タカラモノ

3

作:あかり

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「まっくらだー。」
一度思考が逸れてしまってから、どう書いたらいいのか分からなくなってしまった課題の作文。息抜きにやってきた台所は、真っ暗で少しだけ心細くなる。でも、パチンと灯りをつけるだけでなんとなくほっとする。
冷蔵庫の中には麦茶もあるけど、なんとなく、急須に玄米茶のおちゃっぱを入れる。
一度試しに買ってみてからというものワンニャーのお気に入りになったそのお茶は、私にとってもお気に入りのお茶になった。ちょっと古風な味が好きな彷徨にとってもそれは同じだったみたいで、「うまいな。」と表情をほころばせていたことを思い出して、なんだか口元が緩んでしまう。
ちょっとずつ、好きなものや嫌いなものがわかるようになってきて、同じ食べ物でもちょっとずつ食べ方が違っていて、少しずついろんなことを知っていくのはどこかおもしろい。それに、一緒に同じご飯をたべているからか、味の好みが一緒になっていっている気がする。こっちにくるまでは、洋食が好きだったけど和食のご飯もおいしいななんて思うようになってきた。多分、ワンニャーが作るご飯は大きな割合で和食が多いからだと思うけど。その感情のどちらもが、『あぁ、家族になっていっているんだな』なんて思ってしまう理由になっちゃう。
少し蒸らして、飲み頃になったはずのお茶をゆっくり湯飲みに注ぐ。コポコポという音と、玄米の少し香ばしい香りが広がった。ふぅふぅと熱いお茶をこくりと一口飲む。もやもやした気持ちは、一度おきてしまったらなかなか消えてくれなかったけれど、お茶の柔らかい香りがすこしだけやわらげてくれてふにゃりと肩の力が抜ける。
「ほぅ。」
ほっとして、ため息1つつくと、パタパタと聞きなれた足音が近づいてきて、扉が開いた。足音で分かっていたけれど、やっぱり彷徨だった。
「やっぱり未夢か。」
「あ、彷徨。作文、煮詰まっちゃって。ちょっと休憩。かなたも飲む?」
「いる。」
差し出されたコップにお茶を注ぐ。さっきと同じコポコポという音と玄米の香りがふわりと広がる。はいと差し出すと、サンキュと言葉と、うまいなという言葉。なんとなく、頬が緩んでしまう。喧嘩をすることもおおいけど、それでも傍にいるとほっとする。理由は分からないけれど。
「彷徨は、もう作文書いた?」
「途中。おれも、煮詰まった。」
「一緒だ。なんか、小学校のときにもこんな作文書いたなーって思い出しちゃって。なんか、それから書けなくなっちゃって。」
しゃべるつもりではなかった昔の思い出。多分、彷徨も聞いていてつまらないだろうと思う。だけど、もうしゃべるのをやめることもしたくはなくて、促すような視線になんとなく目線が下がる。目線の先には、両手を暖めてくれている温かなお茶の入ったコップ。思いきるように、きゅっと両手に力をいれて、ゆっくりと小学校の頃の思い出を話した。
「パパもママも大事に思ってくれているのは、分かってるんだよ。でも・・・なんとなくあの時のもやもやが消えなくて。だからかな、煮詰まっちゃった。」
ごまかすように、笑おうとして、失敗する。


「いいんじゃない。」


話しきった後の一瞬の静寂。普段ならなんとも思わないのに、きまずい思いで、話さなければ良かったなと沈んだ気持ちを断ち切ったのは、どこかあっけらかんとしたような言葉。発せられた先は、目の前に座った彷徨のもので、顔を上げると、真摯な視線にぶつかった。
「未夢が大切に思っていたから、寂しくなったんだろ。別に悪いことじゃない。それも、ある意味家族との思い出だろ。それに、今のほうが距離は離れてるけど、ぬくもりを感じてるんだろ。それは、傍に家族がいるってことだろ。・・・ま、これは親父の受け売りだけどな。」
じわりと、しみこむように言葉が入ってくる。いいんだよとそのままを受け止めてくれる言葉は温かく、少し硬くなった心が弛緩する。つむがれる言葉は、どこかぶっきらぼうなのに、どこか真綿にくるまれているようで、護られているんだと感じた。そう思ったら、絡まった糸のような思考もするりと解けていってしまった。
「なんか、ほどけた。」
力が抜けた声で、伝えたら、「なにが?」って怪訝そうな顔を返された。うまくはいえなかったけど、笑顔でありがとうって伝える。いつも、護ってくれてありがとうって気持ちも入っていたけど、多分彷徨は気付いていないと思う。いろんなことに頭は回るのに、どこか鈍いから。一緒に、遠い未来、ルゥ君も私が今感じているみたいに護られているんだって感じてくれたら良いねって伝えたら、「そうだな。」って笑って返してくれたけれど、どこかいつもと表情が違っていて・・・。





いつも護ってくれている彷徨を護れるのが私だったらいいのに・・・。そう思って、キュッと心臓を強い力で握られたような気がした。


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