見えない気持ち

第二話*電話*

作:瑞穂

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彷徨は正直言って不機嫌だった。
未夢は泣いている理由を、彷徨に話そうとしない。
自分はただ、未夢が心配なだけなのに。

彷徨は、自分が頼られないことを不満に感じてしまっている自分に、苦笑した。

彷徨は未夢が好きだった。
今日の昼頃、三太に聞かれた時はつい照れ隠しで、思ってもないことを口にしてしまったが。

まだまだ俺も子どもだなと、彷徨は思う。

彷徨はあんなふうに未夢に怒って睨まれても、むっとしてしまう反面、やはり気になってしまう。
喧嘩をしても、どんなに腹が立っていても、最後にはやはり好きなんだと思ってしまう。

いつからかはわからないが、気付けば未夢を目で追っていた。
いつでも未夢のことを気にしてしまっている。
好きなんだと自覚した。
だがそれをうまく表現できない。
子どもみたいだとわかってはいるのだが。
つい照れ隠しが出てしまい、思ってもないことを口にしてしまうのだ。
それで未夢と喧嘩してしまう。

でも彷徨は、まだこのままでいいと思っていた。
家族のような。
喧嘩友達のような。
口ではうまく説明できない、なんとも不思議な。
いつでも一緒で、居心地がいい。
この位置。
逆にこの状況が壊れるのが怖かった。
未夢が自分から離れてしまうのが。

彷徨はため息をついた。

つきっぱなしになっていたテレビ。
彷徨は、リモコンに手を伸ばし、テレビの電源を消した。

ちょうどその時、電話が鳴った。

ルルルルルル・・・・・

ワンニャーは洗い物もすませて、部屋に戻ったのか台所にも居間にも居ない。
彷徨は電話の受話器を持ち上げる。


「はい。西遠寺です。」
『・・・。』

彷徨は首をかしげた。
相手からの返事がないからだ。
切ってしまおうかとも思ったのだが、もう一度返事をしてみる。

「もしもし?西遠寺ですが。」
『・・・。未夢いますか?』

今の声は天地か?
だがなぜか声が聞こえにくい。
名乗ることもしなかった。
それに、最初の一声は確かに聞こえたはずだが、返事がなかった。
彷徨は首をかしげた。
いつもなら『西遠寺君?あたし〜天地ななみだけど、未夢いる〜?』
みたいな元気な返事が帰ってくるはずだ。
だが今日のななみはまるで元気がない。
というか、不機嫌だった。
何かを怒っているような。

「・・・お前天地か?」
『・・・そうだけど。』
「なんだ。ビックリした。」
『未夢は?』

急にななみの声が荒々しくなった。
イラついているのか。
彷徨はますます首をかしげた。
彷徨としてはななみにこのような怒った態度をとられる覚えがないのだ。

「あ・・あぁ。未夢なら今風呂に・・・」
『・・・』
「?天地?また掛けなおすように未夢に伝えようか?」
『・・・うん。』
「じゃあ切るぞ?」
『・・・。』

ななみは返事をしない。
彷徨は訝しげに眉をひそめた。

(なんなんだ?)

そこで、彷徨は電話を切ろうとした。
が。

『待って!』

受話器の向こうから、ななみの声が聞こえてきた。

「・・・なんだよ?」
『・・・。』

ななみは喋らない。
何にも知らない彷徨としては、腹が立ってしまう。

「用がないなら切るぞ。」
『・・・・・よね』

痺れを切らした彷徨が、もう切ってしまおうと口を開いた時、ななみが何か喋った。
が、小さくかったために、彷徨には聞き取れなかった。

「え?」
『未夢に謝ってよね!』
「!?」

今までとは正反対に、ななみが大きな声を出したので、彷徨は驚いて受話器を耳から放した。
一体何がなんだかわからない。
何を未夢に謝れと言うのだ。

(天地、未夢が泣いてた理由を知ってるのか?)

彷徨はななみに聞こうとしたが、ななみはじゃーね!と叫んで電話を切ってしまっていた。

本当に。
一体なんだと言うのだ。

未夢の涙。
親友であるななみの、あの怒り様。
なにか彷徨に対して怒っているようだった。
おまけに謝れと言われた。
自分が未夢に何かしたということか。
だが彷徨には全く覚えがない。
大体今日の朝まではいつも通りだったのだ。
確かに言われてみれば、今日未夢はななみたちと遊びに行って、帰ってきてから様子がおかしかった。

(俺、未夢になんかしたっけ?)

考えてみるが全く思いつかない。

遠くのほうで、かすかにワンニャーの声とルゥの声がする。
何を言っているのかは聞き取れないが。

彷徨は、ため息をついてふと時計を見上げた。
そこでまた電話が鳴った。

(今度はなんだ?また天地か?)

「はい。西遠寺ですが。」
『・・・。』

まただんまり。

「天地か?」

返事がない。

(いい加減にしてくれよ。)

二度目の電話もだんまり。
彷徨にとっては迷惑な話だ。

「もしもし?用がないなら切りますよ〜?」
『あ!西遠寺君?小西ですけど、未夢ちゃんは?』
「え?ああ、小西か。未夢なら今風呂に・・掛けなおすように伝えようか?」

ななみではなく綾だ。
なぜ初め黙っていたのかはわからない。が。
ななみとは違い、綾は彷徨に対して怒っているようではなく、なぜか驚いたように返事した。

『そうなんだ〜。あ、また掛けなおすから良いよ〜』
「そうか?悪いな。じゃ。」

そこで彷徨は電話を切ろうとした。
だが綾も、ななみ同様彷徨を引き止めた。

『あ!待って、西遠寺君!』

受話器を置きかけていた彷徨は、訝しく思い眉をひそめる。

「なに?」

ななみだけではなく綾にまで呼び止められた。
一体なんなんだ。

『西遠寺君〜。照れ隠しだからって、あんなこと言っちゃダメだよ〜。』
「・・・あんなこと?」
『そうだよ〜。未夢ちゃん、すっごく悲しそうな顔してたんだから〜!』
「・・・なんのことだ?」
『ななみちゃんだってカンカンだったし。あ!もちろんあたしだってカンカンなんだから!』
「??」

意味がわからなかった。

「なんのことだ?」

その後、彷徨は綾から今日のデパートでの出来事を聞いた。




続く


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