作:瑞穂
あなたの気持ちが見えなくて・・・
自惚れていた。
夕食の後。
ワンニャーは鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
その横でルゥはペポとなにやらぐるぐる回転しながら遊んでいるようだ。
彷徨と未夢は居間でテレビを見ていた。
特に面白くもない番組。
彷徨がふと未夢のほうを見ると・・・
未夢がなにかをこらえるように、ぎゅっと口を引き結んでいた。
彷徨はぎょっとした。
その今にも泣き出してしまいそうな未夢の顔に。
(テレビで何かやっていたか?)
と焦ってテレビに視線を戻すが、そんな悲しくて泣きそうになるような番組でも、
感動して涙を流すような番組でもなかった。
もう一度未夢に視線を移す。
よく見ると未夢の瞳はテレビを写してはいなかった。
机にひじをつき、テレビが乗っている台を見つめていた。
一体どうしてそんな辛そうな顔をしているのか。
彷徨がその理由を聞こうと口を開きかけたその時、未夢が立ち上がった。
「私、お風呂入ってくるね。」
俯き加減ですぐに反対側を向いてしまった未夢。
口元は笑っていたけど・・・。
「・・・おい」
彷徨は、もう廊下に出て風呂場に向かおうとしている未夢に向かって声をかけたが、
聞こえていないのか、未夢はそのまま歩いて行ってしまう。
彷徨はため息をついて立ち上がり、すぐさま足早に未夢の後を追った。
未夢も別に走っていたわけではないので、彷徨はすぐに未夢に追いついた。
「おい!未夢!」
名前を呼びながら腕をつかんだ。
未夢はびっくりした顔をして振り返る。
その頬には涙が流れた跡があった。
彷徨が目を見開いた。
未夢は少しの間固まって、驚いた顔をして彷徨を見ていたが、
やがて、彷徨の驚いたような顔で、さっきまで自分が泣いていたことを思い出して。
「な、何?」
言いながら彷徨から目をそらし、俯きながら涙をぬぐった。
「未夢・・・お前、何で泣いてんの?」
「な、泣いてなんかないよ。」
「?でもさっき・・・」
「・・・」
「未夢?」
「泣いてないってば!」
そういって上目遣いに睨みあげてくる未夢の目にはまた涙が溜まっていて。
だけどそこで彷徨もむっとして。
「・・・あっそ。」
そういって、ぱっと未夢の腕を放してくるりと反対側を向いた。
「言いたくないんなら別に良いけど。」
言いながら彷徨はスタスタと居間に戻る。
その彷徨の背中を見送りながら、未夢は悲しげに顔をゆがめ、また一筋の涙を流した。
*.゜+
それは今日の昼過ぎ。
日曜日なので、未夢は、ななみ・綾の二人と買い物に出かけていた。
未夢たち三人は、デパートをぶらぶらしていた。
その時、たまたま通りかかったところで、大きなレコードセールが行われていた。
未夢たちは立ち止まり。
「黒須君、来てそうだよね〜?」
というななみの意見に、三人で笑っていたときだった。
少し離れた場所から、三太の声が聞こえてきたのは。
「噂をすれば!西遠寺君も来てるんじゃない?未夢。」
「あ、あれそうじゃない〜?隣にいるの西遠寺君だよね?未夢ちゃん。」
そう言いながら、からかう様な視線を向けてくる親友たちが、見ている方向に目をやる。
彷徨と三太は何かを探している様子で、こちらには気付いていないようだ。
「彷徨ぁ〜。お前も真剣に探してくれよ〜。」
「はぁ〜。なんで俺が・・・」
「頼むよ!彷徨ぁ〜!ここ掘り出し物が多いんだよ〜。」
「はいはい。」
「やっぱ、レコードはいいよなぁ〜。」
ななみ、綾、未夢は、二人の会話に笑って。
未夢が『彷徨!』と呼びかけようとしたとき。
未夢の名前が、三太の口から出たことで、未夢はタイミングを逃した。
そのまま3人で、彷徨と三太の会話が聞こえる位置に立ち尽くす。
「そういえばさ、彷徨って光月さんと付き合ってるのかぁ?」
「・・・別に?なんだよ、急に?」
「特に理由がある訳でもないんだけどさぁ〜?あの、『女には興味ない。』って感じの彷徨が、光月さん相手じゃちょっと違うし?」
「そうか?」
「そうだよぉ〜。みんなも言ってるし〜。あれ?彷徨、お前無意識?」
「なんだよそれ?そんなことより、三太〜。お前さっさと探せよな〜。」
彷徨に半目で睨まれて、三太は止まっていた腕を焦って動かす。
「あ!そうだった。・・・それにしても見つからないなぁ〜。」
「今日は諦めて帰ろうぜ?」
「え〜!もうちょっと!それより彷徨。」
「ん?」
彷徨が手を止めて三太のほうを見ている。
三太はそのまま手を動かしながら、彷徨に話しかける。
「お前はさぁ、光月さんのことどう思ってんの?好きなの?」
あの間延びした三太独特の話し方で、変なことを聞いている。
未夢は思わず小声で
―三太君ったら!彷徨が私を好きな分けないじゃない〜
と顔を真っ赤にして弁解してしまっている。
そんな未夢に二人の親友も小声になりながらどうかなぁ〜?などと茶々を入れて、
クスクス笑っている。
彷徨はというと、一瞬動きが止まった。
未夢は、少しの期待からどぎまぎする心臓を押さえていた。
―西遠寺君なんて答えるかな?
