花散らしの風がふくとき

(後編)

作:山稜

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 桜の花びらが、まっていた。
 スキップしながら、走って。

 大好物を、食べても食べてもおなかがすいちゃうような、
 おフロの中で、ぽかぁんと浮きっぱなしで、のぼせたりしないような、
 走っても走っても足が疲れてしまわないような、

 けさ、会って、
 いっぺんに、
 そんなしあわせ…取りもどしたけど、

 どうしてこんなこと、
 忘れていられたんだろう…。

 かえったら、どんな顔で、待ってよう?
 にっこり?
 はにかみ?
 けらけら?

 はじけて、とんでしまいそう…。

 ねぇ、うさちゃん、
 あなたはぜんぶ、知ってたの?


 長い石段が、もどかしくて。
 かけあがると、みんなそろってて。

「未宇はね…ルゥくんのことを、」
 ママが何か言おうとしてたみたいだけど、
「ルゥ、もう来てたのっ!」
 かまわずに、わりこんだ。

 パパもママも、おおきな口をあけてた。
 びっくりさせたかな…。

 気にはなったけど、気持ちが先ばしる。

「はやかったじゃない、もっとあちこち、いろいろ見てくるんだとおもってたよっ」
「うん、でもワンニャーを早くパパとママに会わせてあげたかったからね」
「ワンニャーさん?」

 みなれない人が、声をかけた。
「未宇さん、おひさしぶりですっ」
「え?」
「ほら」

 ぽわん、と、けむりのような。
 首から上が、犬のような猫のような、確かに前に見た…。。
「ホ…ホントだ…」
 未宇は体をひきながら、妙になっとくした。

 両親は、なっとくしてはいなかった。
「おっ、おいワンニャーっ!」
「ちょ、ちょっと未宇っ、どーしてルゥくんっ!?」

 考えたり、あわてたりするヒマは、すでになく。
「ほれ」
 という声が、もうそこで。
「うわっ、オヤジっ!」



 まだのこっていたウグイスが、経を読む。



 その余韻をやりすごしてから、宝晶は言った。
「やはり、そうじゃったか」

「よ、よくできてるだろっこのお面っ、ほーらこんなにのびるんだぜっ」
 彷徨がワンニャーの顔を、ひっぱる。
 宝晶は首をふった。
「茶番はもうやめい、彷徨」

 ぽよん、とワンニャーの顔が、もどった。

 持ってきたみそ汁を、宝晶はそっと、ルゥの目の前においた。
「失礼しましたな、ルゥさん…ワンさんとやら、あんたにも失礼なことをした」

 そのまま、顔を動かさなかった。
「台湾の、と言うのはうそじゃろ、彷徨?」

 未宇が小声で、未夢に言う。
「どーなってんのっ」
「おじーちゃんにはだまっとくんだったのよっ」
「どーしてそんなっ」
「どーしてって…彷っ…パパが、そーしろって…」

 そのやりとりを目のすみに、彷徨は父の出かたを待った。
 ほどなく父は、口を開いた。

「ルゥさん、ひとつ、きかせてくださらんか」

「はい」
 ルゥはまっすぐ、宝晶を見た。
 宝晶はじっと、ルゥの目を見た。
「あんた、空の彼方から降りてこられたんじゃな?」

 ルゥはすぅっと、息をすいこんだ。
 口もとを、すこしゆるめた。

「そうです」

 そのひとことを待っていたかのように、宝晶は、ゆっくりうなづいた。
「まちがいない…」

 立ち上がると、息子の名を呼んだ。
 こんどは息子の目に、語りかけた。

「わしは…きょう限り、住職を退く。これからはおまえが、住職をせい」

 彷徨も思わず、立ち上がった。
「なに…言ってんだ、ワケわかんねーことばっか、言ってんじゃ…」
「彷徨…お前がどういうつもりかは知らん、しかしこれはな…大変なことなんじゃぞ」

