まい・おうん・さんたくろーす

#7

作:山稜

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「ふー、ここなら、だいじょうぶだろ…」
 観覧車なら、じゃまは入らない。
 やっとひと息、落ち着ける。

 向かいの席で、レイコがうつむいた。
「ごめんね、サンタさん…」
 何のことかが、わからない。
「なにが?」
「…あたしといっしょだと、メーワクかけちゃって…」

 三太は赤く染まっていく山並みをながめて、言った。
「こんなこと、きいていーのかどーか、わかんねーけど…」
「…なに?」
「レイコちゃんってさぁ、ひょっとして…」

 レイコの顔色が、かわった。
 耳をふさごうと、手を上げた。

 三太の口のほうが、それより早かった。

「どっかのお嬢さまなの?」

 レイコの口は、ぱくぱくと音を失っていた。
「ごめん、きいちゃいけなかったなぁっ」
 あわてて、ごまかす。
 レイコは苦笑いをしてた。
「そ、そんないいもんじゃ、ない、ない…っ」

 それにしても、追われてるとか、ねらわれてるとか、ただごとじゃない。
「とにかく…なんか、あったの?」
 レイコの顔から、笑みが消えた。
「おれじゃ、たよりになんねーかもしれないけどさぁ…聞くよ、悩みごと」
 …できたら、なんとかわらってほしい。

 レイコが重い口を、開いた。
「家、とびだしてきちゃったんだ…ママと、けんかして」

 家出…か。
 だまって話を、聞く。
 レイコはぽつぽつ、話しはじめた。

「ママはあたしに、自分のあとをついでほしいらしいんだけど…あたしまだ、そんなこと考える余裕なんてなくて…仕事だって、ぜんぜん休みなんかなくて…」
「家の仕事?」
「ん…そんなような、もんね…」

 起業家のお嬢さま、か…。
 そりゃいろいろあるだろうなぁ…。

「高校、通いながらだから、しんどくて…時間がないから、クラスの友だちとも遊びにいけなくて…誘われてもことわってばかりで」

 レイコも山並みのほうを、見るでもなく向いた。

「そしたらこないだ、誰かがあたしのこと『お高くとまってる』って言ってるの、きいちゃって…」
 口もとを手でおおう。
 ぐすん、と、すすった。
 ひくっ、と1回すいこんで、大きく息をはいて。

「来年、大学へ行くの、決まってるんだけど…やめようかと思って、ママと話してたら、けんかになっちゃって…」
 三太はレイコの顔を見た。
 ためた涙を、のみこんでいた。

「大学、行くの、いやなの?」
 ありきたりのことしか、いえないのがくやしい。

「行くことじたいは、いやじゃないんだけど…」
 また、うつむいた。
「行っても意味、ないんじゃないかなぁって…ちゃんといけるかどうか、わかんないし…」

「行くだけ、行ってみれば?」

 レイコが顔を上げた。
 見てる。
 先を聞きたそうに、じっと。

「おれ、陸上やってんだけどさぁ」
 三太は頭をひっかいた。
「…中学のとき、あんまりなんにも考えないで、人数あわせのためだけに陸上部入って、そのままずるずる…たいした成績もあるわけじゃねーし、やっててもな〜んにも意味ねーから、何回もやめようと思った」

 窓の手すりにひじをかける。
 ほお杖をついて、あのときのことを思い出す。

「けどさぁ、友だちに言われたんだ…やめることに意味があるんなら、やめろ…って」
「やめることの…意味?」
 レイコが不思議そうに、聞いた。

「やってることに意味がないと思っても、そのうち意味がわかるかも知れねーし…それ以上に意味のあること見つけたときに、やめたらいーんじゃねーか…って、さ」
 ほお杖をついた手を、頭にまわしてひっかいて。
「まだそれが見つかんねーから、大学入っても、しょーこりもなくやってるけどさぁっ」

 レイコがつぶやく。
「それ以上に、意味のあること…」
 三太がうなづく。
「そー」

 三太は笑った。
「だからとりあえず、行くだけ行ってみりゃいーんじゃないかぁ?」
 レイコも笑った。
「行ってから、意味がわかるかもしれないし?」
「そーそー、とりあえず、深く考えないでさぁっ」
「とりあえず、深く考えない…かぁ…」
「そーだよ」

