サークル

    [ V ]

作:紅龍

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未夢は目についた物すべてに反応するかのごとく、いろいろな所を指差しながら歓声を上げる。
校舎内で出しているのは主に展示や輪投げ等といった遊びをメインにしたもの。
喫茶店など飲食関係は各学年一クラスぐらいだった。
校庭での部活動による屋台とカブらないように配慮されているらしい。


「見てみて彷徨〜。あそこのクラス、お面とか売ってる〜。三太くん好きそうだよね〜?」


「あぁ、そうだな」


未夢が気になった教室に入ろうと言っていた彷徨だったが、
いたるところで「あれかわいい」「わ、すごーい。凝ってるねぇ」と、
ころころ変える未夢の表情に釘づけになっていた。
そこへいきなり、満面の笑みでほかの男の名を口に出しながら振り向かれ
咄嗟に顔を逸らしてしまった。
緩みきっていた顔と、ほんの少しだけ反応してしまった眉を隠す為に。


(なんだよ、三太の事なんていつも言ってるじゃないか。なんでこんなにイラッとしてんだ俺・・・)


(・・・彷徨、つまんないのかな。そうだよね、急に私の相手する事になったんだし・・・)


自分の感情に戸惑う彷徨は、沈んで俯いていく未夢の表情が見えなかった。



「「「きゃ〜西遠寺せんぱ〜い!!」」」


突然の黄色い悲鳴に彷徨と未夢の思考が止まった。
声達の方を向くと五人くらいの女の子がこっちへ向かって走ってきていた。


「げ!」


見覚えのある顔達に彷徨が思わず声を上げる。
一年生で、事あるごとに彷徨を囲む、ちょっと迷惑な集団だ。
いつもなら無視を決め込む彷徨だが今は隣に未夢がいる。
巻き込むわけにはいかない、と未夢の手を掴んで彼女たちと反対方向へ駆け出した。


「きゃ!か、彷徨?」


「西遠寺先輩、待ってくださ〜い」
「一緒に文化祭まわってくださ〜い」
「西遠寺せんぱ〜い」


すぐ後ろから焦る未夢の声と、その後ろから追いかけてくる女子の声。
彷徨は大分増えてきた一般客の間をすり抜けて隠れる場所を探した。

人ごみのおかげで若干距離を離せたが、まだ声が追ってきていた。


「くっ、しつこいな。構ってる暇なんてないのに」


自分だけなら走り続けてまくこともことも出来るのだが、
すぐ後ろからの未夢の息遣いが荒くなっている。きつくなってきたのだろう。

どうしよう、と隠れる場所を探していた彷徨の目に
生徒会準備室から出てくる水野先生の姿があった。


「先生、お願いします。」


それだけ言うと、彷徨は未夢をつれて準備室に入り、
部屋の中央に置いてある机の陰に隠れた。

バタバタと走る足音がスローダウンし、部屋の前あたりで止まる。


「あれ〜、いなくなっちゃった」
「あ、水野先生、西遠寺先輩どっちに行きました?」


準備室の扉に鍵を差し込んでいた水野に女生徒達が声をかける。


「あぁ、西遠寺君なら午後の打ち合わせの為に花小町さんのところに行ってもらうけど。」


花小町の名に女生徒達がびくっと固まる。
いつも、彷徨の周りで騒いでいると最後にはクリスからの恐怖によって終結させられる。
ただ恐怖だけではなく、彷徨との並んだバランスにも負けたと思っているからなのだが。


「花小町先輩ならしょうがないか〜。あ、西遠寺先輩と一緒にいた人、先生知りませんか?」


クラス担任の水野ならと女生徒達が水野を囲む。
自分たちが周りにいても我関せずで、花小町とだって手をつないだのを見たことがないあの
『西遠寺先輩』が手をつないで逃げた女の子に対象を変えたのだ。


「光月さんの事?彼女は去年までこの学校に通ってて、西遠寺君のクラスメートで、
 いとこで同居人で・・・それより、あなた達自分の受け持ち分ちゃんとしてきたの?
 それから廊下、走っちゃダメでしょ。」


「「は〜い」」


水野の「同居人」発言に「きゃー!」と叫んでいた女生徒たちだったが
教師としての注意の矛先が向いてきたとたん、さっと人ごみの中に戻って行った。


「ふ〜、私は嘘は言わないから、午後の打ち合わせ12時半には来てね。」


水野は部屋の中で息を殺してこちらを窺っていたであろう生徒達に聞こえるぐらいの音量で
独り言のように呟き、その場を去って行った。
彷徨はしばらくそのまま、外の様子に聞き耳を立てていたが
誰もこの部屋に入ろうとする気配が無い為、やっと、全身の力を抜いた。


「ふぅ、水野先生がいて助かった・・・。悪かったな、楽しんでたのに急に走らせたりして。
 あんまり時間ないし、そろそろ行くか?」


彷徨は言いながら立ち上がり、机の陰から出ていく。


「うん、そうだね。もうあの子達大丈夫だよね?
 ・・・それにしても彷徨、やっぱりすごい人気だね。
 あんなに女の子たちに追い回されるなんて。さっきの子達って1年生?
 全学年にファンがいるなんて、さすが美少年コンテスト優勝者。
 でも2年生や3年生はクリスちゃんとか大変なの知ってるから追いかけては来ないのかな?
 誰かと付き合ったりしたら大変そうだよね・・・あ、でも 私が気にする事じゃないよね。
 ごめん、余計な御世話だったね・・・」


