作:山稜
手にとるでもなく、彷徨がじっと見てる。
「これはいーからねっ、買いかえないんだからねっ」
先回りして、けん制しておく。
正直に言えば、未夢こそ彷徨に、何か買いたかった。
きょうは彷徨の誕生日。
なのに、プレゼントが何もない。
時間がなくて、買えなくて。
何か彷徨の気に入りそうなもの、ないかな。
探していると、
「こんなの、どーだ」
とか、
「ふーん…ちょっと、はめてみるか」
とか、彷徨のほうが探すの、じょうずで。
「わたしより、彷徨っ、なんかないのっ?」
思い切って聞いてみても、
「べつに」
ひとことで、おわり。
これじゃ、なんにも…。
彷徨が商品棚を見ながら、そっと言った。
「べつに、無理してなにか、買わなくっても、いーぞ…っ」
「え…っ」
目のはしっこから、視線が飛んでくる。
「おまえ…おれの誕生日にプレゼントが間にあわなくて、あせってんだろ」
どきっ。
「どーせおまえのことだから、時間なくて用意しそこねた…とか、そんなんだろ」
頭の上から星型がささってきそうなくらい、図星…。
「なっ…なんでっ?どーしてわかったのっ?」
あわてて聞いても、すずしい顔。
着ているセーターの胸元を、彷徨は自分でつまんで言った。
「おまえがこれぐらい、手のこんだモン作るときって、ぜったい何かわすれるからなっ」
おみとおし…。
彷徨って、なんでもわかっちゃうんだよね…。
「…ごめん―…」
たしかに、今年のセーターはがんばった。
何色も使って、売ってるのに負けないくらいの柄を編みこんで。
でも…。
なにやってんだろ、わたし…。
「それだけ一生懸命、作ってくれたってコトだろっ?」
頭をぽん、と、なでてくる。
「ってことは、このセーター、クリスマスと誕生日の両方ぶん、てことだなっ」
彷徨が、口のはしっこを持ち上げた。
その分、目じりをすこし下げた。
なにも、言えなかった。
それでも彷徨は、わらってた。
胸の奥から、じわっとわきあがってくる…。
「まっ、それよりは、ちゃんとケーキ、ふくらませてくれよなっ」
うっ…。
「あれは…ちょっとした失敗、だっただけでしょっ!?」
「ちょっと、か…っ?」
ぺろっ、と舌を出してる。
照れかくしなのは、わかってる。
「もーっ、彷徨のバカっ」
本気でおこったわけじゃない。
きっと彷徨も、わかってる。
グーで、たたくふり。
ひょいとかわして、彷徨が動きをとめた。
「あれ…三太じゃん…」
早足で横切っていく。
声をかけようとして、彷徨がとめた。
そのわけは、すぐにわかった。
「レイコちゃん、クリスマスプレゼント…あれ、靴下は?」
「用意しておきますから、えんとつからどーぞ」
顔を見あわせて、笑いあってる。
「あれか?サイフのコって」
そっと、彷徨が尋ねる。
「うん…」
「結構、いーふんいきじゃん」
「あのコ、すっごく三太くんにあまえてるねっ」
ふとそんな気がして、口から出た。
「そーか?」
「うん…三太くんラブラブっていうか…」
ため息、ひとつ。
彷徨が腕組みをする。
「また『ハヤトチリ大先生』か?」
「そのいーかた、やめてって言ってるでしょっ」
「だっておまえ、そのとーりじゃん」
うっ…。
まぁ…たしかに、そんなこともあったけど…。
「でも、ちがうって…なんか、感じるんだよ…っ」
いまの感じは、ふだんとちがう。
なにか、伝わってくるような…。
「感じる?」
「うん…すっごく、頼ってるっていうか…」
「なんだよそれ」
ちょっと、おどけて見せてみる。
「オンナの勘、ってやつかなぁっ?」
彷徨がすっと、むこうを向いた。
「…そーゆーのは、出るトコ出てるやつが言うセリフだ」
聞こえるように、ぼそぼそと。
「な…」
胸元を思わず、押さえてしまって。
「なによ、見たってゆーのっ、彷徨のえっちっ」
知らん顔で、ぼそぼそと。
「それ、反論になってないぞ…」
…理屈じゃ、かなわない。
わかってるけど、でも、
彷徨ったらまた、舌なんか出したりして、
「もーっ、しんじらんなーいっ!」
おこってるのを見て、わらってるんだから…。
三太の行った方をながめて、彷徨が話をもとに戻した。
「まぁ…あいつ、こないだ彼女と別れたトコだって言ってたから、ちょーどいーんじゃねーか?」
「えぇっ、またぁ?ことし、何回目っ?」
「きーてるだけで、3回…」
彷徨もさすがに、あきれ顔だ。
