過去拍手

作:あかり

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ミルク


部屋まで行くのにはすごく勇気がいる。
だって、廊下はすごーく寒い。だって、西遠寺は広いし、廊下は外に一番近い。だからもう、ものすごく寒い。
『ボーン、ボーン』
目の前にいる彷徨に目をやると、音に気付いて、夜の11時を示している柱に目をやって「ふうっ」ってため息ひとつ。たぶん、寒い廊下にでることを思って出たため息だ。
「絶対、ここ出たらさむいよなぁ。」
ほらね、大当たり。うんってうなずいて、ぺたりとコタツの板に頬をつける。
はじめはひんやりしていたけれど、ゆっくり頬の温かさに変わる。
ぬるくなった板を頬につけたまま、もうちょっとだけ、もうちょっとだけって自分に言い聞かせる。
「おい、寝るなよ。」
おまじないのように繰り返している私に、前からかけられる声は容赦ない。「わかってるよー。」と返事を返すと、しょうがないなぁ、って声が続いて、パタンと台所の扉が閉じる音。
しばらくすると、もう一度パタンって音がして、ふと顔をあげると目の前に真っ白なコップとそこから出ている湯気。
「これ飲んで、もう寝るぞ。」
「ありがと。」
冬になってから、毎日どちらかが差し出すコップ。ミルクの中に少しいれたハチミツがおなかにあったかい。コクンと一口飲んで「おいしい」と言ったら、「そっか。」とため息のように一言。
「じゃあ、おやすみ。」
ふぅふぅとあったかいコップを冷やして飲み始めた私を確認したら、そう言って先に休んだ彷徨。「おやすみ」と背中に返して、残りのミルクも体の中にしみこませて、お布団のまっている部屋に向かう。

廊下はやっぱり寒かったけれど、体の中がポカポカ温かくて、気にならなかった。






生姜湯


「地球にはこんなにあったまるものがあるんですねぇ。すごいですぅ。不思議ですぅ。」
何かと語尾を延ばして話すワンニャーは話していると、なんだか自分ものんびりした気持ちになる。しかも、一緒に話している未夢まで「そうですなぁ。」とか何とか言って、溶けそうな顔をしているから、「そうだなぁ。」なんて、つられて間延びした返事をしてしまう。
皆の手のひらの中には4人おそろいのマグカップ。ルゥはミルクで他の三人は生姜湯。寒い冬の日にはこれだろと思う。なにしろ、体の芯からあっためてくれるから。作り方も簡単だ。余っていた生姜のチューブから搾った生姜に、好みの量のハチミツとお湯を注げば生姜湯の出来上がり。すごくシンプルだけど、あったまる。あるとき、親父が飲んでたそれをまねして作ってみたら、結構うまく出来てそれから時々冬の寒い日にはこれをのんでしまう。未夢もワンニャーもうちに来て、初めて飲んだそうで、はじめはおっかなびっくりだったけど、最近は「今度はいつ作る?」と聞いてくる。そして、いつだって、俺が作ることになっている。
「しょうがねぇなぁ。」っていつも返事をしてはいるけど、実のところ、「おいしい」と言ってくれるその言葉が病みつきになっているのは俺だけの秘密だ。





麦茶


「あれ?また私が最後だ。」
春のぽかぽか陽気が『ちょっと暑いな』に変わったくらいから西遠寺の冷蔵庫の中には必ず麦茶が入っている。最初のころはワンニャーがせっせと作ってくれていたのだけど、毎回あっという間になくなってしまう。ある暑い日に5回も麦茶を作った日に「わたくし、麦茶だけを作っているわけにはいかないのですが・・・」と降参ポーズをとったから麦茶は最後に飲んだ人が作るってことになった。
今日は暑いせいか麦茶がすすんで、ついついどんどん飲んでしまう。すぐなくなってしまうからと買った2Lも入るおおきなボトルの茶色の線は冷蔵庫を開けるたびに下になっている。さっきやかんに準備して冷やしておいた麦茶を空になったボトルに入れ替えて冷蔵庫にパタンとしまう。
次の準備をしていたら彷徨が空のコップを持ってやってきた。
「お、今日は未夢が麦茶当番だな。」
「さっきから3回目。次は彷徨交代してよ。」
「昨日、俺がほとんど当番で未夢変わってくれなかったじゃないか。」
「うーそれを言われると・・・。」
「次もよろしく。」
「次は絶対に彷徨に作ってもらうんだから。」
「冗談。・・・ってぬるい。」
さすがに熱湯から作っていたからすこし冷ましたけれど、冷蔵庫に入れたばかりの麦茶はまだ温かさが少し残っているはずで、いつもなら冷やし始めは氷をいれて冷やすのに今日は忘れてたみたい。話をしていたせいか忘れてたみたいで、ぬるい麦茶を飲むことになったんだろう。私はそっちも好きだけど、でも、何と言っても今日は暑い。
「だって、冷蔵庫に入れたばっかりだもん。」
にっこり笑って、手の中にあったグラスを一口飲む。氷がぶつかってカランと音がする。
のどを通る水は冷たくて暑くなった体を少し冷やしてくれる。
空になったグラスをテーブルにおいてもう一回にっこり笑ったら、彷徨は一瞬あっけにとられた顔をしていたけど、少し悔しそうに「これもうまいけどな。」って言ってぬるいはずの麦茶をゴクンと音を立てて飲み干した。






拍手いただいた皆様ありがとうございました。そろそろ入れ替えようかなと思いまして、こちらにupさせていただきました。
短いですが、小話を楽しんでもらえたら嬉しいです。

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