物語

町娘が一人 2

作:あかり

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カーナへのパンを届けた後は、ミーユは町から少しはなれた森にある自宅から、町にあるお店へと出かけて、毎日父の店の手伝いをしていました。今日も、バスケットの中にエプロンとお昼の弁当、そして、カーナから預かった作られたばかりの薬を忘れないようにとしっかり布巾をかぶせて準備していました。
準備のできたバスケットを持って、外へと向かおうと家の扉を空けると、突然丸いものが隣の家へ飛び込んでいくのが見えました。
「カーナ!!」
先ほどまで家の中にいた彼のことが頭をよぎり、大きな声で名前を呼びますが、返事がありません。勢いよく飛び込んでいった何かは、投石器で石を飛ばしたかのような速度で家の中へ入っていきました。しかし、不思議なことに何かがぶつかるような音が全くしません。そして、家の中にいるはずのカーナの声も。何かが家の中に飛び込んだにしては、静か過ぎる周囲。普段と変わらない森の風の音と鳥のさえずりは、逆に不安をあおるものとなっていました。カーナが良くないことに巻き込まれることが昔よりは少なくなったとはいえ、全くなくなったわけではなかっただけに、余計に。おそるおそるミーユが戸口に手をかけると、後ろから黒い影がかかりました。
母は近くにある工房へ出かけて行った後ですし、父は今日も朝早くから町にある店へと出かけた後です。カーナの家には5年前ほど前からカーナがただ一人で暮らすようになっていました。今、ここにいるのは、自分とカーナしかいないはずで、カーナは家の中にいるはず。そうなると、後ろからやってきた影は、見知らぬ第3者。もしかするとカーナの家へ先ほどの石のようなものを投込んだ者かもしれない・・・。ミーユはそう思うと、恐ろしくなり振り返ることが出来なくなってしまいました。
ミーユが恐怖に動きを止めてしまった後、影は、動きを止めた後ぴたりと近づくことをやめました。まったく動くようすを見せません。恐る恐る、そおっと後ろを伺うと、カーナが怪訝そうにこちらをみていました。
「ミーユ、どうしたんだ?新しい遊びか?」
「カーナ!!・・・良かった無事で。」
安心したことに、ほっとして力が抜け、ミーユは座り込んでしまいました。
常とは異なるミーユの様子に、カーナは何か良くないことが起きているのだと察知しました。なんども繰り返し行われてきたように何者かが自分の平穏を脅かしに来たのだと。
カーナ達の家のある森は普段は、カーナの父と母の施した森に張り巡らされている護りの結界のおかげで、家族とミーユの家族以外は出入りできないようになっていました。カーナの生まれた年に施されたそれは、強いものではありましたが、時間の経過と侵入者の襲撃を幾度か防ぐと少しずつ綻びが出てしまっていました。そのため、カーナの幼い頃にはカーナの両親が、今はカーナ自身が結界に綻びが生じるたびに補修していました。今日も、少し弱くなった部分にもう一度結果張りなおしたばかりで、よほど強い魔力を持った者で無ければ森に立ち入ることは出来ないはずでした。
結界を張りなおしたばかりだったこともあり、『よほど強いものが結界をすり抜けて入り込んだのだろうか』カーナの心に不安がよぎります。幾度となく繰り返された自分への襲撃。幸いなことに、幼い頃は、もっと力のある誰かが傍にいる中で起こっていました。襲撃されても、幼い頃は護られる立場でした。時を経て、カーナが成長してからも行われた襲撃は1対1、多対1と様々でした。それでもそのときは、自分のことが護れればそれでよかったのです。それに、襲撃はすべてにおいて結界の外で行われたもので、最悪、結界の中に入ってしまえば施された術が自分を護ってくれました。しかし、今、目の前には無防備に座り込んでいるミーユの姿。それなのに、ここを護っているのは自分ひとりしかいない。しかも、現在二人のいる場所は結界の中。結界の術が効かなかった相手と対峙することは初めてで。
それでも、『ミーユは自分が護る』幼い頃に決めた誓いを思い起こして両の手に力をこめる。母を連れ去られ、父が家を出たとき、そのどちらも支えになったのはミーユの存在でした。目の前にいるこの存在がいるから、自分は存在しているのだからそう思って。

カーナは腰が抜けて座り込んでいるミーユの腕をぐいと引っ張って抱き寄せました。ふわりと自分とおそろいのでもどこか少し甘い香りが思いを強いものにするのを感じて、護りの呪文を唱えました。そうして、大きくひとつ息を吸って意を決して住み慣れた扉のドアを開け放ちました。



− バン −



勢いよく空けられた扉から大きな音が広がります。
「ふぇん。ふぇん。」
扉を開けた音以上に部屋に広がったのは、赤ちゃんの鳴き声。入り口には護りの呪文を唱えて臨戦状態のカーナと背後に護られるように存在しているミーユ。目の前の広いテーブルの上には泣き声を上げている赤ちゃんと、赤ちゃんを護るように置かれた護符と手紙。想定していた事態とのギャップにカーナとミーユはお互い顔を見合わせることしか出来ませんでした。




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