作:杏
『なんか、女の子とふたりっきりでバスケしてたって!』
「…尾ヒレ」
『帰りは手ェつないで、家まで送ってったらしいよー?』
「ん〜〜じゃあ、胸ビレ?」
『わたしはもう付き合ってるって聞いたよー!』
「背ビレまで付いてるねー」
「ってゆーかむしろ、羽生えて学校中とんでるよね〜」
「…で、真相は?」
「黒須くんと三人でバスケがせーかーいっ!」
「事実は得てして、大したことなくそんなもんってかぁ―――…」
4時間目の音楽を終えて、音楽室から教室へ歩いていたななみと綾。常に注目されている、たまたま後ろを歩く人物に、周囲からヒレ付きの噂が漏れ出ている。
その声に呆れるように“ヒレ評価”をつけていた。
「文化祭の目撃情報もあるから、なおさらなんじゃない?」
「しかも相手は宝城の超美人! そりゃ噂にもなるよね〜西遠寺くん!」
振り返れば、二人の大きな会話に不服そうな彷徨。隣の三太は、なんで自分の存在だけ消えるんだと、打ちひしがれている。
「…俺のせいじゃねーし。 勝手に言わせとけよ、んなもん」
「―――いい加減にしてくださいっ!」
ガラリと教室の戸を開けた瞬間。静まった部屋の注目は、声を荒げて席を立ったクリスに集まっていた。
出入り口に立ち止まって、室内の様子を窺う綾とななみ。三太も野次馬根性で中を覗き込んだ。
「あっ! 会長〜〜〜!」
「…俺はもう会長じゃねーよ。 佐々木現生徒会長?」
廊下からは、佐々木の声。引き継がれた後も、トラブルがあれば彷徨や小柴を頼って3年の階にやってくる。
「え、あ、えっと、…西遠寺先輩! ちょっと聞きたいことがっ! 生徒会室に来てください〜」
そのやりとりの間に、教室から走り去ったクリス。彷徨はその騒動の理由を知ることなく、廊下を逆の方向へ。
「ななみちゃんっ! 行こう!」
直後にそう言った綾は、クリスの机に置き去りにされた弁当を手にしていた。
「えっ、うん、待ってよ、綾!」
ななみも、移動教室の前から机にスタンバイさせていた綾と自分の弁当を持って続く。クリスを追って、屋上へ。
「――クリスちゃん!」
「ななみちゃん、綾ちゃん…」
手摺に身を預けるように、空を見上げていたクリス。薄い青の下、少し冷たい風が二人と振り返ったクリスの間を通り抜ける。
「食べよ?」
風の通り道を横切って、綾はクリスに弁当箱を手渡した。
「うは―――今日は風冷たいねー! ひなた行こ! ひなた!」
だからこそ、誰もいない屋上。頭を冷やすには、ちょうどよかった。
促されるままに、三人で陽のあたるところに輪になって、弁当を広げる。他愛のない話を振ってくれる友人たちに、力のない笑顔しか返せない。
ぼんやりとした自分を見かねて、今朝は鹿田が作ってくれた弁当も、味がしなかった。
「……綾ちゃん、ななみちゃん。 …聞いてくださいますか?」
「しょーがないなぁ。 クリスちゃんが話したいなら!」
「わたしたちは一緒にお昼食べようと思っただけなんだけどね〜?」
箸を止めて、意を決したクリスにななみと綾の言葉。冷たい風にのった音は、仕方なしに、と言うけれど。
言いたくないなら、訊かないし。聞いて欲しいなら、気のすむまで聴くよ。
優しく笑った二人の、反する言葉に込めた意に、紅い瞳の輪郭が滲んだ。
「―――わたくし、昨日彷徨くんたちを見かけたんです。 …いつか、彷徨くんがバスケの練習をしてらしたコートで。
他校の女の子と三人で、バスケを…」
「宝城の子でしょ?」
「…ご存知だったんですか?」
「昨日のウワサの真相はね、黒須くんに聞いただけなんだけど…」
「あたしたち、文化祭で会ったんだ。 西遠寺くんと一緒にいたその子に」
「そうでしたの…。 とっても仲が良さそうでしたわ。 未夢ちゃんとは、また違う…」
未夢がいた頃を思い返して宙を見つめると、そこに未夢がいるかのように視線が集まった。
「あ、あのね、あの三人、幼馴染みなんだって。 5年ぶりに日本に帰ってきたらしいんだけど…」
「未夢ちゃんは…」
「「え?」」
綾を遮って、クリスが静かに二人を見つめる。言葉を飲みこんで、再度口を開いた。
「未夢ちゃんは、彷徨くんがお好きなんでしょう?」
唐突な質問に、ななみと綾は顔を見合わせる。自分たちが肯定してしまうことに躊躇いながらも、否定も出来ず。
「…いいんです、わかっていますから。 誰にも言いません、仰ってくださいな」
それを求めるクリスの穏やかな瞳に負けて、綾が頷いた。
「わたくし、諦め始めていましたの。 …彷徨くんのこと……」
「なんで? あんなに…」
「だって、見惚れてしまいましたもの。 ルゥくんが帰ったあと、“寂しいけど、寂しくない”、そう言って笑い合った彷徨くんと未夢ちゃんに…」
肩をすくめて少し哀しそうに、それでも頬を上げる。対照的に、眉は下がってしまった。
呆れたのは、今さら諦めることを知った自分自身か。それとも、そんなに想い合いながら何も変えずに離れてしまった彷徨と未夢だろうか。きっと、両方だった。
「自分が冷静になったら、大きくなった噂を広げていたみなさんが許せなかったんです。 …わたくしも少し前まではあの中にいて、確証のない噂に一喜一憂してましたのに…」
そんな資格ありませんのに、と静かに己を嘲笑する。伏せた瞳でぼんやりと見ていたコンクリートの床に、スイっと影が揺れた。
「…盗み聞きか!?」
ななみがその影を追って走る。手摺から身を乗り出して、小さな影の行く先を見やると、そこは中庭。
「元気出してって言ってるんじゃない? ホラ、ペットは飼い主に似るって言うし!」
綾が人差し指を立てて、ニコリと笑う。クリスの膝にふわりと舞い落ちた、一輪のピンクのバラ。
「―――ありがとうございます、オカメちゃん…」
「どこへ行っていたんだい? …そうか、悩めるレィディを元気づけてきたんだね! さすがはオカメちゃん! ボクの自慢のパートナーだねっ」
肩に舞い戻ったオカメちゃんが、僅かばかり誇らしげに胸を張っているように見えた。
自分が出しゃばるばかりが正解ではない。パートナーを信じて託したバラが、きっと彼女の心を軽くしただろう。
それは華やかで優美な、キミだけの薄紅色。
いつもありがとうございます。
第二章、文化祭編。これにて完結です。最後はちょっと幕間的な感じですが。
二人が離れてると、何かが起こるまでの前置きがすごく長いですネ。。あんまり端折ると訳わかんないし。
全部をキーにしようとすると、結果どれもがキーじゃなくなる…どれに重きを置いて、どれをさらっとスルーするかの取捨選択が難しい。
…とゆー訳で、次回からは第三章。またよろしくお願いします。 杏