と小声でななみが話しかけてくる。
―やっぱ気になるよね〜
と綾がななみに続く。
未夢はそんな二人に何か言い返そうとして。
そこで彷徨が喋りだしたのでそちらに気をとられた。
「別に?未夢はそういうんじゃないだろ?」
そっけなく、さらりと答えた彷徨にチクリと未夢の胸が痛む。
(そんなの、わかっていたことじゃない。私は彷徨にとって家族みたいなものなんだから)
そう自分に言い聞かせながらも未夢の胸はちくちく痛んでいた。
そこで三太は驚いた声を上げた。
「え!?そうなの!?」
「・・・なんだよ?」
彷徨がちらりと三太を見やる。
「いや〜。俺はてっきり・・・」
そこで三太が頭に手をやり、ははは〜と笑った。
「でも傍から見てるとお前と光月さんって、夫婦みたいだよな〜」
そういいながら三太が笑う。
彷徨は依然黙ったまま、黙々と何かレコードを探している。
未夢の側にいた綾とななみが、そうだよね〜などと言いながら、なにやら二人で
うんうんと頷きあっている。
未夢はというと、彷徨から目を離せないでいた。
彷徨の背中を見ながらさっきの『未夢はそういうんじゃないだろ』という彷徨の台詞が頭から離れない。
(三太君相手に、嘘つかないよね・・・。やっぱり彷徨にとって、私はただの同居人でしかないのかな・・・)
考えながら、どんどん落ち込んで俯きがちになっていく未夢。
そんな未夢に気付いて、あれは西遠寺君の照れ隠しだよ!などと、すかさずフォローをいれるななみと綾。
そこでまた三太が話し出した。
「特にルゥ君抱いてる時なんかさ〜、もう夫婦にしか見えないって感じだぜ?」
「・・・・・・・つと。」
「え?」
そこで、彷徨が何かぼそぼそつぶやいたが三太にも聞こえなかったらしい。
当然、三太以上に彷徨から離れている未夢たちには、彷徨が何を言ったか聞こえるはずもなく。
三人は耳を凝らし静まり返った。
「誰があんな奴と。だいたい、なんで未夢なんかと・・・」
「え?」
「料理は出来ねーし、可愛げはないし」
「そうか?そんなことないんじゃないか?」
「・・・え?」
今度は彷徨が三太に聞き返した。
「いや、料理はどうか知らないけど、光月さんって可愛いって評判じゃないか?」
「・・・?未夢が可愛い?」
「ああ。彷徨知らないの?」
「何が?」
「クラスにも何人かいるんだぜ?光月さんいいって言ってる男。」
「・・・物好きな奴らだな。」
「え?」
「・・・あんな奴の何処が良いんだ?」
その彷徨の台詞を聞いて、未夢の足元に一粒の雫か落ちた。
綾とななみは気付いていない。
それもそうだろう。二人は二人で、彷徨に怒って顔が険しくなっていた。
ななみは「照れ隠しにしても言いすぎじゃない!?」などと二人にも聞こえそうな声で文句を言っていた。
未夢はもう自分がいたたまれなかった。
気付いていなかったと言えば嘘になる。
自分の気持ち。
(私、彷徨が好きなんだ・・・)
なんとなく気付いていたのだ。
はっきりと気付いたのは今、この三太と彷徨の会話を聞いて。
今までも言われたことがある。
だが彷徨は照れ隠しでそんなことを言っているのだろう。と自惚れていた。
それでもやはり悲しくて。
面と向かって言われてもぐさっとくるのに、陰で言われていると余計にこたえる。
(彷徨・・・本当にそんな風に思ってたんだね。)
彷徨の一言一言が胸に突き刺さる。
彷徨の一言がこんなにも悲しくて。
自分は気持ちに気付いてすぐに失恋したのだと。
そう思うと悲しくて、未夢はもう早くその場を去りたかった。
そして未夢はくるりと向きを変えて、
「ごめんね、ななみちゃん。綾ちゃん。私、今日はもう帰るね。」
消え入りそうな声でそれだけを言って、未夢はその場から逃げるように立ち去った。
ななみはそんな未夢を見つめて、きつく手を握り締め、綾に向き直った。
「綾!あたしたちももう帰ろう!」
大きな声でそう綾に告げる。
綾も怒っているのか、頬を膨らませながら大きく頷いた。
今のななみの声で、ふと首をかしげた三太が振り返ったときには、ななみも綾もその場を立ち去り、
すぐ側の角を曲がっていたので、3人がさっきまでいた場所には誰もいなかった。
「彷徨?」
「・・・今度はなんだよ?」
言いながら、ため息をついて三太のほうを振り返る彷徨。
そんな彷徨を見ながら。
「今、天地さんの声が聞こえなかったか?」
と頭にはてなマークを作っている三太。
「いや?何も聞こえなかったけど?」
「そっか?ならいいんだけど?」
と首をかしげながら、ふと目的のレコードを見つけたのか、あ!っと言う顔をして、
トリだぁ〜とかなんとか意味のよくわからないことを叫びながら、レコードに向き直った。
続く