作:山稜
男がふたり、怪しげに歩いていた。
体じゅう、生傷だらけになりながら。
「まったくヒドイ目にあったぜ…」
ひょろ高いほうが、つぶやいた。
小柄なほうが、顔をしかめた。
「もう帰りましょーよ、アニキっ」
「ばかやろう、高い入場料払って、手ぶらでかえれるかっ…」
一発ドカン、と、どなってしまうと、ひょろ高いほうがあたりを見回した。
「何かネタになりそーなコトは…」
小柄なほうが、声をもらした。
「あれ…」
色めきたって、ひょろ高いほう。
「どーしたっ、ヤスっ」
「あのコ、かわいーなぁっ」
頭のてっぺんから、げんこつ一発。
「なにみてやがんだっ、ネタを探せっ、ネタ…」
なぐってしまってから、ヤスの視点の人物に気づく。
「ん?あれは…キョウコじゃねーか?」
キョウコと言えば、10年にひとりといわれる超アイドル。
母も超アイドルといわれたが、その上を行く人気。
そのコがこんな、クリスマスの日に、遊園地でオトコと一緒に歩いてる…。
「超アイドルの休日デート」
次の記事のタイトルは、決まった。
「まっさかぁ、こんな日にこんなトコに、あんな人気者、いねーでしょう…」
ヤスがあきれたように手をふる。
「他人のそら似じゃねーですかぁ?」
「いや、キョウコは前にも、家出まがいのコトしてるらしーしなぁ…現場をとつぜん飛び出して、どっかのヤローのバイクの後ろに乗っかって逃げたってうわさもある…事務所は必死に、隠してるけどな…」
光ヶ丘にせよ、それだけ世間が注目している。
そういう人物のスクープは、高く売れる。
だから…。
「それによ…よしんばアレがキョウコでなくても、べつにかまやしねぇんだよ」
「え?どーゆーことです、アニキっ」
「写真さえ撮っちまえば、キョウコの密会って記事、でっちあげりゃいーんだよっ」
事実、キョウコは問題行動が多い。
多少、大げさに書いたって、みんな納得する。
大衆は、刺激的な記事を求めている…そう言ったのは、売り込み先の編集長。
売れればいい。
それだけだ。
ヤスが気弱な声をかけてくる。
「やめましょーよそんな、あくどいこと…」
「やめてどーやってお前の借金、返すんだよっ」
「路上販売でも…」
小さくなって、声まで消え入りそうだ。
それでも気に入らないのには、変わりはない。
「なに売る気なんだ、お前はよぉっ」
「発明でも…して…」
なにバカなことを言っちゃってるかなぁっ、こいつは。
テレビのキャラクターじゃないが、頭の中にそんなセリフがよぎった。
「できりゃこんなことやるかっ、バカヤロー」
ヤスはちぢこまるしか、なかった。
「すんません…」
それを聞いたのか、聞かなかったのか。
男はスペアのカメラと、望遠レンズを手にとった。
◇
彷徨のそでを、未夢は引いた。
小声で呼びかけた。
「彷徨…っ」
ん、とも声に出さず、彷徨は未夢のほうを見た。
「なんだろ、あれ…」
そっと植え込みの方へ、ゆびを指す。
きらっ、と光る、なにかが出てる。
彷徨はそのまわりに目を、こらした。
「…カメラ?」
ときおり、植え込みがゆれてるのが、未夢にもわかった。
レンズが狙ってる先にいるのは…三太。
「なんで三太が、ねらわれてんだ…?」
「とにかく、あやしーよ、あれ…っ」
彷徨がだまった。
彷徨のことだから、いろいろ考えてるのは間違いない。
口をはさむより、待っていたほうがいい。
待っているのは、ほんのすこしの間でよかった。
「よし…おまえは、ここでじっとしてろ」
そういうと、きびすを返す。
少し不安になって、きく。
「どこいくのっ」
「警備室か案内所か、とにかく知らせてくる」
「だったらわたしがっ」
彷徨が肩を、ぽんっとたたいた。
「おまえは方向オンチだから、どこに行けばいーか、とちゅうでわかんなくなるだろ…」
うっ…。
それを言われると、言い返すことばがない。
「じっとしてろよ…なにかあったら大声出して、ひと呼ぶんだぞ、いーな」
小声で言うと、彷徨はそっと走っていった。
でも…。
わかってて、だまって見てるわけに、いかないよね…。
ちいさく、うなづく。
カメラが向いてるほうに向かって、知らん顔して歩く。
このへん…で、いーかなっ…。
じっと立ってるわけにもいかない。
まわりを見たり、園内のパンフレットを見たり。
植え込みの方をよく見ると、がさがさと小さな動きがわかる。
たぶん…うまく、じゃま、できてる。
みぎ、ひだり。
じゃまばっかりを考えてると、自然に、というのをつい、わすれる。
動きがどうやら目だったらしい。
三太が大きな声をあげた。
「あれっ、未夢ちゃん」
あちゃ〜、みつかっちゃったよ…っ。
ごまかさないと、あとつけてきたの、ばれちゃうし…。
「あっ、あははっ、こんなところで会うなんて、きっ、奇遇だねっ」
なんとか言えたのは、そんないかにも怪しげなセリフ。
三太がべつに気にとめないのが、幸いだった。
「彷徨はぁっ?」
「ちょ、ちょっと、…トっ、トイレっ」
「ふーん…」
せっかく、いー感じのふたりなのに…。
ねらわれてるっていうの、気づかれたら、デートどころじゃないもんねっ。
なんとか、ごまかさないと…。
心の中で、つぶやいた。
不意に三太のとなりのコが、声を上げた。
「ねらわれてる?」
えっ…。
わたし、いま、口に出してたっけ?
