「もう1人の転校生」

第4話「消せない過去を持ちながら」―3

作:マサ

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誠大が目を覚ましたとき、目に映ったのは、白い天井だった。
そして自分は寝ている。
外から差し込む陽射しは、すでに傾いていた。
この状況的に、自分がいる場所が少なくとも西遠寺ではないと言うことは悟っていた。

「俺、そんなに寝ていたのか…。」

何もできなくなって、倒れてしまった。
そんな悪夢のような光景が、まだ脳裏に焼き付いている。
とうとう、自分を抑えることができなくなってしまった。
そう思っただけで、また体が締め付けられる。
そんな感覚を持ってしまった。
手足の指先には感覚は戻っていたようだが、
どうやら右の手首を握られているらしい。
起きあがって確認すると、それは未夢だった。
彼女はその上、人の脚を枕にして突っ伏して眠っていた。

「全く、こいつは…。」

呆れる誠大だが、なぜか憎めない。
誠大はいつの間にか、未夢への信頼感を抱くようになっていた。

「もう、隠せないんだろうな。」

誠大はふと、考えてしまった。
あのような事が起きた以上、
自分の身の上は、きっちりと話さなければならない。
だが、まだ明確な決心が付いていなかった。
その時だった。

「その子、ええ子やな。」

突然聞こえてきた関西弁。
誠大が声のした方へ振り向くと、
あのスウェットの青年が立っていた。

「わ、脇阪先生…。」
「そいつ、お前の『これ』か?」
「違います。」

小指を立てて「恋人」を表すサインを送った脇阪だが、
誠大は即否定の意思を示した。
だが、その直後少しだけ頬をゆるめた誠大は、

「まあ、少なくとも嫌いじゃないですけどね。」

と言って、少しだけほくそ笑んだ。

「まあ、そうだろうな。
聞いた話だと、倒れたお前を必死に介抱しとったそうだ。」

誰に聞いたんですか?
と誠大が言おうとしたとき、現れたのは水野先生だった。

「あなたの身の上は聞かせてもらったわ。」
「水野先生!?一体どうして…。」

事態を把握できなくなり始めた誠大は、
少し混乱していた。
その表情を見透かしたかのように、
水野は誠大に単純、簡潔に言い放った。

「あたしと脇阪くんは、大学の同級生なの。」
「お前がいろんな商売にうつつを抜かして2回もダブったから、
結局卒業まで一緒になってしもうたんやけどな。」

誠大は、あっけに取られていた。
他ならぬ理由ではあるが、
自分が知っている人物2人が、思わぬ所でつながっていたからだ。
そして、脇阪は誠大の方を改めて向き直って見て告げた。

「さて…、これからお前はどうする?」

誠大も、この質問が来ることは重々承知だった。
これでも、誠大はまだ揺らいでいた。

「どうする、と言われても…。」
「いつまでも同居人に、世話かけるワケにもいかんやろ。
ここで話した方がええんと違うか?」

もう一押しとばかりに、脇阪は誠大を追いつめる。
そして、誠大は遂に一瞬うつむいた顔を上げて、

「…ここで話します。
今、ここで、全部を打ち明けます。」

誠大の決意が、固まった。
そして、まだ寝ている未夢を起こそうと、
誠大は未夢の肩を叩いた。
そうして目を覚ました未夢は、

「誠大!?もう起きても大丈夫なの?」

起きて、誠大の姿を見るなり、
心配になって誠大にすがった。
迷惑をかけたのだと、改めて認識してしまう。

「ああ…、それより、彷徨は?」
「彷徨は…、多分隣のベッドで寝てるのかな?」
「もう起きてるぜ。
お前らと違って、俺は授業に戻ったんだよ。」

彷徨はそう言って、保健室に入ってきた。
こうして準備は整った。
あとは、全てを語るだけである。

「良かった。
彷徨と未夢に、話しておきたいことがある。
俺の…、俺の過去について、お前らに話したいんだ。」

ベッドからはい出して、未夢と誠大に向き直った誠大。
彼の目は決意にあふれていた。

「ああ…、待ってた。
話してくれよ、お前の過去を。」

誠大はフッと一息ついて、語り始めた。

「まず、みんなが気になっていると思うのは、頬にある傷跡。
実は、右手にも傷跡がある。」

誠大はそう言って、右手を差し出した。
そこには、手の甲側の指の付け根辺りに、大きな切り傷の跡があった。

「これで、俺は指の腱を3本分やられた。」

生々しく残った傷跡に、周囲は言葉を失っていた。

「おかげでまともに動かせるようになるのに3年かかった。
受けたのは小学4年の時だ。
本来右利きだったところが、これのせいで左手を使うようになって、両利きになっちまった。
今みたいに、不自由なく動かせるようになったのは、中学に入ってからだ。」
「気付かなかった…。」