隣から立ち上がり離れていく彷徨を見上げながら先程の女の子達を思い出す。
自分のいない間、彷徨の周りは他の女の子でいっぱいだったのだろう。
そんな事を考えて未夢は彷徨の人気を再認識し、今彷徨の隣にいるのが自分で良いのかと
不安が湧いてくると同時に、自分の場所だと言ってほしいと願ってしまう。
大切に守られているのは感じるけども、でも、それはあくまで家族としてであり、
『好きな子』ではないだろうとも思う。彷徨はやさしいから、と。
そんなに期待しては後で辛くなるだろうと自分に予防線をはる。


扉へと向かう後姿が止まり、溜息を付きながら振り返る。


「み〜ゆ〜、コンテストの事は言うなって言っただろ。
 あいつらだって他に目新しいものでも出来ればそっちに行くだろうし。
 あぁでも、花小町がキレるのは確かに大変なんだけど・・・。
 2年や3年は花小町というより・・・」


未夢の存在を知っているから、とは言えず、
後ろから聞こえる未夢の声がだんだんと弱くなった事と
最後のセリフが頭の中で整理されていく。
人の気も知らないでほんとに鈍いなと思う苛立ちと、
そうなりたいと思ってくれるのかと期待する気持とがぐるぐると駆け巡る。
そんなわけないだろうと思いながらも、気がついたころには口から言葉がこぼれていた。


「・・・未夢、やきもち妬いた?」


思いがけず声が甘さを含んでしまい、
(しまった、これじゃ俺が期待してるみたいじゃないか。)
と慌てて口を押さえ未夢の様子を伺えば、
そこには大きく目を瞠った未夢が顔を真っ赤にして口をパクパクさせながら固まっていた。
普段なら、家族や仲の良かった者の親愛からのやきもち、またはたんなるからかいとか、
いろいろ逃げ道を考えるのだが、未だに固まったまま否定をしない未夢のこの顔は
それ以上の気持ちだと言っているようなもので、つまりは自惚れても良いのだろうかと。
未夢の真っ赤な顔を見つめながら、彷徨の顔も真っ赤に染め上がっていく。


なにか言わなければ、このままでは頭がいい彷徨の事だからきっとばれてしまう、と
混乱する頭を一生懸命に回転させる未夢だったが、言葉が出てこない。
今、口を開くと、今まで溜め込んできた気持ちを全部言ってしまいそうで。
いっその事告げてしまおうかとさえ考えてしまう。




「未夢」


自分もきっと負けないぐらい真っ赤になってるな、と思いながらも彷徨は未夢の真っ赤な顔へと右手をのばす。
触れるか触れないかというところで未夢がビクッと震える。



「俺が誰かと付き合ったりする事にやきもち妬いてくれたって、自惚れていいのか?」



床に座り込んだままの未夢に目線を合わせるよう片膝をつき、逃げない未夢にそのまま右手で触れる。
ふわりと温かくやわらかい未夢の左頬が掌に収まる。


「かな・・た・・・」


バレた、と益々顔に朱が上る。
もう、顔が熱くてしょうがない。きっと彷徨の手にも伝わってしまっているだろう。
いや、それよりなんでこんな近くに彷徨の顔が!?それより手が!?
と大混乱の中、未夢は彷徨の名を紡ぐのが精一杯だった。


コツン、と未夢の額に自分の額をあて、彷徨はすぐ近くにある新緑の瞳を覗き込む。



「未夢、俺でいいか・・・?」



吐息と吐息がぶつかりそうなこの距離で、彷徨の声が切なそうに響く。
すぐ近くで見る琥珀色の瞳はいつもの様に強気な瞳ではなく、不安に揺れていた。
彷徨のいつもと違う声色と不安げな瞳に、今までパニックになっていた未夢の頭がスゥと晴れていった。
自分の気持ちを言っても良いのだと、ストンと胸に落ちてきた。






「・・・彷徨がいい・・・彷徨が好き・・・・・・ずっと・・・・」






音にした瞬間、つぅと頬に流れた。
見つめてくる琥珀の瞳が一瞬揺れて、見開かれながらも輝いていく。
頬に流れる雫を触れたままの右手の親指で拭われる。





「俺も・・・未夢がいい・・・ずっと好きだった・・・」






やっと言えた、と緩んでくる顔もそのままに新緑の瞳を見つめると、
ふわりと花が開いたような笑顔が返ってきた。
それがあまりにも綺麗で、消えてしまいそうで。
思わず腕の中に閉じ込めていた。
壊さないように、壊されないようにと。



自分に向けられる極上の笑顔にうれしくなって顔が緩んだら、
そのまま温かい腕の中へ閉じ込められた。
とても気持ちが良く、とても大切なものを手に入れた感じがして、
気が付いたら抱きついていた。
体中で宝物を抱えるように。





















秋の話を冬に書き初め、夏ぐらいに終わるかなってペースで書き進む私・・・(涙)

もう一話ぐらいで完結させようと遅筆ながらに作成中。
(でも気持ちが焦っているからか、展開が早すぎるよ〜な・・・)

ここまで読んでくださったみなしゃん、よろしければ次もよろしくお願いいたします。


5/10 誤字訂正

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