サークル

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作:紅龍

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やっと手に入れた宝物を大事に抱きかかえていると
突如、頭上のスピーカーから大音量で名前を呼ばれた。


〔 実行委員の西遠寺彷徨くん、大至急、実行本部まで来て下さい。
 くりかえし生徒の呼び出しを・・・うわっ!【か〜な〜た〜く〜ん、ど〜こ〜で〜す〜の〜】〕


放送部の脅えた声に続いて聞こえてきたのはピンクの髪のクラスメイトの声。
それまでの幸せな温もりが一気に冷めてしまうほどの冷気がスピーカー越しに伝わってくる。

彷徨は背筋に寒気を感じながらも腕の中の宝物を離したくなくて
条件反射で離れようとする未夢の腕をつかみ、抱き寄せる。
まだ顔を見るのは恥ずかしいから、肩に顔を隠しながら。
未夢も恥ずかしいのだろう。そわそわと落ち着かず、「あ」とか「うぅ」とか言っている。


「あ、あの彷徨。・・・呼んでるよ?行かなきゃ・・・」


腕の中で小さく未夢が呟いた。


「ああ、そうだな」


言葉とは裏腹に、もう少しだけ、とつかんだ腕に力をいれて逃がさないようにする。
一瞬未夢が体を強張らせたが、そのまま大人しく腕の中に納まっている。

名残惜しいが自分のすべき事は責任を持ってやらなきゃいけない。

自分に言い聞かせながら、彷徨は未夢の体を解放する。


「じゃあ、行ってくるけど、お前は天地たちのとこへ行けよ。また後でな。」


俯いたまま、でも耳まで真っ赤になっている未夢が頷くのを確認して、
準備室を後にする。鍛えられたポーカーフェイスのおかげで顔が赤いのはおさえられた。
それでも時折口元が緩みそうになるので、すれ違う生徒達から見られないように
彷徨は早足で実行本部へと向かった。



ひとり残された部屋の中で、未夢は呆然と今彷徨が出て行った扉を見つめていた。
たった10分程の間にいったい何が起きたのだろうと、頭の中がぐるぐるする。


「彷徨に、好きって・・・・あれ?夢じゃないよね?・・・・ぅきゃあぁぁぁ!」


先程までの出来事を順に頭の中に思い出し、嬉しさと恥ずかしさが猛烈に襲ってきた。
クリスの恐怖で止まっていた涙までもが戻ってくる。

彷徨が自分と同じ気持ちでいてくれた。

恥ずかしさより嬉しさで少し冷静になれた時、ポケットの中の携帯電話が鳴り出した。
画面には【小西 綾】の表示。


「もしもし」

『あ、未夢ちゃん今どこ?西遠寺くん呼び出しされてたみたいだし、私達と一緒にまわらない?』

「うん、一緒にまわろう。今1階にいるけど、私ケーキの代金も払ってなかったよね。
 今から教室に行くからちょっと待っててね」


あはは、と笑い声の後に了解を得て電話を切る。
顔の赤いのがばれないだろうか、気付かれないだろうか、
気付かれた途端に親友たちにあれこれ聞かれないか、とかいろいろ考えながらも、
このままここにいる訳にもいかないので、未夢は「よしっ」と気合を入れながら
準備室をあとにした。




入口の外で待っていたななみと綾を見つけ駆け寄る。


「ごめんね、お待たせ。」


「ぜんぜん待ってないよ。さぁ、どこからまわろうか?」
「未夢ちゃんはどこ見たの?」


「う〜んと3階の教室と2階の半分くらいまでは見れたかな?綾ちゃん達はこれから?」


女生徒達に追われる前までの、まだまだ見終えていなかった事を思い出す。


「そうそう。でもお昼だし、まずは校庭の屋台めぐりしてみない?」

「「賛成〜」」

ななみからの提案に綾と二人して賛成する。
屋台めぐりの前にケーキセットの代金を支払い、3人で校庭にむかって出発した。
途中、あのクラスは午後からおやつに来よう等、飲食関係のチェックを忘れずに・・・。




