作:あかり
「ごめんね、どうしてもって頼まれたから断れなくて。それに、彷徨にぴったりの役だよ。綾ちゃん言ってたもん。」
すまなそうに告げられた言葉。自分も良く知る友人から頼まれたのは学園祭での舞台出演。演劇部でもないのに主役をお願いしたいそうだ。演目は、12夜。シェークスピアの喜劇の1つ。俺が未夢と付き合っていると知っての配役にとんでもないなと思う。なんせ、はじめ俺の役オーシーノは未夢がする本名:ヴィオラ、男装時:セザリオとは別の女性のことを思っているという役なのだから。ぴったりなんてとんでもないと未夢にいってやりたい。でも、未夢は断れない性格なのだからしょうがないのだろう。
「どうした、セザリオ。君はひどく若いが恋わずらいをしている顔をしているね?話してみないか?」
「はい。ほんの、少し。」
「その方は、どういう婦人で、いくつくらいなんだね?」
「あなた様のようなご年齢で、あなた様のような容姿をしています。」
お芝居とはいえ、嬉しい言葉につい頬が緩みそうになる。いや、もう緩んでいるんだろう。「カット!!」大きな声に演技がさえぎられたのだから。
「西遠寺君、未夢ちゃんはいまは男の人の役だからそんなにとろけそうな顔になっちゃ駄目。これ、お芝居なのよ。」
練習が始まって幾度となく繰り返されたセリフ。他の部分では、なんとか押さえることに成功していたけれどここだけは、どうしようもなかった。未夢が俺の目を見て言ってくれるこのセリフ、俺の存在が好きなのだとお芝居の中でも言ってくれているから。俺と小西のやり取りをみんなはしょうがないなと眺めている。結局、小西が折れて台本は書き換えられた。オーシーノが同姓のセザリオに途中から魅せられて、自身の気持ちに困惑してしまう内容に。おかげで、演技もやりやすい。なんせ、お芝居とは違って俺はヴィオラが未夢が女だって知っているのだから。
「・・・彷徨ずるい。そんな顔するなんて。私ばっかりこんな気持ちになって。断ればよかったよぅ。彷徨にぴったりなんて言うんじゃなかった。」
若干泣きべそ顔で告げられる言葉。勝手なことを言ってるなと少し思ってしまうが、結局のところ俺ぴったりの役になってしまったといわざるを得ないと思う。でも、始めに引き受けたのは未夢だ。だからこそ、俺も引き受けたんだ。
それに、今になって思えば、引き受けてよかったと思う。彼女のことを大切に思っているのだと全校生徒に見せるいい機会になったのだから。
物語の終わりはハッピーエンドで、無事にオンナノコの姿に戻ったヴィオラにオーシーノがプロポーズをする場面でラストだ。
華奢なてをとり、片膝をつく。気持ちをこめて、その手に唇を寄せる。
「か弱い優しいあなたが主人と呼んでくれたとき、同姓だと思っていても自分の気持ちが高まるのがどうしようもなかった。でも、今思うと、その気持ちも間違っていなかったのだと確信できる。今度は、私をあなたの本当の主人に。そして、あなたは私の夫人になってください。」
告げた言葉に染まる朱色。
さあ、本番ではなんと告げようか?
綾ちゃんに頼まれたのは、学園祭の演劇の参加と彷徨も連れ出すようにってこと。頑張って、断ろうとしたけど、やっぱり無理だった。「二人にぴったりなんだから。」そう一緒に出された言葉。本当かな?
