まい・おうん・さんたくろーす

#5

作:山稜

←(b) →(n)


 手にとるでもなく、彷徨がじっと見てる。
「これはいーからねっ、買いかえないんだからねっ」
 先回りして、けん制しておく。

 正直に言えば、未夢こそ彷徨に、何か買いたかった。
 きょうは彷徨の誕生日。
 なのに、プレゼントが何もない。
 時間がなくて、買えなくて。

 何か彷徨の気に入りそうなもの、ないかな。

 探していると、
「こんなの、どーだ」
 とか、
「ふーん…ちょっと、はめてみるか」
 とか、彷徨のほうが探すの、じょうずで。

「わたしより、彷徨っ、なんかないのっ?」
 思い切って聞いてみても、
「べつに」
 ひとことで、おわり。

 これじゃ、なんにも…。

 彷徨が商品棚を見ながら、そっと言った。
「べつに、無理してなにか、買わなくっても、いーぞ…っ」
「え…っ」

 目のはしっこから、視線が飛んでくる。
「おまえ…おれの誕生日にプレゼントが間にあわなくて、あせってんだろ」

 どきっ。

「どーせおまえのことだから、時間なくて用意しそこねた…とか、そんなんだろ」
 頭の上から星型がささってきそうなくらい、図星…。

「なっ…なんでっ?どーしてわかったのっ?」
 あわてて聞いても、すずしい顔。
 着ているセーターの胸元を、彷徨は自分でつまんで言った。
「おまえがこれぐらい、手のこんだモン作るときって、ぜったい何かわすれるからなっ」

 おみとおし…。
 彷徨って、なんでもわかっちゃうんだよね…。

「…ごめん―…」

 たしかに、今年のセーターはがんばった。
 何色も使って、売ってるのに負けないくらいの柄を編みこんで。
 でも…。

 なにやってんだろ、わたし…。

「それだけ一生懸命、作ってくれたってコトだろっ?」
 頭をぽん、と、なでてくる。

「ってことは、このセーター、クリスマスと誕生日の両方ぶん、てことだなっ」

 彷徨が、口のはしっこを持ち上げた。
 その分、目じりをすこし下げた。

 なにも、言えなかった。
 それでも彷徨は、わらってた。

 胸の奥から、じわっとわきあがってくる…。

「まっ、それよりは、ちゃんとケーキ、ふくらませてくれよなっ」
 うっ…。
「あれは…ちょっとした失敗、だっただけでしょっ!?」
「ちょっと、か…っ?」

 ぺろっ、と舌を出してる。
 照れかくしなのは、わかってる。

「もーっ、彷徨のバカっ」
 本気でおこったわけじゃない。
 きっと彷徨も、わかってる。

 グーで、たたくふり。
 ひょいとかわして、彷徨が動きをとめた。

「あれ…三太じゃん…」

 早足で横切っていく。
 声をかけようとして、彷徨がとめた。
 そのわけは、すぐにわかった。

「レイコちゃん、クリスマスプレゼント…あれ、靴下は?」
「用意しておきますから、えんとつからどーぞ」

 顔を見あわせて、笑いあってる。

「あれか?サイフのコって」
 そっと、彷徨が尋ねる。
「うん…」
「結構、いーふんいきじゃん」

「あのコ、すっごく三太くんにあまえてるねっ」
 ふとそんな気がして、口から出た。
「そーか?」
「うん…三太くんラブラブっていうか…」

 ため息、ひとつ。
 彷徨が腕組みをする。
「また『ハヤトチリ大先生』か?」
「そのいーかた、やめてって言ってるでしょっ」
「だっておまえ、そのとーりじゃん」

 うっ…。
 まぁ…たしかに、そんなこともあったけど…。

「でも、ちがうって…なんか、感じるんだよ…っ」

 いまの感じは、ふだんとちがう。
 なにか、伝わってくるような…。

「感じる?」
「うん…すっごく、頼ってるっていうか…」
「なんだよそれ」

 ちょっと、おどけて見せてみる。
「オンナの勘、ってやつかなぁっ?」
 彷徨がすっと、むこうを向いた。
「…そーゆーのは、出るトコ出てるやつが言うセリフだ」
 聞こえるように、ぼそぼそと。