「ねぇ、いま、そう言わなかった?」
まじまじと、のぞきこんでくる。
うわ…、美人…っ。
モデルさんにでも、なれそうな…。
実際、そうなのかな。
女のコが、うつむいた。
帽子を直して、顔をかくすように。
三太が横から、口を出す。
「え?だれか、そんなこと言ったかぁっ?」
首をぶんぶん横にふって、「言ってない」ってことばの代わり。
女のコが首をかしげても、言ってないのには、まちがいはない。
つまった空気をかき分けるように、風がひゅうっと短く、ふいた。
帽子を、未夢の足もとに運んで。
持ち主と、足もとの主。
ふたりが手を、帽子にのばした。
指が、触れる―…。
その先に、電気が走る。
≪帰りたくない、ずっとここにいたい≫
≪よくわからないけど、気になるよ≫
≪追ってきたの?≫
≪ねらわれてるの?≫
≪見られてるの?≫
≪たすけてあげなきゃ≫
≪サンタさんと、もっといっしょに≫
≪彷徨、はやく…≫
手をはなすまでの、ほんの、一瞬。
ことばにならない思いが、行き来した…。
えっ、と声を上げて、ふたりは手をひっこめた。
「なに、いまの…」
しゃがんだまま、お互いの顔を見つめて。
「レイコちゃん?未夢ちゃん?」
三太の声で、ようやく気づく。
「どーしたんだよぉふたりとも、ぼけーっとしちゃってさぁっ」
レイコはまだ、ぼーぜんとしてる。
「いや…よく、わかんないんだけど…」
植え込みの方、動く気配。
そうだった、忘れてた。
「とっ、とにかく、行ったほうがっ」
あわててレイコに、そう言った。
「あっ」
やっとレイコが、われにかえった。
「うんっ、ありがとっ」
「え?なに、どーゆーことぉ?」
三太はあいかわらず、ようすがよくわかってない。
「三太くん、このひと連れて、はやくにげてっ!」
「え?にげるって、なに?」
「いーからはやくっ!」
三太はレイコを見た。
レイコがちいさく、うなずいた。
三太がレイコの手を取った。
未夢に向かって、1回しっかりうなずいて。
手を引いて、走っていく。
レイコの様子を、気づかいながら。
三太らしい、と未夢は思った。
植え込みの中、男がふたり。
ひょろ高いほうが、未夢をにらんで。
「あっ、ちきしょう、あのアマ…」
せっかくのネタを、ふいにされた。
何モンか知らねーが、文句でも言ってやらにゃあ、気がすまない。
いきおいづいて、立ち上がる。
小柄なほうが、あわてて止める。
「アニキっ、やばいっすよ、アタマ出しちゃっ」
もう、おそかった。
男のくびは植え込みから出て、まわりの視線をあびている。
未夢は物音に気づいた。
そっちを見たら、植え込みから、くび。
…目が、合った。
「こいつ…」
にらみつけられてる。
にげたほうが、いい…のかな…。
どうしよう…。
こわいよ…。
彷徨…っ、彷徨っ!
「あそこですっ、ヘンなやつはっ」
彷徨の声。
警備員をつれて、走ってきてる。
「そんなところで、なにをしてるんだっ!?」
警備員のひとりが、男に向かってかけよった。
「やべっ」
男ふたりが、植え込みから出てにげていく。
「こらぁっ、まてぇっ」
無線で応援を呼びながら、警備員が追っていく。
未夢は彷徨を、じっと見た。
「彷徨…っ」
いますぐにでも、抱きつきたかった。
…のに、かえってきたのは、
「バカ」
の、ひとこと。
「なによっ、こわい目にあったのにっ」
「じっとしてろって、いっただろっ」
「だってっ」
彷徨はあさっての方へ、つぶやいた。
「お前がひどい目にあったら、どーすんだ…っ」
彷徨…。
そこまで、考えて…。
やっぱりいますぐにでも、抱きつきたかった。
…のに、残った警備員が許してくれなかった。
「事情をくわしく、うかがいたいんで、よろしいですか?」
「あ、はいっ」
彷徨が頭を、ぽんっ、となでた。
「いくぞ」
「…うんっ」
未夢は彷徨にそっと、よりそった。