作:瑞穂
チャポン・・・
「・・・はぁ。」
未夢はお風呂につかりながら、さっきの彷徨を思い出していた。
(・・・彷徨心配してくれたのかな?)
頭を湯船につけて、ぶくぶくと息を吐く。
(言い過ぎたかも・・・私が勝手に好きになって、勝手に落ち込んでただけなのに・・・。)
「・・・謝らなくちゃいけないよね・・。」
そう思うが、やはり顔をあわせづらい。
しばらく悩んでいた未夢だが、早いほうが謝りやすい。
という考えにいきついた。
よし!と小さく掛け声をかけて、お風呂から立ち上がった。
*.゜+
ガチャン。
電話の受話器を置く音が、西遠寺の居間に響いた。
その後に続く彷徨のため息。
彷徨は目を閉じ、眉をひそめた。
手を額に当て、机にひじをつく。
もう一度ため息。
彷徨はかなり参っていた。
未夢があのような、レコードセール会場にいるなんて思いもしなかった。
まさか、照れ隠しのために自分が付いた嘘を聞かれるなんて。
・・・まさか、あの三太とのデパートでの会話を聞かれていたなんて・・・。
だが、もし未夢がそれで泣いていたのだとしたら?
自分が言ったことが悲しくて泣いていたのだとしたら?
彷徨の胸に淡い期待がよぎる。
もしかしたら、未夢も自分のことを好きなんじゃないかと。
いや、うすうすはそうかもしれないと思っていたのが本心だ。
未夢は自分のことを思ってくれているのではないかと。
しかし、もしそうだったとして、あんな会話を聞かれてしまって、
未夢は、これからも自分のことを好きでいてくれるのだろうか?
もし、未夢が自分のことを好きでなくなってしまったのだとしたら?
・・・もし、未夢が自分以外の誰か他の人を好きになってしまったら?
もし・・・未夢が自分のことを嫌いになってしまったら?
そんなことは考えたくなかった。
せっかく、自分と未夢の思いは通じ合っているかもしれないのに、自分の一言のせいで。
照れ隠しなんかのせいで、未夢の気持ちが自分から離れてしまうなんて。
自分は未夢しか見ていないのに・・・。
未夢しか見えていないのに。
彷徨としては、万が一そうなってしまう前に対処をとるしかなかった。
しかし、なんと言って未夢に切り出すのかが、思いつかない。
(どうするかな・・・)
「・・・はぁ。」
ため息をついて、寝転んで天井を見つめる。
(元はと言えば、三太のやつがあんなこと聞いてくるから・・・)
と彷徨の恨みの矛先が三太に向けられていくのだった。
*.゜+
―す・・・
居間のふすまを開けて未夢は何となくほっとした。
彷徨は、床に仰向けになって眠っていた。
未夢は、足音を立てないようにそっと居間を後にした。
眠ってしまった彷徨のために毛布を持ってくる。
そっと毛布をかける。
そして、何となく彷徨の顔を見つめてしまう。
(ふふっ・・・いつもこうだったら可愛いのにな)
そしてはっとする。
今日のデパートでの出来事をまた思い出したのだ。
未夢はそっと俯いて、部屋を出て行こうとした。
「・・・ゅ。」
「え?」
彷徨に名前を呼ばれたような気がして振り返る。
だがしかし、彷徨は眠ったまま。
未夢は首をかしげる。
(あれ?今彷徨に呼ばれたような・・・)
そこではっとした。
こんなにも彷徨を好きだったんだと。
彷徨が自分を呼ぶ声が・・・幻聴が聞こえてくるなんて。
そもそも、彷徨が寝言を言ったのだとしても、聞き間違えだろう。
彷徨が、自分の夢を見ているはずがないから。
未夢は痛む胸を押さえた。
彷徨を思うだけで。
彷徨を見ているだけで。
泣きたくなってくる。
よくこんなに好きなことに、今まで気付かなかったと思う。
・・・いや、あのまま気付かないほうが良かったのかもしれない。
そうしたら、自分は今まで通り彷徨の隣で笑っていられたのに。
こんなに・・・
こんなに辛いなら・・・
どうして好きになってしまったのかと。
いや、好きにならずにはいられなかったのかもしれない。
かっこよくて、優しい彷徨。
未夢がピンチの時、ルゥがピンチの時・・・誰かがピンチの時。
いつだって守ってくれた。
頭も良くて行動力だってある。
皆に頼りにされていて、ファンクラブまである彷徨。
彷徨、彷徨・・・彷徨。
いつの間にか、彷徨でいっぱいだった。
何をしてても彷徨のことを考えてしまう。
(でも、それも今日で終わりにしなくちゃ。)
そう。
彷徨は、私のことを好きになることはないんだから・・・。
未夢は俯いて溢れそうな涙を隠す。
(忘れるから・・・。彷徨に・・迷惑はかけないから。)
ポツリと。
未夢の目から涙が落ちる。
(そしたらまた、隣で笑えるよね?)
またポツリ、ポツリ。
未夢は涙で顔をゆがめながら、苦しくて。
――さよなら。
と、唇だけ動かして。
未夢は自分の部屋に戻った。
続く