花散らしの風がふくとき

(中編)

作:山稜

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「しかし…ルゥ、よく来れたな」

 彷徨が口もとを、ほころばせる。

 実際、ルゥと会えるなんてことを、考えてもみなかった時期もある。
 でも、2年前にルゥが、未宇をつれて帰ってきてからは…つぎはいつ会えるのか、なんとなく待ちどおしい気がしていた。
 …気になることは、ないわけじゃ、ないが。

「片道、半年かかるって言ってただろ…大変だったんじゃないのか」

「ううん、半日かからなくて来たよ」
 ルゥはなんでもなさそうに、笑った。
「前にきたときの帰りみたいに、時空のひずみを利用してきたからね」
 彷徨は目を丸くした。
「それじゃ、こっちとオット星を、いつでも行き来できるようになったのか」

「それが、そういうわけにも行かないんですよ」
 だんごの串を引き抜きながら、ワンニャーが、割る。
「時空のひずみも、安定しているときと、そうでないときがありますから…安定してそうなときをねらわないと、いくら高性能のトランスワープ・コンジットをつかっても、亜空間フィールドがすぐ消えますからねぇ」

 ふぅん、と彷徨が言ったあいの手に、
「なんの話?」
 茶の間の扉を、未夢が開けた。

「おまえには10年かかっても、わかんねーハナシだ」
「しつれいねっ、そんなのきーてみないとわかんないじゃないっ」
「どーだか…」
「なによっ、じゃ彷徨はわかったってゆーのっ!?」
「おまえが聞くよか、なっ」

 舌を出してみる。
 未夢が、ふくれっつらをする。
 ルゥが、首をかしげる。
 ワンニャーが、涙をためる。

「かわりませんねぇ…」

 ほんとうに、そうだ。
 あれから10年、20年。
 時の流れがうそのような、なつかしい空気。

「かわんねーぜ、とくにこいつは」
 ゆび差したのは、未夢の手もと。
「いまもホラ、なにしに行って、なに持ってきたか、もうわすれてんだからな」
「あっやだっ、ごめんルゥくん」
 未夢が着替えを、さし出した。
「これに着かえてね、ごめんねホント」

 …見たような服…?
「ちょっと待て、おまっ、これっ、こないだ買ってきたばっかのやつじゃねーかっ」
「あれ、そーだっけ?」
「そーだよ」
 ちょっと、むくれてみた。
「おれだって、そで通してねーのに」

 未夢は腰に、手をあてた。
「いーじゃない別に、ルゥくんなんだからっ」
「そりゃまぁ…」
「じゃ文句言わないのっ、はいっルゥくんっ」

 満月と、半月と、二日の月と、また流れ星。
 昔のまま…。

 …でもない、入道雲。
「おい彷徨」
 こらえて、こたえる。
「なっ…んだよ」

「花見じゃ」
「花見ぃ?」
「せっかく遠方からの客人じゃ、もてなすにはちょうどえぇからの」

 確かに、寺のあたりは満開の桜。
 この2、3日がいちばん、の感。
 あんずの花も少しあと、いまは桜。

「あぁ…まぁ、いーけど」
「での、こないだいただいたアレを、な」
「アレってなんだよ」
「アレじゃアレ、ほれ、佐渡屋さんからいただいた、越乃寒梅」

 って、酒じゃねーか。
 さすがに、眉間にしわがよる。

「ちょっとまてオヤジ、まだ朝だぞ、朝っ」
「まぁそう、かたいこと言うな」

 彷徨は右手で顔をおおった。
「あのなぁ、降誕会の日ぐらい、まじめに住職しろよ…」
 宝晶は左手で頭をさすった。
「花祭りの日に花見酒というのもよかろう?人間、まじめばかりでも、おもしろぅないぞ」
「おもしろいとか、おもしろくねーとかゆー問題じゃ、ねーだろっ!」

