作:紅龍
「・・・あ、あの、彷徨?」
引っ張られるままだった左手を少し引きながら、彷徨に声をかけてみる。
教室を出てから一言もしゃべらず、振り向きもしない。
「・・・」
「・・・ねぇ、ちょっと」
少しだけ歩くペースを落としてみても、彷徨の足は変わらず一定の速度で歩きつづける。
つないだ手が橋のように二人の間にかかる。
「・・・」
「彷徨 !?」
返事がない彷徨にイラッとし、つい声を荒げてしまう。
その声で、大分増えてきた客や四中の生徒達からの視線を集めてしまい、恥かしくなり
未夢は首をすくめて、少し開いてしまっていた彷徨との距離を早足で縮めた。
つないだ手を隠すように。
彷徨はその後も無言のまま未夢を引っ張っていき、何度か来た事のある屋上へと向かった。
屋上は、文化祭中、一般客が入って何かあったら問題になる為、
【一般客立入禁止】となっていたが、鍵がかかっているわけでもなく、
階段のところにパイプイスを置き、張り紙をしているだけだった。
その脇を通り抜けて屋上へと続く扉を開ける。
扉をくぐった瞬間に、冷たくなった風が頬にあたり反射的に身震いする。
フェンスの近くまで行くと、校庭の屋台の呼び込みがはっきりと聞こえてきた。
ふと、左手のぬくもりが離れ足を止めると、彷徨が振り返った。
だが、視線はやや下を向き、口も閉ざしたままだ。
いきなり引っ張ってこられ、呼びかけても返事がなく、目も合わせてはくれない。
そんな元同居人の不可解な行動に、
(もしかしてまた何か怒らせるような事でもしてしまったのか?)
と不安に思いながらも、顔を覗き込むようにして名前を呼んでみる。
「彷徨?」
「何から見に行くんだ?」
「え?」
あまりにも普通に返ってきた言葉に、きょとんとしていると、
あきれたと言う風な表情をして、もう一度彷徨が聞いてきた。
「だから、何から見に行くんだって聞いてるんだよ。」
「・・・」
未夢にしてみれば、なつかしいクラスメート達とおしゃべりをし、おいしいケーキを食べ、
一番逢いたかった人にいきなり連れ出され、心臓がものすごい速さで動いていたのに・・・。
声をかけても返事がなく、何か失敗したかと不安になれば、
当人は「何してんだ?」と言わんばかりに呆れ顔をしている。
さすがに、ドキドキよりもイライラが膨らんできた。
「あ、あのねぇ、いきなり、いくぞ、の一言でこんな所まで連れてきておいて、
しかも話し掛けても無視してたくせに。だいたい、わたし、今何やってるかなんて
ぜーんぜん知らないし。
あーーー!わたし、ケーキの代金払ってないよ〜!もう、どうしてくれんのさぁ、
彷徨のせいだよ!」
ガーッと思い付いた事が次から次へと出てくる。
なんで、あきれられなきゃなんないんだとか、彷徨がどうしたいのかが分かんないとか、
ぐるぐるまわる思考回路がプシューと音を立てて煙を噴きそうだ。
ぜいぜいと肩で息をしながら彷徨を睨みつけると、彷徨は呆れ顔のまま固まって、
じーっと未夢を見つめていた。
が、次の瞬間、
「・・・ぷっ・・あははははははは!」
「な、なによ。なんで、人の顔見て笑ってんですかぁ!こらー彷徨ぁ、説明しなさーい!」
未夢は笑われた恥かしさからと怒りのせいか、真っ赤な顔をしながら両腕をぐるんぐるんと振り回している。
その間も彷徨は、くっくっくと肩を震わせ、片手で口を隠しながら笑いを止めようとしない。
「はは、わるい。・・・未夢だなぁと思ってさ。」
なんとか笑いを治めようと、軽く息を吸い込み、笑いすぎで目尻に浮かんだ涙を拭いながら
未夢の方へと向き直る。
「なによそれ、説明になってないじゃない」
ぶーとふくれっつらをしながら反論する。
言いながらも未夢はさっきまでの張り詰めた感じがなくなり、昔に戻ったようなやりとりに
少しずつ、顔が綻んでいった。
「まぁまぁ。あぁ、忘れてた。・・まぁ、今更だけど、久しぶり、元気にしてたか?」
「うん、彷徨も元気してた?」
あいかわらずのマイペースぶりで、寺の息子のせいか律儀に挨拶をする性格に思わず笑いそうになったが笑顔付きで言われれば、自然と笑顔で返してしまう。
彷徨の近況なら、元気で面倒見の良い親友達が、毎週、電話で報告してくれていたので、
(未夢から聞き出すのではなく、綾やななみ達がしゃべりだすのだ)だいたいは知っていたのだが・・・。
「まぁな///。そ、それより、どこからまわろうか?あ、確かチラシが・・・」
彷徨はふいの未夢の笑顔に見惚れそうになり、慌てて視線を空へ逃がし、ガサガサと衣装のポケットを探り出す。
彷徨のポケットから出された薄いピンク色の四つ折にされた紙を開き、二人でのぞき込む。
それには【来たれ、四中文化祭 !!】の文字の下に、学校内の出し物の分布図になっていた。
各クラスごとの出し物や部活ごとの出し物で、教室、校庭、体育館までぎっちり書き込まれている。
「うわぁ、こんなに出てるんだぁ。あ、校長室で猿の写真展・・・・あいかわらずですなぁ」
在学時、猿好きで有名だった校長のせいで苦労した事もあったなぁ。と思い返してみる。
ほんっっっとうに苦労したから近づかないでおこう・・・。
えーと、うーんと、とチラシとにらめっこしている未夢。
「ん、食べるか、遊ぶか、見るってとこかな。」
彷徨はざっと目を通し、分類ごとに分けてみる。
「さっきケーキ食べたし・・・あれ?そういえば、彷徨はクラスの仕事良かったの?」
未夢はふと、彷徨がタキシードのままでいるのを思い出し、『クリス姫の護衛』なる役をしていた事も思い出した。
「ああ、最初の挨拶とダンスパーティの開始の挨拶の時に、
花小町の後ろにいればいいってさ。特に行きたいところがないなら順番に見くぞ」
いつまでもチラシとにらめっこしててもしょうがない、と言わんばかりに
彷徨はチラシを折りポケットに突っ込みながら出口へと歩き出した。
「もー、急に歩き出すことないでしょ」
文句を言いながらも、未夢は急ぎ足で彷徨の横へと並んだ。
午後からは『クリス姫の護衛』になるから、午前中だけなんだよね・・・。
私もななみちゃん達と約束があるから・・・。
せっかくの一緒の時間だからと、未夢はそれ以上文句を言うのを止め、
彷徨と一緒に階下へと降りていった。
失業やら結婚やらで気が付けば2ヶ月以上あいて・・・(涙)。
誰も待っていないと思いながらも、しっかりと区切りを目指してがんばります。