物語

旅立ちはいつも突然 1

作:あかり

←(b)




泣いている赤ちゃんをいつまでもそのままにしておけず、カーナは護りの呪文をふぅと大きく息をはきながらときました。侵入者ではないかと怖がっていたミーユは、入ってきたのが赤ちゃんを分かるや籠から抱き上げてあやし始めていました。カーナからもミーユに抱かれた幼い赤ん坊は、見たところ普通の赤ちゃんにしか見えませんでした。
しかし、容姿を確認してみると、考えを改めざるを得なくなりました。瞳の色が、明らかに人のもつそれとは異なっていたためです。
年のころは、おそらく生まれて半年ほど。髪の色はミーユの髪よりも薄い色素で、黄金色にも白銀にも見えます。その色は、ヘイオゥの町ではあまり見かけたもののない色でした。そして、問題の瞳の色は、藤の花を思わせる澄んだ紫色をしており、この小さな存在が、人ではないことを示していました。その色を瞳の色にもつのは、精霊かエルフか魔法力を多くもつ種族にしか見られないことをカーナは知っていました。


物心ついたころから、カーナは母や父から、身を護るために魔法を遣うための方法とともに、多くの知識を学んでいました。そして、カーナの両親は、よき母、よき父であると同時に、よき教師でもありました。カーナが身を護るため、力の遣い方だけでなく、どうして、だれそれから幾度も襲撃を受けているのか、小さな頃からカーナの成長に合わせて繰り返し、説明をしたのです。その身に流れる魔法の力が大きなものであること、その力を欲する人々がいること。その人々が力を欲する理由は、誰かを護るためでなく、傷つけるためであること。そして、魔法使いの力は、本来護るためのものであるということを。そして、力の大きさが大切なのでなく、その遣い方こそがいかに大切であるかを、カーナが理解できるまで何度も伝えました。カーナが、その身に宿した大きな力を、必要なときに適切な方法で正しく遣うことが出来るように、そんな魔法使いとなれるように。


自分の力は護るためのもの。幼い頃から両親からそう教えられてから、カーナはそれを忠実に守ってきました。自分以外のために使用した魔法は、その半数以上が、ミーユを護るためでした。幼い頃から一緒に育った無邪気な彼女はよくトラブルに巻き込まれていました。ささいなこともありましたが、幾度かは、カーナも肝を冷やすくらいの事態が起こったこともありました。それでも、毎回、面倒な気持ちになったことなどありませんでした。むしろ、自分が助けることが出来ることに安堵さえしていました。


最も近い場所にありたい。護りたい。


一緒に、すごす時間を重ねるたび、そんな思いが降り積もるように蓄積していたからです。
だからこそ、今の現状はカーナからみると、不安要素ばかりが目に付いてしょうがありませんでした。ミーユが目の前の幼い存在に心を許してしまっている様子を見てしまっては余計に。
小さな存在は、カーナ達がこれまでにない緊張をもって家に入ったときには、大きな泣き声を上げていたものの、今はミーユに抱かれて機嫌よく笑っています。ほわりと笑うその様子は、純真無垢な天使の笑顔としか言いようがありません。町で誰かが連れているのであれば、カーナとて、かわいい子供だとしか思わなかったでしょう。しかし、赤ん坊がいるのは護りの結界が張ってあるはずの森の中にある自宅。そして、ひとりでは動くことのかなわないはずであるのに、たった一人でカーナの自宅の中に入っている。そして、最大の問題は強い魔法力をもつ存在であるということ。先ほど聞いたミーユの話では、投石器で石を投げたのかと思うような速さで何かが家の中に入っていったと話していました。カゴの大きさを見ると、おそらく、家に入ってきたものが赤ん坊の乗ったかごだったとしか言いようがありません。高速での転移魔法は、そう簡単に使える魔法ではないことをカーナは良く知っていました。そして、コントロールするには強大な力を要するということも。
しかし、目の前にいる赤ちゃんからはまったく魔力の欠片も感じることが出来ません。そして、傍らに置かれた守りの護符。その護符は、カーナも良く知るもので、ヘイオゥを含むこの国一帯を護る精霊からの加護を得ていることを示すもので。不可解で、不安要素ばかりが増える中、「カーナ、この子の名前ルゥくんって言うみたい。」無邪気に笑顔を見せる幼馴染を見て、大きくため息をつかざるを得ませんでした。
そして、これまでにないくらい大きな胸騒ぎに、「厄介なトラブルに巻き込まれている」そうひしひしと感じるのでした。



←(b)


[戻る(r)]