まい・おうん・さんたくろーす

#6

作:山稜

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 男がふたり、怪しげに歩いていた。
 体じゅう、生傷だらけになりながら。

「まったくヒドイ目にあったぜ…」
 ひょろ高いほうが、つぶやいた。

 小柄なほうが、顔をしかめた。
「もう帰りましょーよ、アニキっ」
「ばかやろう、高い入場料払って、手ぶらでかえれるかっ…」
 一発ドカン、と、どなってしまうと、ひょろ高いほうがあたりを見回した。
「何かネタになりそーなコトは…」

 小柄なほうが、声をもらした。
「あれ…」
 色めきたって、ひょろ高いほう。
「どーしたっ、ヤスっ」
「あのコ、かわいーなぁっ」

 頭のてっぺんから、げんこつ一発。
「なにみてやがんだっ、ネタを探せっ、ネタ…」
 なぐってしまってから、ヤスの視点の人物に気づく。
「ん?あれは…キョウコじゃねーか?」

 キョウコと言えば、10年にひとりといわれる超アイドル。
 母も超アイドルといわれたが、その上を行く人気。
 そのコがこんな、クリスマスの日に、遊園地でオトコと一緒に歩いてる…。
 「超アイドルの休日デート」
 次の記事のタイトルは、決まった。

「まっさかぁ、こんな日にこんなトコに、あんな人気者、いねーでしょう…」
 ヤスがあきれたように手をふる。
「他人のそら似じゃねーですかぁ?」

「いや、キョウコは前にも、家出まがいのコトしてるらしーしなぁ…現場をとつぜん飛び出して、どっかのヤローのバイクの後ろに乗っかって逃げたってうわさもある…事務所は必死に、隠してるけどな…」

 光ヶ丘にせよ、それだけ世間が注目している。
 そういう人物のスクープは、高く売れる。
 だから…。

「それによ…よしんばアレがキョウコでなくても、べつにかまやしねぇんだよ」
「え?どーゆーことです、アニキっ」
「写真さえ撮っちまえば、キョウコの密会って記事、でっちあげりゃいーんだよっ」

 事実、キョウコは問題行動が多い。
 多少、大げさに書いたって、みんな納得する。
 大衆は、刺激的な記事を求めている…そう言ったのは、売り込み先の編集長。

 売れればいい。
 それだけだ。

 ヤスが気弱な声をかけてくる。
「やめましょーよそんな、あくどいこと…」
「やめてどーやってお前の借金、返すんだよっ」
「路上販売でも…」
 小さくなって、声まで消え入りそうだ。
 それでも気に入らないのには、変わりはない。
「なに売る気なんだ、お前はよぉっ」
「発明でも…して…」

 なにバカなことを言っちゃってるかなぁっ、こいつは。
 テレビのキャラクターじゃないが、頭の中にそんなセリフがよぎった。

「できりゃこんなことやるかっ、バカヤロー」
 ヤスはちぢこまるしか、なかった。
「すんません…」

 それを聞いたのか、聞かなかったのか。
 男はスペアのカメラと、望遠レンズを手にとった。



 彷徨のそでを、未夢は引いた。
 小声で呼びかけた。
「彷徨…っ」

 ん、とも声に出さず、彷徨は未夢のほうを見た。

「なんだろ、あれ…」
 そっと植え込みの方へ、ゆびを指す。
 きらっ、と光る、なにかが出てる。

 彷徨はそのまわりに目を、こらした。
「…カメラ?」
 ときおり、植え込みがゆれてるのが、未夢にもわかった。
 レンズが狙ってる先にいるのは…三太。

「なんで三太が、ねらわれてんだ…?」
「とにかく、あやしーよ、あれ…っ」

 彷徨がだまった。
 彷徨のことだから、いろいろ考えてるのは間違いない。
 口をはさむより、待っていたほうがいい。

 待っているのは、ほんのすこしの間でよかった。

「よし…おまえは、ここでじっとしてろ」
 そういうと、きびすを返す。

 少し不安になって、きく。
「どこいくのっ」
「警備室か案内所か、とにかく知らせてくる」
「だったらわたしがっ」

 彷徨が肩を、ぽんっとたたいた。
「おまえは方向オンチだから、どこに行けばいーか、とちゅうでわかんなくなるだろ…」

 うっ…。
 それを言われると、言い返すことばがない。

「じっとしてろよ…なにかあったら大声出して、ひと呼ぶんだぞ、いーな」
 小声で言うと、彷徨はそっと走っていった。

 でも…。
 わかってて、だまって見てるわけに、いかないよね…。

 ちいさく、うなづく。
 カメラが向いてるほうに向かって、知らん顔して歩く。

 このへん…で、いーかなっ…。

 じっと立ってるわけにもいかない。
 まわりを見たり、園内のパンフレットを見たり。
 植え込みの方をよく見ると、がさがさと小さな動きがわかる。
 たぶん…うまく、じゃま、できてる。

 みぎ、ひだり。
 じゃまばっかりを考えてると、自然に、というのをつい、わすれる。
 動きがどうやら目だったらしい。
 三太が大きな声をあげた。
「あれっ、未夢ちゃん」