 レイコはバッグから、ハンカチを出した。
 メガネを外して、目もとをぬぐった。
 そのまま、笑った。

「うん、そうねっ、やってみるわ…」

 ほおに夕日がさしこんだ。

 このコ…ホントに…かわいいよなぁ…。
 このまま、時間が止まってしまえば…。

「ありがと、サンタさんっ」
 声をかけられて、自分の考えが読まれたような気がして。
「いーやぁ」
 というのがせいいっぱい。

 なにか、ないかと探してみて。
 夕日をうつす、山並みを。
「ほら、あれ、きれいだぜっ」
 あたりまえのことしか、いえない。

「ほんと…」
 それでもレイコは、うれしそうだった。

 こっちを見て、にっこり笑った。
 なにを言うでもなく。
 笑いかえすと、笑みをいっそう深くして、レイコはまた、山並みをながめた。



 観覧車を出て、しばらく歩く。
 おりるときに引いた手を、そのままにして。

「また、見れるといーな…っ」
 つぶやくと、レイコがうなづいていた。
「また、見に来たい…な…」

 レイコがじっと、見つめてきてる。
 気づいて向くと、ひと息ためてた。
 それを思い切り、はくように言った。

「ね…ねぇ…ケータイとか…」
「ん?あ、いーよ」

 三太がポケットに手を伸ばしたときだった。
 うしろから、大きな声がした。
「みつけたっ!」

「きゃっ!」
 レイコは小さく悲鳴をあげた。
 30ぐらいの女性が、肩をつかんでる。

 ふりはらおうとしたとき、その女性はどなりはじめた。

「仕事ほっぽりだして、何日もほっつき歩いて、なにしてるんですかっ!」
「ナマコちゃん!」
「ナマコじゃありません、真名古ですっ!」

 真名古は三太に、申し訳なさそうに言った。
「すいません、ちょっとこのひと、急いで連れて行かないといけないんで…」
 拍子抜けしてしまって、なにもいえない。

 レイコはまだ、反抗している。
「いやよ、行かないからっ」
「なに言ってるんですかっ、あなたのことをたくさんの人が待ってんですよっ!」
「もういや、仕事なんてやめるもんっ!」
「お嬢!」
「お嬢って呼ぶの、やめて!あたしには、キョ…」

 レイコは三太の顔を見て、言い直した。
「ちゃんと、名前があるんだから!」

「あのさぁ…」
 そっとレイコに、話をする。
「おれ、事情、よくわかんねーし…それにクチ出しできることじゃないけどさぁ…」
 でもこのままじゃ、いけないだろうし。
「とりあえず、やめる意味が見つかるまで、がんばってみたら?」

