作:マサ
帰って参りました、第4話です。
ホントに遅くてすみません・・・。
誰もが寝静まるような時間まで遅くなると、
さすがに西遠寺が醸し出す雰囲気という物は、
どこか厳かな物となっている。
その中から、どこからか呻き声が聞こえてくるのだった。
その声の主は、なんと誠大だった。
彼は1人、額に汗を浮かべながら、
寝床でどこか苦しそうな声を挙げ、ひたすらにもがいていた。
誠大はこの時、夢を見ていた。
その中ではいつもと変わらないはずの風景の教室があった。
しかし、誠大があいさつをしようとしても、
クラスの誰かに話しかけようとしても、誰一人として反応することがないのだ。
そう、いつの間にか自分1人だけになってしまっていた。
誰も自分のことを見ていないし、誰も自分のことに気付く素振りを見せることがない。
目をカッと見開いて、起きあがった誠大の頭の中で、
「1人」という言葉がひたすらに駆けめぐる。
しかもそれは振り払おうとしても、追いかけてくるかのようだった。
こうして、誠大は上手く寝付けなくなったまま、朝を迎えてしまった。
誠大はいつものように洗面所で支度を終えたが、
その顔色は、どう見ても悪いとしか言えない物だった。
どこかだるそうな誠大が、朝食を食べに居間へと現れると、
ワンニャーは心配そうな目で見つめていた。
「誠大さん、大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫。多分ね…。」
とりあえず大丈夫と答えてみたのだが、
誠大の様子は確実におかしい。
体調が悪いことぐらい、自分でも分かっていた。
学校を休むように勧めるワンニャーを、
とりあえずなだめすかしていたのだが、
「ねえ誠大、ホントに大丈夫なの?
昨日寝られてなかったみたいじゃないの…。」
ふらりと現れた未夢に、誠大は少し驚いた。
「ひょっとして、起こしちゃった、とか…?」
「そうよ。誠大が夜中に寝ながらずっとうなされてるから、
あたしまで1回起きちゃったんだよ?」
「そうなのか…。うん…、ゴメン。」
どこか元気がなく、それでいてストレートに帰ってきた誠大の返事に、
未夢はむしろ拍子抜けしてしまった。
普段の誠大であれば、未夢の文句に対して、
少しぐらい突っかかるようなことがあっても良いはずなのに、である。
だが、彼女があっけにとられている間に、
「それより、早く食わないと、遅刻するぜ?」
と、既に既に黙々と朝食を食べ進めていた彷徨が言う。
「そ、そうだね…。」
誠大は渋々と言った表情で応じるが、
やはり食欲がわいてこなかった。
いつもなら朝からおかわりすることが基本だったはずなのに、
箸が全くと言っていいほど進まず、
結局茶碗に盛られたごはんを食べきることなく、残してしまった。
「誠大さん、やはり体調が相当良くないようですが…。」
「悪いな、ごはん残しちゃって。」
「今日は寄り道しないで早く帰ってきてくださいね。
幸い、今日は買い物当番ではないようですし。
ゆっくりお休みになった方が…。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
帰ってきてからゆっくり休める自信は誠大になかった。
そこまで状態が悪かったはずの誠大だが、
学校では、特に怪しい素振りは見せず、
元気に振る舞うことに終始していた。
普通に三太や綾など、クラス内の友人と話していたし、
クリスの暴走にもツッコミを入れるだけの余裕も見せていた。
だが、帰ってきてからの誠大は、自分の机に突っ伏したまま、
夕食に呼ばれるまでぴくりとも動かなかった。
未夢が何度か心配して誠大の顔をのぞき込んだが、
その顔色はすこぶる悪かった。
そして、この日の夜だった。
誠大は、今度は別の夢にうなされ始めていた。
誠大は数人の男に組み伏せられて、
身動きをとれなくなっている。
そこへ、馬乗りになった1人の男が、
カッターの刃を出して、誠大の顔へと近づけていく。