 だれもが、だまった。

 流れていく雲を見上げて、宝晶は言った。
「わしはな…約束したんじゃ、こういうことがあったら、すぐに知らせると…な」

「でっでもっ、大さわぎになるんじゃ…」
「しかし未夢さん…大恩あるバーケ・ラッタ大僧上からたのまれたんじゃ」
 宝晶のこぶしは、かたく握られた。
「だれがなんと言おうと…こればっかりは、ゆずれん」

「は?」
 彷徨がぽかんと、口をあけた。
「たっ…たのまれたって…なにを…」
「空の彼方から半獣半人のおともをつれた少年が降りてきたら、それは大僧上の兄上、バーケ・ノキュータ法王の生まれかわりじゃから知らせよ…とな」

 目をかがやかせていた。

「ルゥさんはその、生まれかわりなんじゃ…空の彼方から降りてこられたというし、見ぃ、ちゃぁんと半獣半人のおともをつれておられるではないか」

「いや…」
「あれは…」
「その…」

 言うべきか、言わざるべきか。
 ザット・イズ・ザ・クエッション。

 答えを出す前に、宝晶が言った。
「ルゥさん、ワンさん、すぐ帰られるのでなければ、西遠寺を自分の家じゃと思うて、気楽に過ごしてくだされ」
「ありがとうございますぅ〜」
 返事はへべれけだったが、宝晶は満足げだった。

「では善はいそげじゃ、わしはこのことを知らせに、インドへ行く。…あとをたのむぞ、彷徨」
「おっ、おい…」
 彷徨はふぅっと、息をはいた。
「…気をつけて、な」

 未夢は彷徨のすぐそばによった。
「いーの?」
「どーせ言っても聞かねーし、どう言やいーかわかんねーし…かんちがいしてくれてるほうが、マシだ」

 たしかにそれも、一理ある。
 未夢もふぅっと、息をはいた。

「そうじゃ未夢さん、未来さんから連絡があったら、『見つかった』と伝えてくれんかな」
「『見つかった』で、わかります?」
「うむ…ムダじゃろうなと思いながら、さがしてくれるよう、お願いしていたんでな」

 未夢がなるほど、という顔をする。
 彷徨が呆けて、疲れてる。
 宝晶は家のほうへ歩き出した。

「えっ、おじいちゃん、もう行くのっ」
「善は急げと言うでの…未宇もルゥさんに、失礼のないようにな」

 檀家を毎日まわるせいか、年のわりには足がはやい。
 もうひと声をと、その間に、宝晶は建物にすいこまれ。
 出てきたときには、ちいさめのスーツケース。
 あいたほうの手を振ると、山門からきえた。

 父母娘の、ためいきユニゾン。
 観客ふたり、ひとりは居眠り。

「まっ、インド行ってどーとかってんなら、当分かえってこねーだろーし…」
 彷徨が苦笑いした。
「ややこしーことになる前に、こいつら帰っちまうだろーしなっ」

 …そう、だ。

「そーいえばっ、ルゥはいつまでこっちにいられるのっ」
 わたくしもおりますよ〜とよじれた寝言は、だれも聞いてはいなかった。
 ルゥはにっこり、わらった。
「当分、いなきゃならないんだけど…」

 未夢が彷徨の、そでぐちをつかんだ。
「ねぇパパっ、だったらうちで…」
「ああ、オヤジもああ言ってたしな」

「やったっ!」
 ルゥのうでに、おもわず、抱きついた。

 彷徨が口を、ゆがめて、きいた。
「なにか、こっちであるのか?」
 ルゥがひきつり気味に、こたえた。
「う…うん、仕事」
「仕事?」
「おっと、報告しとかなきゃ」

 携帯電話のようなものをひらく。
 それに向かって、「通信」と言うと、ピロっと軽い音が鳴った。

「着任報告、します」

 機械的な声が、かえってくる。
ルゥ警部補、着任を確認しました
「えっ?」
 ルゥの眉が、とびはねた。

「まちがいじゃないの?ぼくは巡査長だけど」
いえ、辞令が出ております。ご確認ください
「そう…ありがとう。ルゥより終わり」

 ボタンをいくつか、押して。

 ケータイみたいに見えるけど。
「それって、電話みたいなもの?」
「ん…そうだね、音声と画像と…メールもできるけど」
「あはっ、それじゃまるっきりケータイといっしょだねっ」
「そーなの?」