既に想像を超えた範囲だったからなのか、未夢も彷徨も、既に驚愕を通り越してあ然としている。

「普段は袖の先をだぶつかせて、無理矢理隠してるワケだったけども…。
これだけじゃない。
見てみろよ、この体を…。」

すると誠大は、着ていた制服のYシャツを脱ぎ始めた。
そうして現れたのは、深く、大きな傷跡を抱えた背中だった。
腕にもいくつか傷が残っている。

「これら全部、同じヤツらがやったんだ。」
「一体…、誰がそんなことを?」

未夢は声を振り絞って、誠大に尋ねた。

「地元の不良連中だ。
ある時は空き教室で、ある時はグラウンドの隅で、またあるときは体育倉庫で…。
とにかくいろんな場所で俺を傷つけちゃ笑ってた連中だ。」
「抜け出す術は、無かったのか?」

彷徨の言葉に、誠大は首を振った。

「そんなチャンスあったら…、こんなにはならない。
第一、俺の言うことはほとんど信じられてなかったんだ。」
「そんなにされてもか?」
「ああ、そいつらはさらにタチが悪いことに、教師の前では特に猫を被っていた。
俺はいつしか、教師からも相手にされなくなり始めた。」
「それだけの傷を抱えても、なのに?」
「そいつらの身の上は、後で知ることになったんだが・・・。
頭張ってるヤツの親は、いわゆる地元の有力者らしくってな。
教師の内の何人かは、事実を知りながら何もしなかった。
当時の俺の担任もその1人。」
「そんなの…、ひどすぎるよ…。」

未夢は涙声になりながら、誠大の話を懸命に聞いている。

「俺はその後学校に復帰したが、俺は復帰したその日、俺はまた空き教室に呼び出された。
俺はそのタイミングに狙いを定めて、俺はヤツらに復讐する予定だった。」

目を閉じて、次の言葉を選ぶ誠大。
未夢も彷徨も、そんな彼のことを固唾を呑んで見守った。

「だがあいつらは、卑怯に卑怯を重ねた行為に出た。
俺の幼なじみを1人、先に連れ出して人質にしていた。
あいつらは言った。
『こいつを守りたければ、今後一切、誰にもいじめを口外するな。
さもなくば、こいつの安全を保障しない。』
とね。
俺はその言葉を聞いた瞬間に理性が吹っ飛んだ。
そこからしばらく、記憶が飛んだままだった。」

誠大はあくまで冷静を保とうとしていたが、その時始まった異変を、脇阪は見逃さなかった。
わずかに彼の額は汗ばんでいて、視線が一定ではない。
さらに息が多少粗くなった。
だが、まだ彼が未夢たちに伝えたいことがあるのを、彼は知っていた。
それだけに、そこに介入することは踏みとどまった。

「気付いたときには、俺1人が立っていた。
割れたガラスや花瓶、折れていたほうき、倒れたヤツらが流した血…。
これら全部を見たとき、初めて自分がやった事に気付いたんだ。
この手で、この体で、全部ぶっ壊したんだ。
それなのに、そんな俺に抱きついて、友達は泣いてた。
泣きながら、俺に必死に感謝してた…。」
「…その友達、今はどうしてるの?」
「こっちに来るまで、ずっと友達付き合いはしていた。
最近連絡してないから、今でも元気だと良いんだがな…。
何せ、脇阪先生に出会うまでは、相談相手はずっとそいつだった。
あいつがいなかったら、少なくとも俺は今この世に存在していない。」
「お前、まさか自殺するつもりだったのか…?」