 あちゃ〜、みつかっちゃったよ…っ。
 ごまかさないと、あとつけてきたの、ばれちゃうし…。
「あっ、あははっ、こんなところで会うなんて、きっ、奇遇だねっ」
 なんとか言えたのは、そんないかにも怪しげなセリフ。

 三太がべつに気にとめないのが、幸いだった。
「彷徨はぁっ?」
「ちょ、ちょっと、…トっ、トイレっ」
「ふーん…」

 せっかく、いー感じのふたりなのに…。
 ねらわれてるっていうの、気づかれたら、デートどころじゃないもんねっ。
 なんとか、ごまかさないと…。

 心の中で、つぶやいた。
 不意に三太のとなりのコが、声を上げた。

「ねらわれてる?」

 えっ…。
 わたし、いま、口に出してたっけ?

「ねぇ、いま、そう言わなかった?」
 まじまじと、のぞきこんでくる。

 うわ…、美人…っ。
 モデルさんにでも、なれそうな…。
 実際、そうなのかな。

 女のコが、うつむいた。
 帽子を直して、顔をかくすように。

 三太が横から、口を出す。
「え?だれか、そんなこと言ったかぁっ?」

 首をぶんぶん横にふって、「言ってない」ってことばの代わり。
 女のコが首をかしげても、言ってないのには、まちがいはない。

 つまった空気をかき分けるように、風がひゅうっと短く、ふいた。
 帽子を、未夢の足もとに運んで。
 持ち主と、足もとの主。
 ふたりが手を、帽子にのばした。

 指が、触れる―…。
 その先に、電気が走る。

≪帰りたくない、ずっとここにいたい≫
   ≪よくわからないけど、気になるよ≫
≪追ってきたの?≫
   ≪ねらわれてるの?≫
≪見られてるの?≫
   ≪たすけてあげなきゃ≫
≪サンタさんと、もっといっしょに≫
   ≪彷徨、はやく…≫

 手をはなすまでの、ほんの、一瞬。
 ことばにならない思いが、行き来した…。

 えっ、と声を上げて、ふたりは手をひっこめた。
「なに、いまの…」
 しゃがんだまま、お互いの顔を見つめて。

「レイコちゃん?未夢ちゃん?」
 三太の声で、ようやく気づく。
「どーしたんだよぉふたりとも、ぼけーっとしちゃってさぁっ」
 レイコはまだ、ぼーぜんとしてる。
「いや…よく、わかんないんだけど…」

 植え込みの方、動く気配。
 そうだった、忘れてた。

「とっ、とにかく、行ったほうがっ」
 あわててレイコに、そう言った。
「あっ」
 やっとレイコが、われにかえった。
「うんっ、ありがとっ」

「え?なに、どーゆーことぉ?」
 三太はあいかわらず、ようすがよくわかってない。
「三太くん、このひと連れて、はやくにげてっ!」
「え?にげるって、なに?」
「いーからはやくっ!」

 三太はレイコを見た。
 レイコがちいさく、うなずいた。
 三太がレイコの手を取った。
 未夢に向かって、1回しっかりうなずいて。

 手を引いて、走っていく。
 レイコの様子を、気づかいながら。
 三太らしい、と未夢は思った。


 植え込みの中、男がふたり。
 ひょろ高いほうが、未夢をにらんで。
「あっ、ちきしょう、あのアマ…」

 せっかくのネタを、ふいにされた。
 何モンか知らねーが、文句でも言ってやらにゃあ、気がすまない。

 いきおいづいて、立ち上がる。
 小柄なほうが、あわてて止める。
「アニキっ、やばいっすよ、アタマ出しちゃっ」

 もう、おそかった。
 男のくびは植え込みから出て、まわりの視線をあびている。

 未夢は物音に気づいた。
 そっちを見たら、植え込みから、くび。
 …目が、合った。

「こいつ…」
 にらみつけられてる。
 にげたほうが、いい…のかな…。
 どうしよう…。

 こわいよ…。
 彷徨…っ、彷徨っ!

「あそこですっ、ヘンなやつはっ」
 彷徨の声。
 警備員をつれて、走ってきてる。

「そんなところで、なにをしてるんだっ!?」
 警備員のひとりが、男に向かってかけよった。
「やべっ」
 男ふたりが、植え込みから出てにげていく。
「こらぁっ、まてぇっ」
 無線で応援を呼びながら、警備員が追っていく。

 未夢は彷徨を、じっと見た。
「彷徨…っ」
 いますぐにでも、抱きつきたかった。
 …のに、かえってきたのは、
「バカ」
 の、ひとこと。

「なによっ、こわい目にあったのにっ」
「じっとしてろって、いっただろっ」
「だってっ」
 彷徨はあさっての方へ、つぶやいた。
「お前がひどい目にあったら、どーすんだ…っ」

 彷徨…。
 そこまで、考えて…。

 やっぱりいますぐにでも、抱きつきたかった。

 …のに、残った警備員が許してくれなかった。
「事情をくわしく、うかがいたいんで、よろしいですか?」
「あ、はいっ」

 彷徨が頭を、ぽんっ、となでた。
「いくぞ」
「…うんっ」
 未夢は彷徨にそっと、よりそった。


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