 …しらん顔。

「未夢さん、彷徨は聞く耳もたんようでの、すまんが…」
「そうですねっ、せっかくあさちゃんがくれたんだしっ」

 宝晶のあとを、未夢が追う。
 いたずらっぽい視線を、彷徨にあずけて。

 くすくす笑うルゥに、彷徨は口をゆがめた。

「しかし…」
 ワンニャーが、腕を組む。
「どうしたの?」
 ルゥが、首を向ける。
「さっき、彷徨さんのお父さま…『せっかく遠方からの客人じゃ』って、おっしゃいましたよねぇ…」

「…で?」
 彷徨が、片方の眉をつりあげた。
 ワンニャーはそこに、つづきをぶつけた。
「ルゥちゃまとわたくしが遠くからきた、ってことを、お父さまは、どうしてごぞんじなんでしょう?」

 もう片方の彷徨の眉も、すわったままではいなかった。

「そういやオヤジ、こないだからちょくちょく、光月のお義母さんに電話してたな…」
「未夢さんのお父さま、お母さまは、ずっと、アメリカですか?」
「いや…あれからすぐ帰ってきたけど、またむこうの大学で…」

 まさか。
 ワンニャーも、同じものが頭に浮かんだようだった。

 ≪地球外物質探査機≫

 向けるだけで、その品物が地球の外からきた物質でできているか、わかる。
 そういうものが、もしオヤジの手もとに、わたっているのだとしたら…。
 ワンニャーの顔も、こわばっていた。

「でも、」
 ルゥは目を、まるくした。
「わるいひとじゃ、ないでしょ?…話せばわかってくれるんじゃない?」
「そりゃまぁ、おれのオヤジだからな…
 彷徨のことばは、ルゥの目じりを下げた。

 それを尻目に、彷徨はつづけた。
「ただ、悪気がないから、こまるってこともある…」
 それをきいてもルゥは、かわらず笑顔でいた。
「だいじょうぶだよ、きっと」

 ろうかから未夢が、顔だけだした。
「用意できた…」
 笑顔が、とまった。
「どしたの?」
「じつはですねぇ未夢さん、彷徨さんのお父さまが…」

 ワンニャーの声に、おーいなにしとるんじゃ早よう来んか、という声がかぶさって。

 かんたんに説明したって、わかんねーだろーな…うちの奥さんは。
「ハナシ、あわせろ」
 わけもわからないまま、
「へ?」
 そう言うのが、未夢にはせいいっぱいらしかった。

「とにかく、ルゥとワンニャーが宇宙人だってこと、だまってろってことだよっ」

 それだけ言えば、なんとかなるだろう。
 未夢との間は、そんな感じで。

 「うん」
 それだけ、きけば十分だ。


 境内でもいちばんの、大きな桜。
 その木の下に、ござをひいて。

 宝晶の顔の前には、高く揚げられた、とっくり。
「まぁまぁそれでは一杯、やりましょうやりましょう」
 だれに言うでもなく。
「ルゥさんはまだダメじゃろうが、ほれ、」
 ワンニャーにさかずきを、手わたして。
「あんたは呑めんこと、ないんじゃろ?」
「いや、わたくしは…」
「いやいや、えんりょせんでええ、えんりょせんで」

 小声で未夢が、彷徨に言った。
「呑みたいだけなんじゃ、ないの?」
 無言で彷徨が、首をひねった。

「ところで…彷徨」

 きた…か?

「…ん?」
 さかずきを口にはこびながら、それだけを、返す。
 宝晶は続きを尋ねた。
「ルゥさんとは、どういった知り合いなんじゃ?」

 きた、な。

 彷徨は未夢を、ちら、と見た。

 不思議そうな、顔。
 どうせ、「どーして落ち着いていられるのっ」とでも思ってるんだろう。

 まぁ、いーか。

「あずかってたことがあって、な…」
 ルゥを軽く、指さした。
「こいつがまだ、赤ん坊のときに」

 未夢もそのとなりから、言った。
「そーそー、そーなんです、お義父さんがインドで修行してたとき…」
「インド? はて、インドは20年以上行っとらんが…」

 こういうところが、困ったもんだ。
 どう見ても、ルゥは中学生ぐらいの年格好。
 20歳を越したようには、見えないだろう。

 彷徨がひじで、未夢をこづいた。
 未夢はあわてて、話をさがした。

「そっ、そうだ、ぜんぜん食べるもの、出てないじゃない…」
 おおそうじゃな、と宝晶が言った。
 うまくごまかせた…かな。

「なにか持ってくるよ、何がいい?」
 そう言って彷徨の方を見る。
「そうだな…とりあえず、せんべいかあられか、なんかないか?」
 彷徨の口もとが、すこしほころんだ。

