作:あかり
「今日、体育があるけどお前体操服はどうしたんだ?」
「今日、音楽あったよな?リコーダー持ってみたいなんだけど、学校にあるのか?」
「あれ、今日って家庭科あったよな?裁縫道具どこだ?」
玄関先か居間で交わされるやりとり。毎日、何かしらの忘れ物を転校してから立て続けにやってしまったから彷徨は私のことを忘れ物の女王なんてへんな呼び名で呼ぶ。
最初の連続してしてしまった忘れ物のおかげで、時間割をそろえることにまったくもって信用がないみたい。転校してきたばっかりの頃は、実家に置いてきてしまってなかったとか教材を使うのがもっと先の予定で物自体を持っていなかったことがあったから忘れていたというよりは、物がなかったというのが本当のところなんだけど。
前に一度、彷徨にそういったら「だったら、前日に準備して分かった時点で俺にちゃんと相談して困んないようにしとけよ。」ともっともなことを言われてしまった。その話をしたころには必要な物は全部そろってしまっていたから、誰かに前もって借りるなんてことなかったけど。前の日に準備してても、部屋の机の上に置き忘れてることが多くて、彷徨が朝言ってくれるおかげで今のところ忘れ物をしたことは転校してから最初の1ヶ月以来ないと思う。ありがたいことに。
「俺は、委員会の仕事あるから先に行くぞ。あと、体育あるんだから、こっちに出してないみたいだけど体操服忘れんなよ。」
「あ、机の上だった。ありがと。あと、いってらっしゃい。」
「・・・いってきます。未夢も早く出ろよ。じゃあ、ルゥいってくるな。留守番、ワンニャーと頼んだぞ。」
「きゃー」
フワッとルゥ君の頭をなでて、彷徨はバタバタとあわただしく出て行った。
玄関の閉じる音と「いってきます。」を聞いて、私は箸を置いた。「ごちそうさまでした。」手を合わせて言うとルゥ君も真似していった「た。」を聞いて上手ってなでてから体操服を取りに行く。せっかく教えてもらったのに忘れてしまったら大変。
準備して、歯磨きをしてたらワンニャーがいつものへんてこな走り方でやってきた。
「未夢さん、彷徨さんのお弁当間に合わなくて渡せていないんですよ。学校で渡していただけますか?」
「うん、いいよ。居間にあるの?」
「未夢さんのお弁当と一緒にかばんの傍においてます。それから、傘もお忘れになりませんように。今日は昼から雨みたいですからねー。」
「分かった。ありがと。」
「それでは、お願いします。」
いつも私が忘れ物を気にかけてもらってばっかりだからなんとなーく嬉しい気持ちになる。
これで少しは恩を返せたかなーって。
かばんに二つお弁当を入れたのを確認して今日は居間でいってきますの挨拶をする。
「じゃあ、行ってきます。ルゥ君、ワンニャー。」
やわらかいルゥ君の髪をなでて笑顔になったのを確認してから学校へ向かう。
うん、今日は完璧。
学校に着いたら、綾ちゃんもななみちゃんももう学校についてて、おしゃべりしてた。なんとなく、仲良しの二人がいてほっとする。もちろん、クラスの皆とも仲はいいけれど。
「おはよう、未夢ちゃん。今日は一人できたの?」
「おはよう、綾ちゃん、ななみちゃん。彷徨委員会なんだって。だいぶ早くでていったよ。」
「おっはよー、未夢。そっかー、委員長は大変そうだねー。」
「生徒会選挙が近いから、委員長は皆、かり出されてるもんねぇ。うーん、これって、劇の材料にならないかしら?生徒会選挙の裏側で繰り広げられる愛憎劇みたいな・・・。」
「おーい、綾。かえってこーい。」
「綾ちゃん、プチみかんさんになってるよ・・・。」
「皆さん、おはようございます。・・・あの、未夢ちゃん、ちょっとお聞きしたいのですけど。彷徨君は今日は来ていらっしゃらないのかしら?」
「あ、クリスちゃんもおはよう。彷徨なら、今日は委員会の仕事で先に行ったからもう来てるはずだよ。教室にはいないみたいだけど。」
「そうでしたの?私、彷徨くんが風邪でもひいてお休みなのかしらと思って。もしそうなら、私、看病にいってさしあげて、『クリス、女の子らしいんだね。』なんて言ってもらったりしたりして、彷徨君のお父様にも『なんてお似合いの二人。さあ、手に手をとって結婚を』なんてことに・・・。」
「ク、クリスちゃん?もしもーし。」
「あら、私ったら、ついわれを忘れて・・・ごめんなさい。彷徨くんがお元気でしたらよかったですわ。それでは。」
「うん。・・・朝から、すごいですなー。」
「そうだね。毎日パワフルだよねぇ。あ、うわさをすれば、西遠寺くん帰ってきたね。」
「ほんとだ。あ、お弁当を渡さなきゃ。頼まれてたんだった。ちょっと行ってくるね。」
綾ちゃんはまだプチみかんさん状態だったから、ななみちゃんにそう言って、彷徨のお弁当をもって渡しに行く。
クリスちゃんがそれをじっと見てたなんて思っても見なかったから。
「彷徨、これ。間に合わなかったからって、頼まれたんだ。」
「お、サンキュ。助かった。たまには未夢も役に立つな。」
「なによそれ、届けてもらって言うせりふ?」