声にならない声で叫んで、助けを求めていたが、
誰も助けには来ない。
そして、カッターの刃が誠大の頬に深く食い込んでゆく。
気が狂うような痛みに襲われたその瞬間、
誠大は現実に引き戻された。
いつも寝ているときに着けているアイマスクを外すと、
誠大は一度深呼吸をした。
そして、右の頬に刻まれた傷跡に手を触れる。
封じたはずの過去の記憶が、目を覚まそうとしていることぐらい、
誠大には分かっていた。
「くそ…、なんで、何でなんだ…。」
このままでは、自分にブレーキが利かなくなる。
悪夢にうなされたその夜以来、誠大は抱く感情は、
余計に複雑さを極めようとしていた。
突如として現れた得体の知れない恐怖は、
確実に自分に向かって近づいてきている。
誠大はいつしか、そんな感情にとらわれ、
身動きが取れなくなっていた。
そこから数日もすると、徐々に眠りが浅くなり、
そして短くなり始め、その体から疲れが抜けることもない。
そうしている間についに、誠大はとうとう全く眠ることができなくなってしまった。
「さすがに、まずい、だろうな…。」
自問自答をしてみたところで、どうにかなる話ではない。
ましてや、頻繁に起きてしまうことで、
隣にいる未夢に迷惑をかけるワケにも行かない。
ひとまず、誠大は部屋を出て、居間に向かった。
そしてグラスに水を汲み、それを一気に飲み干した。
テーブルにグラスを置いて、フッと一息つこうとした。
そのとき、誠大は、差し込むような激しい胃痛を感じて、
その場にうずくまってしまった。
息を荒げながらも、何とか意識を保とうとするが、
もはや彼の体は、明らかにバランスを失ってしまったのだった。
眠れなくなってからしばらくすると、
目はどこか腫れぼったくなり、頬はこけ始め、
見るからに体に悪い状態でしかなくなっていた。
それでも、持てる気力を必死に使って、日常生活を送っていた。
どこかに、抜け出す道があると信じながら。
しかし、それらの行動が、
全くもって「悪あがき」でしか無かった瞬間が、
遂に訪れてしまったのだった。
翌日、誠大が授業の合間に、窓を開けて外を眺めていた。
そのとき、誠大の視界が突如としてにじみ始めた。
誠大自身、それが涙であると気付くのに、
時間は余りかからなかった。
だが、精神と一致せずに動くようになっていた体を留める術を、
誠大は持ち合わせていなかった。
息は浅く、早くなり、涙が止まらない。
助けを求めようと声を出そうとするが、
声が出ないどころか、息苦しさが増してくる。
足が、手が、徐々にしびれをきたし、
脚を踏ん張ろうとしても、力が入っているかどうかすら分からない。
もはや立つことも容易では無くなっていた。
頭がクラクラしてくる。
そして誠大はとうとう、その場に倒れ込んでしまった。
明らかにおかしい誠大の様子を、教室から見ていた未夢は、
立ち上がって一目散に誠大の元へ駆け寄った。
「誠大!どうしたの…!?」
肩を揺さぶったり、背中を叩いたりしてみるが、
誠大の反応はすでにない。
異変に気付いた他の生徒も近づいてきて、辺りは騒然としていた。
異変に気付いてやってきたのは、水野先生だった。
彼女の手に握られていたのは、ポリ袋。
ある程度膨らませた袋の口を、誠大の口元にかぶせた。
先生はそのまま大声で誠大に呼び掛けた。
「誠大くん、聞こえてる!?これでゆっくり息をして!ゆっくりよ!」
しかし、誠大の応答はない。
なおも浅く早い息をしている。
後ろから担架が担がれてきたが、
誠大は依然として不安な状態だった。
手足からは血の気が引いていて、
それぞれが硬直している。
元々色黒だった誠大の肌は、土気色に染まっていた。
「光月さん!西遠寺くん!一緒に保健室まで行くわよ!」
水野先生の言葉に従ってそのまま一緒について行く、未夢と彷徨。
誠大に対して、一抹の不安が漂っていたが、
とりあえず運ばれた誠大は保健室のベッドに寝かせられた。