても不服というか、面白くないというか。
「……アキラさん?」
言葉なく、僅かにしかめた顔を見合わせる二人に、未夢が察した。目を向けると寂しそうに笑う未夢。
カラン、と鳴った氷だけのグラスを持って、席を立った。
杏です、こんばんは。
第三章が始まります。ここらで、変化が必要ですね。
それが上手くいかずに今立ち往生してる杏です(苦笑)
決めてたプロットが大まかすぎたようです。
ラストだけはいつでも書けるのに…!(おいw
まぁまぁのんびりと頑張ります。スランプなんてなんのその!