「どうした、セザリオ。君はひどく若いが恋わずらいをしている顔をしているね?話してみないか?」
「はい。ほんの、少し。」
「その方は、どういう婦人で、いくつくらいなんだね?」
「あなた様のようなご年齢で、あなた様のような容姿をしています。」
少し、恥ずかしくなるセリフは私がやっているヴィオラが男装して、セザリオと名乗って、彷徨が演じているオーシーノ公爵に仕えているある一場面。私が演じているのは、男装した女の子。航海中に、嵐にあって双子の兄と生き別れてしまって、生きていくために男装することになる。そうして、彷徨が演じている公爵様に仕えることになるのだけれど、仕えている途中で、公爵様に恋に落ちる。
けれど、公爵様には思い人がいて、報われない恋心を抱えたまま、公爵様にキューピット役をお願いされる役。最後は、ハッピーエンドなんだけど、途中のやり取りがすごく切ない。それでも、劇の途中にあるこの場面は私は大好き。お芝居の中だけど、彷徨にあなたのことを思っていますって伝えることができるから。普段は、恥ずかしくていえないけれど、お芝居の中だから大丈夫。
「カット!!」
一生懸命伝えたセリフの後の大きな声にびっくりする。出所は、綾ちゃんで、額に手を持っていって、こころもち眉間にしわもよってる気がする。周りの皆も少し呆れ顔?
「西遠寺君、未夢ちゃんはいまは男の人の役だからそんなにとろけそうな顔になっちゃ駄目。これ、お芝居なのよ。」
練習が始まって幾度となく繰り返されたセリフ。どうしてか、ここの場面だけはやり直しってなる。彷徨の表情が問題なんだって。確かに、男の人に恋愛相談されているときのような顔をしていなくて、すごく、嬉しそうな顔をしてる。
「しょうがないだろ。だいたい、俺たちにぴったりって言ったのは小西って聞いたぞ。」
「それは、そうだけど・・・。もう、こうなったらしょうがないわね。それに、これも面白そうだし。」
なんだかよく分からない二人のやり取り。結局、台本を代えて現代版ってことですることになったけれど・・・。
本当にずるいって思う。男装している私に、彷徨が魅せられてしまうっていう内容になってしまっていた。彷徨は、片思いをしているはずなのに、溶けそうな笑みをお芝居の中で何度も見せてきて。もう、本当に、ずるい。笑顔を見るたびに、私だけが胸を締め付けられるような気分を味わってる。彷徨は、きっと私がこんな気持ちになってるなんて気付いてもいないんだと思う。
お芝居の最後のハッピーエンド。彷徨からのプロポーズに私が応えて幕を閉じる。
「か弱い優しいあなたが主人と呼んでくれたとき、同姓だと思っていても自分の気持ちが高まるのがどうしようもなかった。でも、今思うと、その気持ちも間違っていなかったのだと確信できる。今度は、私をあなたの本当の主人に。そして、あなたは私の夫人になってください。」
彷徨からつむぎだされる言葉は、熱さを含んでいて、お芝居の言葉のはずなのに、頬に熱が集まるのをとめられない。手のひらに落とされた花びらは、口唇が離された後も、ずっと熱くて。それに、視線を合わせて告げられる言葉も、視線も熱をはらんでいて、やっとのことで「よろこんで。」って言葉をつむぎだした。
幕が閉じて、真っ暗になった舞台。熱いなにかに唇を奪われたのは一瞬。
「何年かしたら、もう一度言うから。覚悟しておいて。」
耳元で囁かれたのは、さっきのプロポーズに限りなく近い何か。とたんに身体が熱くなって、力が抜ける。
「お疲れさまー。良かったよー。」
まぶしいような光があたりを照らして、皆が集まってくる。
「って、未夢ちゃん!?真っ赤だよ、大丈夫?」
「なんか、緊張が抜けちゃったみたいなんだよな。立てるか、未夢?」とか言って、皆に返事をしている彷徨。涼しそうな笑顔で、もう、本当に悔しくなる。いつだって、心を乱されるのは、私のほう。ペタリと腰が抜けたように座り込んでしまっていた私を立たせるように、つながれたままの手をぐいと引っ張られた。見上げると嬉しそうな彷徨の顔。
「ほんと、ずるい。」
小さな呟いた自分の言葉。拗ねたように、どこか甘えたものになっているのにびっくりする。「未夢にだけな。」返された言葉は、やっぱり熱と甘さを含んでいて。
もう、何の返事もすることが出来なくなってしまった。
お題に挑戦させていただきました。
【猫かわいがり】5のお題 『だって可愛くて仕方ない』
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