「悪い、悪い。ありがとな。」
「それでよし。あれ、そういえば、もう一個、何か持っていくように言われたような・・・。」
「え、もしかして忘れ物したのか?体操服じゃないよな?」
「うん、それは持ってきた。んーと、なんだっけ?」
ワンニャーにお弁当と一緒に持っていくよう言われた物がなんだったか思い出していたら、彷徨の近くにいたのだということをすっかり忘れてしまってた。
教室にはクリスちゃんがいたのに。
「彷徨くんと美夢ちゃんが、見詰め合ってる・・・。『もう、彷徨ったら忘れん坊さん。私がいないとだめなんだから。』『ははは、未夢に届けてもらいたくてわざとしたんだよ。』『え、そうだったの、きゃっ嬉しい!』そう二人は手に手をとって世界漫遊グルメの旅へ。ええ、ええ、そうでしょうとも。二人はとってもラブラブ新婚さーん。」
ビリビリとカーテンが破れる音がしたかと思うと、無残に破れたカーテンは空を舞い、クリスちゃんの机はクリスちゃんの机を押す力に負けてミシミシ音を立て始めていた。なんとなく、クリスちゃんの背後は薄暗くなってる気がする。
たいして近くもなかったけれど、バッとお互いに急いで離れた。「は、花小町。おちつけ、見詰め合ってなんかないぞ。それに、頼まれ物を預かっただけだ。」彷徨がそうクリスちゃんに聞こえるように大きな声でそう言ったら、ふっとクリスちゃんの禍々しかったオーラが消えた。
「あら、私ったらなにをしていたのかしら?きゃー、カーテンと机が。」なんて言ってどこからともなく出してきた工具や裁縫道具なんかで周りを修理し始めた。
「「はぁ」」
思わず出てきたため息は、彷徨と一緒のときに出たらしい。ちらっと顔を見合わせて苦笑して傍を離れた。
いつものことながら、心臓に悪い。
もし、次に彷徨への頼まれものがあるときには絶対にこっそり渡そうと心に誓った。
そして、すっかり忘れていた。私が忘れてたのは傘だってこと。
「あー、ワンニャーに言われたのは傘だったんだった。どうしよう。」
放課後、帰る間際になって降り出した雨で忘れ物は傘だったって思い出した。朝、完璧だって思ってたのに、悔しい。学校の玄関先で曇り空をにらんでみてみるけど、やむ気配はない。
次々に他の生徒が帰ってしまって、あたりは薄暗くなってきた。
仕方ないから濡れて帰ろうとしたとき、不意に腕をつかまれた。
「おい、濡れるだろ。これ使え。」
声のした方をみると彷徨だった。手には傘1本と小さな折りたたみ傘が1本。
「いいの?」
「2本あるんだから、使えばいいだろ。」
「・・・うん。ありがと。」
差し出してくれた傘と、彷徨の手元にあった折りたたみ傘を交換する。彷徨はすこし眉をひそめたけど、それについては何も言わなかった。どちらが何も言うこともなく歩き出す。
「忘れ物したら事前に言えって前に言っただろ?」
しばらくして、そう切り出したのは彷徨が先だった。
「そんなこといったって、雨降ってから気付いたんだもん。それに、傘2本ももってるなんて思ってもみなかったんだもん。」
「だもんって・・・。気付いたら言えばいいだろ。もしかしたら、何か方法があるかもしれないだろ。」
そう、彷徨はいつだって困ったときはどうにかしてくれちゃうんだ。困ったことに。こんな風に、自分ではできないことをどうにかしてもらっちゃうとなんとなく困る。
何で困るかなんて・・・理由は分からないけど。
「・・・うん、そうだね。次はちゃんと言うよ。・・・でも、なんでもってたの?傘2本も。」
「分かったならよし。あー、これ?置き傘。うち寺だろ、親父も雨が降ったからって言って迎えに来てくれるわけじゃないしな。緊急用に、一応、折りたたみ傘、ロッカーに置いてるんだよ。」
「へー、そっかぁ。ん・・・今日は、いつも彷徨に忘れ物しないように気をつけてもらってる分、お弁当もっていけて良かったなーって思ってたのに、これじゃプラマイゼロだな。」
朝、いい気分だっただけに余計に悔しい。
「まったくだなー、忘れ物の女王さん。」
そんな風にからかって言うから、ちょっとむっとしたけど、2本傘があって、ほっとしたのも本当。
「もう!!彷徨って本当に意地悪ね。でも、傘、2本あって本当によかった。」
「そうか?1本あればなんとか帰れるんじゃないか?ま、ちょっとは濡れるかもしれないけど。」
「うーん、帰れはするけどねぇ。・・・だってクリスちゃんが見たら大変だもん。」
「・・・そうだな。忘れてた。」
「そこは、忘れちゃだめでしょう。」
今朝のあの騒ぎを忘れたわけじゃないだろうに、そんなことを言う彷徨にあきれてそう言うと、「うっ。」って言葉に詰まっていたからなんだか気分がよくなった。
忘れ物にはご用心
お題に挑戦させていただきました。
お題をお借りしたサイト様は以下のとおりです。ありがとうございました。
サイト名・時雨れ喫茶 管理人名・道野 木実 様
URL http://www.geocities.jp/tokisamechaya/index.html