「やめる…意味?」
 こわばった顔を、レイコはゆるめた。
「とりあえず…深く、考えない?」

 うなずいた。
 うなずいていた。

 真名古も、手をはなした。
 だまって、きいていた。

 レイコは大きく、うなづいた。
 悲しそうだった顔の、口もとがゆるんだ。
 左手に残った夕やけを見て、目を閉じた。

 ぽつりと、言った。
「また…会えるかな?」
 はっきり、言った。
「ああ、きっと会えるさ」

 レイコが右手を、のばしてきた。
「きょうはありがと…」
 その手をしっかり、にぎった。
「じゃ…またっ」

 真名古がレイコの先に行く。
 レイコは何度も手をふった。
 名残おしげに、ふりかえって。

 姿が見えなくなってからしか、思い出さなかった。
「あ…ケータイの番号…」



 西遠寺の、茶の間。
 彷徨の前に、三太が置物になっていた。

「はぁ…っ」

 彷徨が見かねて、声をかける。
「三太…なんでわざわざウチに来て、ため息ついてんだよ…」
「だってさぁ…ひとりでいると、レイコちゃんのことばっか、考えちまって…」

 本を読みながら、きいてみる。
「あのコとは、うまくやってんのか?」
「いーや…連絡とる手段が、なくてさぁ…」
 心ココにあらず、という返事。

 あきれたもんだ。
 一日中、一緒にいたんじゃなかったのか?
 三太らしくもない。

 彷徨もため息が出た。
「未夢でもいりゃあなぁ…」

 話題に困って、三太の荷物。
「で…その袋、なんなんだ…?」
「あぁ、これ…」
 三太は袋を開けた。
「古本屋で見つけた、キョウコの写真集…絶版になったやつ…」

 話の流れが、よくわからない。
「おまえ、キョウコのファンだなんて、いままで言ってたか?」
「いーや…なんか、キョウコって…レイコちゃんに似てるから…」

 それだけかよ…と、言えた雰囲気じゃ、ないのがつらい。

 どうしたものか迷っていると、がばっ、と三太が頭を上げた。
「そういや、いまごろ『今年の重大ニュース』やってんじゃなかったかぁっ!?」
「ん…そんなの、何がおもしろいんだよ」
「出るんだよっ」

 ちゃぶ台の上のリモコンを、三太が奪い取る。
 テレビをつけると、キョウコが出てた。

「それで、キョウコちゃんの今年の重大ニュースは?」
「やっぱり、デビューしたのが一番のニュースですねっ」

「あぁ…かわいーよなぁっ、」
 三太がつぶやくのには、慣れてる。
 …つもりだった。
 そのあとを、聞くまでは。
「レイコちゃん…」

「これはキョウコだろ…っ」
 今回に限っては、手のつけようがない。
 とりあえず、ほっとくしかない、か。

 まだ、キョウコが話していた。
 下世話なタレントが、にやにやと尋ねて。
「他に…たとえば、恋人ができた、とか?」
 にっこりと、キョウコが笑った。
「さすがにそれはありませんけど…生まれてはじめて、男のひととデートしましたね」

 超アイドルの、衝撃発言。
 出演者が色めきたった。

「ど…どんなひとなんですか、相手の方はっ!?」
「サンタさんです」
「サンタさんっ…って、サンタクロースですか?」
「はいっ!」

 なんだよ〜とか、そ〜ゆ〜のかよ〜とか、出演者からくちぐちに、声。
 たずねたタレントも、笑って一応、話を続ける。

「どこで?」
「遊園地ですっ」
「じゃあ、クリスマスプレゼント、何かもらった?」
「これ…」

 取り出したのは、クマのキーホルダー。
 くちぐちに、かわい〜ね〜とか、苦笑い混じり。

 横目で見ていた彷徨が、つぶやいた。
「まー、こーゆーとこ、芸能人ってうまいよな」

 彷徨は、くびをかしげた。
 三太の返事が、ない。

 玄関先から、ただいま、と声。
 やっと帰ってきたか。

「あれっ、三太くん来てたんだ?」

 ちゃぶ台の写真集。
 テレビにうつる、超アイドル。

 未夢はちょっと、むくれてみた。
「なによっ、ふたりしてキョウコにでれでれしてたのっ」
「おれじゃねーって…」
 さらっと彷徨はながしてしまう。
 ちょっとからかってやろうと思ったのに、おもしろくない。

 こだわってても、しょーがない。
 三太くんがファンなら、あまりごちゃごちゃ言うのもなんだし。

 とりあえず、当りさわりのないことを言っておく。
「まーすごいよねぇっ、松戸礼子と親子2代で超アイドルだもんねぇ…」

 三太はボーっとしたまま、つぶやいた。
「松戸…レイコ…」

「三太くん?」
 声をかけても、うわの空。
 彷徨も心配そうに見てる。

 CMが流れはじめて、2本、3本。
 三太が急に、立ち上がった。
「おれ、帰るわ」

 どうこたえたものか、わからない。
「えっ、あ…うん」
「またな彷徨っ」
 彷徨もなにやら、こまった感じ。
「ああ…っ」

 三太はふらりと、茶の間から出た。
 どこを見てるかわからなそうな、そんな目つきと足どりで。

 テレビはまだ、キョウコをうつしていた。



 日暮れは早い。
 夕やけが、あの日のように。

 買ってきたキョウコの写真集。
 表紙のほおに、夕日がはえて。

「レイコ…ちゃん…」

 彼女がだれでも、関係ない。
 あのときの気持ちは、忘れられない。

≪また…会えるかな?≫

 きっと、会えるよな…きっと…。

 三太はバイクのエンジンに、火を入れた。


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