誠大の言葉を額面通りに解釈したのは彷徨だった。
だが誠大は、それをあっさりとうなずいて認めた。

「そのまさか、だよ。
耐えきれなくなって、俺は自ら命を絶つ考えも持っていた。
だが、最後の最後で、あいつは俺を必死になって止めた。
今でも忘れない。
『あたしだけは、絶対に誠大の味方だから!だから、今ここで死なないで!』
って、言ってた。」
「最後まで、誠大を支えてくれたんだね。」
「でも、今はあいつと会えない…。
で、今日はとうとうこうなった。
俺は決めた。もう、全てを隠さずに生きるってな。」
「それ以上隠してることがあるのか?」

彷徨が口にした疑問の言葉に、誠大はうなずいてから答えた。

「ああ、最後に、1つだけ…。」

そう言うと誠大は、指先を自らの左目に添えた。

「何をする気なの?」

いきなりの行動に、未夢が動揺を隠せなくなっていた。
しかしその時、誠大の指にあったのは、カラーコンタクトレンズだった。
そして誠大の左目は、黒々とした右目に対して明らかに色が薄い瞳を持っていた。

「オッドアイ…。」

未夢がポツリとつぶやいた。
誠大は苦笑いを浮かべながら、

「正解。
まあ、だからと言って変な特殊能力持ってるワケじゃない。
寝るときにアイマスク着けてたのも、これが由来だよ。」
「それで、全部なのか…?」

彷徨はまだ心配だった。
誠大自身が隠し事をすることで、自分を極限まで追い込んでしまっていた以上、この場でできるだけ、解放して欲しかった。
しかし、誠大は薄笑いを浮かべて、

「ああ、これで全部だ。
話すことは、もう何にもない…。」

全てを話し終わった誠大は、その場でべったりと座り込んでしまった。
全身の力が抜けきってしまったらしく、頭も腕も、だらりとさせている。

「良かった…。
俺、これで、もう悩まなくて良いんだよな…。」

誠大は座り込んだまま、絞り出すような声になってしまった。

「よう言うたな。
偉いで、誠大。」

脇阪も、そんな誠大を静かにねぎらった。
そこに、心身共に限界だった誠大の肩に手を掛けたのは、未夢だった。

「誠大、もう大丈夫だよ。
そうやって背負った過去は多くても、未来は変えられるんだよ。
あたしとか彷徨と一緒に、一緒に楽しく過ごそうよ。
そうやって、これから頑張っていこうよ!」

顔を上げた誠大に、

「ね!」

と、未夢は念を押す。
こんな時でも明るい未夢に、誠大はようやく笑顔を取り戻した。
そして誠大は未夢と彷徨を見つめて、

「ああ。俺、お前らと一緒に、頑張るぜ!」

と、力強く言い切った。
そこには、悲壮感を打ち破って、新たな一歩を踏み出そうとする、誠大の新しい姿がそこにあった。
家路に就こうと、昇降口に出てきた3人。
一方、水野と脇阪は、その姿を後ろから見送っているところだった。

「誠大のヤツ、また一皮むけたな。
患者として関わった人間のああいう姿を見つめられるのは、いつでも楽しいもんやで。」
「そうね。
でも、今回の功労者は、何と言っても未夢ちゃんだわ。」
「そうやな。
誠大は今日の一件で、あの嬢ちゃんにものすごい信頼感を得たはずや。
あいつはまた、強くなれるで。」
「楽しみだわ…。
まだここに来てからそんなに日は経ってないんだけどね。
でも、あの子たち見てると、こっちまでわくわくするのよね。」
「同感。そう言えば、今日久々に飲みに行かんか?」
「バカねぇ。
脇阪くん、あなたバイクでここに来たじゃないの。」
「そんなん分かっとるわ。
せやから、お前も一緒に乗ってや言おう思うたんや。
大学の頃と住んどる家一緒やろ?」
「ひょっとして、あたしの家泊まる気…?」
「ええやん、一泊ぐらい。
ケチんなや。」
「まあ、良いんだけどね。」