「おせんべいか〜、あったかなぁ」

 だから…そういうのが、わざとらしいんだってば、おまえの場合…。

 視線には、気づいてるらしい。
「ルっ、ルゥくんは?何か、たべたいもの、ない?」
 まんがだったら、こめかみから冷や汗が描かれてるに、ちがいない。

 ルゥはすこしだけ、考えた。
 そして、未夢を見た。

 ルゥの口からは、
「おみそ汁」
 と、だけ、出た。

「おみそ汁ぅ?」
 と彷徨が言えば、
「そんなの、お花見にきーたこと、ないよっ?」
 と未夢がつづけて。

 ルゥはあくまで、笑顔だった。
「未宇がね…おみそ汁だけは、ママのがうまい…って言ってたの、思い出してさ」

「なっ…そんなこといったのっ、あの子ってばっ」
 料理をほめられたことなんて、あんまりない。
 未夢のてっぺんからは、火がふきそうだった。
「おっ、おみそ汁ねっ、」

 はずかしくて、つい早くちになったのが…いけなかったのだろう。

「じ、じゃあワンニャー…」
 呼ばれたほうも、だいぶ酔ってて、
「わたくしは、おだんごぉ〜」
 なんて、のんきに返事する。

 彷徨は頭をかかえた。
 あんのじょう、
「ワン…ニャ…?」
 と宝晶が、けげんな顔。
 じろっ、と、未夢をみた。
 かたまってる。

「そういや、言ってなかったっけな…こっちは王さん、台湾のひと」
 彷徨はさらっと、言ってのけた。
「おぉ、ワンさんか」
 宝晶はさかずきをあおると、ひざの前においた。
「申しおくれましたのぉ、西遠寺宝晶、この寺の住職ですじゃ。気軽に宝晶ちゃ〜んと、呼んでくだされ」
「ワンニャーれすぅ、そのせつはおせわになりましてぇ〜」

 やっぱりだいぶ、まわってるらしい。
 あわててさえぎった。
「おっ、オヤジっ、なんかてきとーに、みつくろってきてくれよっ」
「わしがか?」
「あぁ、オヤジがいちばん、つまみとかある場所、しってそーだし、なっ?」

 宝晶はうんうんと、うなずいた。
「ふむ、おまえたちも…いろいろ、話もあるじゃろうし」
 未夢が立ち上がりかけるのを、
「えぇよ未夢さん、みそ汁ぐらい、わしが持ってくるから」
 と、とめて。

 行ってしまったのを見とどけて、彷徨は深いためいきをついた。
「おまえら、無防備すぎ…」

 苦笑いしながら、ルゥが言った。
「未宇が帰ってきたら、もっとたいへんかもね」

「その…」
 のどが、つっかえた。
 ルゥの顔を見て、一番気になっていたこと…。
 それが、未宇のことだからだ。

「その、未宇だけどな、ルゥ…」

 言いにくい…。

 見かねたのか、未夢がひきとろうとして。

 自分たちの娘が、あんなにせつない顔をして。
 ルゥくんとすごした半年に、どんなことがあったのか。
 それすらきけずに、記憶をなくして…。

 同性だから、気になるのか。
 母親ってのは、そんなものなのか。
 そんなことを、未夢がいつか、言っていた。

 きょとんとした顔のルゥ。
「ルゥくん…よくきいて、ね…」

 未夢はおおきく、息を吸い込んだ。
 はきながら、そっと、話しはじめた。

「未宇は…」


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