「ところで、未夢。午前中はどうだったの?」

「え?ど、どうって?」

ひと通り屋台を制し、校舎横の非常階段で最後のたこ焼きを食べ終わった
ななみが質問してきた。
もうすでにおなかいっぱいでギブアップしていた未夢は、突然に質問に目を白黒させながら
好奇心丸出しの親友たちの顔を交互に見る。


「西遠寺くんと二人でまわったんでしょ。久しぶりにふ・た・り・で」


ふたり、の部分を強調しながらななみと綾が目を輝かせながら迫ってくる。


「え・・と、彷徨といろいろ見て回ってたら、
 彷徨のファンの後輩の女の子達に追いかけられちゃって」

「あ〜西遠寺君、モテるから」


うんうん、とふたりして頷く。


「そしたら、ちょうど水野先生が準備室から出てきたから、隠してもらって・・・・」

「「それからそれから?」」


階段に腰掛けていた未夢は前方から迫ってくる親友たちに恐怖を感じながら
顔を青くしていたが、準備室に入ってから・・・と言葉にしたとたん顔が熱くなってきた。


「そ、それから、彷徨に呼び出しがかかって、私には綾ちゃんから電話がかかってきたの!」


パンっと手を合わせて、これでおしまいとでも言うように笑顔になってみる。
自分でもわかるぐらい顔が熱い。親友達の疑わしそうな視線が痛い。


「み〜ゆ〜、その、まぁ〜っかな顔で何をごまかすつもりなのかな?」


つんつんとななみが笑顔で未夢の頬をつつく。


「うっ」


ななみに図星をつかれて固まっていた未夢だったが、
どうしようと考える間もなく、横から綾のマシンガントークが炸裂する。


「わかったぁ。女の子達に追われて逃げ込んだ先で、未夢ちゃんと西遠寺くんは二人っきり。
 そこで未夢ちゃんいろいろ考えちゃって、つい「美少年」とかからかい口調になってしまう。
 でもでも顔と声がどんどん沈んでいく未夢ちゃんの行動で、隠された気持に気付いた
 頭の良い西遠寺くん。思わず(俺が好きなのか?)とその場で確認。
 もう隠せないと悟った未夢ちゃんは素直になり告白。それを聞いて西遠寺くんも告白。
 晴れて二人は恋人同士になったのでしたぁ!めでたしめでたしって感じ?」

「そうなの未夢 !?」


いつもながらの、この事実を見ていたんじゃないかという程の想像力。
うなずく事も出来ずに今まで以上に顔を赤くして固まる未夢をみて
綾もななみも肯定と受け取った。


「おめとう!未夢。いや〜長かったねぇ。」

「あ、でも、別に・・・恋人・・・とかそんなんじゃなくて、ただ気持ちを伝えただけっていうか・・・」


しどろもどろになりながらも未夢は訂正していく。
確かに付き合おうとかそういった類の話はしていなかったから。
そんな余裕もなかったのだけれど。


「え〜でも、両想いになったんだしぃ、それってやっぱり恋人同士でしょう。
 あ、そうか。未夢ちゃん達の場合、恋人同士っていうより夫婦って感じだもんね」

「なるほど」

「ふ!夫婦 !?」


彷徨が自分の事を好きだと言うのだって信じられないのに、この親友達は何を言い出すのかと
未夢は瞬間湯沸かし器と化した頭で考えていく。
ルゥがいた時にも言われたことがあったが、気持ちを自覚した今では衝撃が違いすぎる。
衝撃の大きさに茹で上がって今にも溶けそうな未夢と、
鈍いと思っていた親友の恋の成就に盛り上がるななみと綾。





3人は周囲の状況を理解していなかった。

今日は文化祭で、ここは非常階段といっても校内で、腰かけて集まるにはちょうど良い場所で。
自然とまわりにいる人たちの耳に会話は筒抜けとなる。


非常階段から広まった「あの西遠寺彷徨に彼女が !? 」のニュースは
30分後には全校に広まっていた。









どうも書いているとあと2話くらい増えそうです(涙)。

やっぱり何事も計画的に・・・。



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