う〜ん…。
三太くんって、好み、うるさいのかな…。
それとも凝り性で、きらわれるのかな。
ぼおっと考えてると、三太と彼女が店を出てた。
「あっ、行っちゃうよっ…わたしたちも、行こうよ」
彷徨の腕を、軽くひっぱる。
「あとなんかつけて、どーすんだよ…」
彷徨は腕を、前で組む。
「あとつけるわけじゃないけど…」
さっきの声のことといい、いまの感じといい…。
どうしても、気になる。
「なんかヘンな感じがするんだよ、あのコから…だからっ」
彷徨は頭のうしろを、ひっかいた。
片目をつぶって、顔をしかめて。
「…しょーがねーなぁっ」
◇
構内に流れていた曲が、変わった。
甘い、バラード。
となりを歩くレイコが、曲を見上げた。
「あれっ、この曲…っ」
三太には、聞きおぼえがある。
これは、持ってる中のひとつだ。
「『北欧のトナカイ娘』…トリの曲だけど…」
レイコは胸の前で、ぱんっ、と手を合わせた。
「そうそう、トリ!そうよトリよ…」
ひとりでうなづいて、納得してる。
「レイコちゃん、トリ知ってるの?」
もしそうなら、そんなコは、はじめてだ。
「いまさっきまで忘れてたけど…小さいころ、パパがよくかけてたの」
なつかしそうに、見上げてる。
「じゃあ、家にトリのレコードとかCDとか、あったりするんだ?」
視線が、落ちた。
レイコの首が、小さく横に、1回…2回。
「あたしが5年生のとき、パパとママ、離婚しちゃったから…」
「あ…ごめん…」
こんなときは、なんと言っていいか、本当にわからなくなる。
「いいのいいの、慣れてる慣れてる」
にっこり微笑まれて、かえって申し訳なくなる。
三太がため息。
レイコがひと息。
「それに…パパのこと思い出して、なんだかちょっとうれしい」
「え?」
「だって、ずっと忘れてたもん、パパのこと」
「そんなもん?」
「けっこう、そうね…薄情だけど」
レイコが笑いながら、顔をしかめた。
「思い出してみるとやっぱり、忙しい仕事の合間によく遊んでくれたことばっかり、思い出すわ…」
あたりをぐるっと見わたした。
「そういえばここにも、できたすぐのころに連れてってもらったっけ」
いとおしそうに、ずっと見てる。
おもしろがって、つっこんでみる。
「それも忘れてた?」
レイコが苦笑いをする。
「すいません、忘れてました」
「男親って、かわいそーだなぁっ」
「そうね、かわいそーね」
「だれのせいだよぉ」
「娘のせいですぅ」
また、見あわせて笑う。
「きょうは、サンタさんといっしょ」
レイコがちらっと、見てほほえんで。
よくわからなくて、どきどきして。
レイコが、一歩先に出た。
くるっとこっちをふり向いた。
「行きましょっ」
楽しそうな、笑顔がうれしい。
◇
「あ…?」
缶コーヒーで暖をとりながら、女はそっちをじっと見た。
見おぼえのある、顔…。
みんながさがしてる、顔。
バッグから、携帯。
「もしもし…社長?」
「あ〜、ナマコちゃん?」
「ナマコじゃありませんっ、マナコですっ、真名古っ!」
いつものやり取りだ。
緊急事態になってるはずなのに、さすが大物、うちの社長…。
「どっちでもいいけど、きょう休みじゃなかった?どしたの」
真名古は電話の口もとを、手でおおった。
「お嬢、見つけましたよっ」
「ホントっ!?」
さすがに社長も様子が変わる。
緊急事態の根を見つけたのだから。
「つかまえてっ!」
そう言われても、こっちは休み。
「やです」
「何言ってんのよ、あんた、こないだまであのコの担当だったんでしょっ!」
長らく仕事で休みもとれず、ようやくとれた、休みの日。
それというのも、お嬢のお守りが重労働だったから。
「ようやく外れたんですよ?カンベンしてくださいよ、すぐ逃げちゃうんだから」
きょうぐらいは、ホントに。
そう思っていても、社長はうまい。
「お願いナマコちゃん、あなただけが頼りなのよ…!」
こんな風に言われてしまえば、なんだか言うことを聞いてしまう。
なんとなく、社長には逆らいづらい。
それだけ魅力があるってことかな。
しぶしぶながら、承知する。
「は〜い…」
電話を切って、肩を落として。
さてそうすると、お嬢を追わなきゃ…。
あれ?
さっきの方向を見ても、いない。
あたりを見回しても、いない。
電話の間に、どっか行っちゃった…?
真名古はひとり、呆然と立っていた。