元同級生コンビも、再会を祝っているようだった。

さて、帰ってきた未夢達は、バッグを置いて、居間でくつろいでいた。
3人が3人、今日1日しか過ごしていないのに、それが何年にも感じられたような感覚に陥っていたために、少しぐったりとしている。
そんな3人を気遣ってか、夕食は何か暖まる物を出しましょう、と言ったワンニャーが出した夕食のメニューは、うどんだった。
その温かさが、とても心地よく感じられ、久々に完食することができた。
温かさと安堵感に包まれた誠大は、とても軟らかな表情を見せていた。
そうして、部屋に戻ってきた誠大と未夢だが、久々にのんびりしようと思っていた誠大だった。しかし、突然、先にごろんと寝ころんでくつろいでいた未夢に向き直って、おもむろに切り出した。

「未夢には、もう一度言っておくよ…。ゴメン…、そしてありがとう。」

そう言って、誠大は再び謝った。

「ちょ、ちょっと誠大…。何言い出すのよ。」

突然かけられた謝罪の言葉に、未夢は飛び起きてうろたえた。
今度は未夢がパニックに陥ったのである。

「ここの所ずっと、迷惑掛けっぱなしだったじゃん。
挙げ句の果てに倒れたときにずっと未夢に介抱されてたって水野先生から教えられて…。
なんか、凄く申し訳なくって。」

顔を赤くして頬を掻きながら言っていた誠大を和ませようとしたのか、

「じゃあ、お礼にあたしを抱きしめてよ。」

と、未夢は冗談のつもりで言った。
だが、誠大は顔を最大限に紅潮させながら、

「…分かった。」

と言って、優しく未夢を抱きしめた。
暖かく、ガッチリとした背中。
どことなくぎこちない素振りを見せた割には、どこか柔らかく包み込むような感触だった。

「誠大…、あたしもがんばる。
あたしが崩れそうなとき、誠大が崩れそうなとき、いろいろあるかも知れないけど、
その時はお互いに助け合おうね。」

改めて、未夢は抱きしめられながらも決意を固めた。同時に、

「誠大に意外と冗談が通じない部分があるなんて…。
意外な発見だわ。」

とも思っていた…。

「ワンニャーの育児日記。
今日は、誠大さんが体調を崩されたとあって、わたくしはとても心配でした。
しかし、帰ってこられた後の誠大さんは、どこかすがすがしいお顔をされていて、
むしろ今までよりも生き生きとされていらっしゃいました。
しかし、誠大さんの見た目が、朝と夜で、どこか変わられたような気がするのですが、
なぜでしょうね?
まあ、多分気のせいでしょう。」

さて、今回はここでおしまい。
次回の予告は誰がしてくれるのかな?

「今回はあたしのターンよ!」
「え、そうなの、未夢?」
「ああ、そうともさ。
あたしは1週間が終わったし、休みの日ぐらい、家事をこなさないとね。
って思ったんだけど、誠大は昔は家事をしていたの?」
「俺の場合は、親父が会社作る前から親が共働きだったから、風呂洗いとか、皿洗いぐらいなら良くやったと思うぜ。
料理だってできないワケじゃなかったし…。」
「そんなこと言ってなかったじゃない。」
「こんなことも言わなきゃいけないの?」
「だって楽できそうだし。」
「未夢…、あとでお前とはきっちり話を付けるべきかもしれない…。」
「あ、でも、いつもからワンニャーに全部任せっきりなんてことでもないのよ。
なのに彷徨だって誠大だって、
『一緒に頑張ろう!』
とか言っておきながら、あいつら、さっさとどっか行っちゃうし!」
「いやそれは、三太が『死にそうだ!』とか言ってたからさ…。
って言うか話題すり替えるなよ。」
「まあ、そんなあたしだって、綾ちゃん達と古着屋に行っちゃったし…。
へっへっへ…。
あ〜!あたしのネックレスがない!
ひょっとして盗んだ?」
「俺に聞くなって!
って言うか、どういう誤解だ!
他人のネックレスを盗るような趣味は、俺には無いってば!」
「と言うわけで、次回のだぁ!だぁ!だぁ!は、『ももかとネックレス』。
え、ももかちゃんって誰なの?」
「だから、俺に聞くなって…。」


さて、この話で出てきた「脇阪先生」の紹介を。

脇阪先生=わきさかせんせい
かつて、誠大を担当していた、大学病院に勤める心療内科医。
水野先生とは同い年で、かつ大学の同級生。
出身は関西で、誰にでも気さくに絡んでいく(関西弁で)。

ちなみに、これ以降の登場機会は未定。

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