 画面には、記号がならんでいた。

「これって…メール?」
「そうだよ」

 だまって視線が、右へ左へ。
 画面から、はなれない。
 じれったくなって、きいてみた。
「なんて書いてあるの?」

 ふぅっ、と、大きな吐息。
「ルゥキフェア・アーケンジ、本日づけで警部補とし、深宇宙探査本部特務部隊第9班管理官を命ずる…って」

「へー、おまえ、警察かなんかに入ったのか」
「うん…宇宙警備局に、ね」
 男どうし、ほこらしげ。

「えらいわねぇっ、見た目、未宇とたいして変わらないのに」
「なによママっ、どーゆー意味っ」
 女どうし、いたずらな。

 ルゥが、こっち、向いた。
「宇宙警備局につとめたら、こっちにだってこれるかなって思ってさ」

 その、笑顔。
 やっぱり、心臓、きたえとかなきゃ…。

 未宇が高鳴らせているすきに、未夢がそわそわ、好奇心を投げる。
「どんな仕事なの?」

「こことの間の時空のひずみをコントロールして、トンネルを作ろうって話があって…その、現地調査なんだ」
「トンネルか…それができれば、それこそ地球とオット星を自由に行ったり来たりできるってわけか」

「へーっ、すっごーい!」
 未宇は無邪気に感心していたが、
「ただ…」
 ルゥのつぶやきを、彷徨は聞きのがさなかった。
「ん?」
「…ううん」

 ルゥはわらった。
 わらって…ごまかした?
 どうしてそんなふうに、感じたんだろう。
 …あんなに屈託のない、笑顔なのに。
 なんとなく未宇は、ふしぎに思った。

 ひざの前から、ルゥはおわんを取りあげた。
「せっかくママのおみそ汁なんだから、冷めないうちにもらうね」

「えっ、それひょっとして、けさの…」
 未宇が確かめようとして。
 ルゥはもう口に、運んでて。
 眉の根をぎゅっと、よせていた。

「…これ、ホントにママのなの?」
 未宇は右手を、顔にあてた。

 彷徨がふぅっと、ため息をついた。
「だから言っただろっ、ダシなかったら味がなくて食えねーって」
「わかったわよっ、作り直してきますっ!」
 言葉とちがって、未夢の目は、ほほえんでた。


 風がひと巻き、ひゅう。
 桜の花びら、さぁっ。
 あいたお椀に、5枚がのって、
 笑顔という名の、花をさかせた。


 そんなわけで、やっぱり前後編じゃおさまりませんでしたね(^^;
 で…聡明な読者の皆さまはお気づきかもしれませんが…ハイ、まだこの話、続くんです(汗)

 終わりは、その次の始まり。
 メルマガでいつか、そんなことを書きましたっけ。

 新だぁ最終話直後からの、続き。次のシリーズ「だぁ!だぁ!だぁ!ディープ・スペース・ナイン」(嘘)のパイロット版のつもりだったので、書くのは時間がかかっちゃいましたね。下手なこと書いちゃうと、あとあとにも影響しちゃうし。

 実は、旧「山稜でございます」15000Hitの神山楓華しゃんのリクエスト「お花見」がお題なのでした。公開時期、おもいっきりはずれてるケド(大汗)
 お花見といえば、だぁ・新だぁのラストは桜吹雪…というわけで、新だぁラストからの続きのお話。ワンニャーも再会させてあげないと、かわいそうだもんね。
 山稜的・超!解釈で、SF用語とか出てきてます。だいたいは某SFにでてくる用語です。わかんなくてもだいじょうぶです(笑) ただ、ルゥくんの本名…つけちゃったけど、みなさんに受け入れてもらえるかどうかがチト怖い(^^;

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