「な…」
 胸元を思わず、押さえてしまって。
「なによ、見たってゆーのっ、彷徨のえっちっ」

 知らん顔で、ぼそぼそと。
「それ、反論になってないぞ…」

 …理屈じゃ、かなわない。
 わかってるけど、でも、
 彷徨ったらまた、舌なんか出したりして、

「もーっ、しんじらんなーいっ!」

 おこってるのを見て、わらってるんだから…。

 三太の行った方をながめて、彷徨が話をもとに戻した。
「まぁ…あいつ、こないだ彼女と別れたトコだって言ってたから、ちょーどいーんじゃねーか?」
「えぇっ、またぁ?ことし、何回目っ?」
「きーてるだけで、3回…」
 彷徨もさすがに、あきれ顔だ。

 う〜ん…。
 三太くんって、好み、うるさいのかな…。
 それとも凝り性で、きらわれるのかな。

 ぼおっと考えてると、三太と彼女が店を出てた。

「あっ、行っちゃうよっ…わたしたちも、行こうよ」
 彷徨の腕を、軽くひっぱる。
「あとなんかつけて、どーすんだよ…」
 彷徨は腕を、前で組む。
「あとつけるわけじゃないけど…」

 さっきの声のことといい、いまの感じといい…。
 どうしても、気になる。

「なんかヘンな感じがするんだよ、あのコから…だからっ」

 彷徨は頭のうしろを、ひっかいた。
 片目をつぶって、顔をしかめて。
「…しょーがねーなぁっ」



 構内に流れていた曲が、変わった。
 甘い、バラード。

 となりを歩くレイコが、曲を見上げた。
「あれっ、この曲…っ」

 三太には、聞きおぼえがある。
 これは、持ってる中のひとつだ。
「『北欧のトナカイ娘』…トリの曲だけど…」

 レイコは胸の前で、ぱんっ、と手を合わせた。
「そうそう、トリ!そうよトリよ…」
 ひとりでうなづいて、納得してる。

「レイコちゃん、トリ知ってるの?」
 もしそうなら、そんなコは、はじめてだ。
「いまさっきまで忘れてたけど…小さいころ、パパがよくかけてたの」
 なつかしそうに、見上げてる。

「じゃあ、家にトリのレコードとかCDとか、あったりするんだ?」
 視線が、落ちた。
 レイコの首が、小さく横に、1回…2回。
「あたしが5年生のとき、パパとママ、離婚しちゃったから…」

「あ…ごめん…」
 こんなときは、なんと言っていいか、本当にわからなくなる。
「いいのいいの、慣れてる慣れてる」
 にっこり微笑まれて、かえって申し訳なくなる。

 三太がため息。
 レイコがひと息。

「それに…パパのこと思い出して、なんだかちょっとうれしい」
「え?」
「だって、ずっと忘れてたもん、パパのこと」
「そんなもん?」
「けっこう、そうね…薄情だけど」
 レイコが笑いながら、顔をしかめた。

「思い出してみるとやっぱり、忙しい仕事の合間によく遊んでくれたことばっかり、思い出すわ…」
 あたりをぐるっと見わたした。
「そういえばここにも、できたすぐのころに連れてってもらったっけ」
 いとおしそうに、ずっと見てる。

 おもしろがって、つっこんでみる。
「それも忘れてた?」
 レイコが苦笑いをする。
「すいません、忘れてました」

「男親って、かわいそーだなぁっ」
「そうね、かわいそーね」
「だれのせいだよぉ」
「娘のせいですぅ」

 また、見あわせて笑う。

「きょうは、サンタさんといっしょ」
 レイコがちらっと、見てほほえんで。
 よくわからなくて、どきどきして。

 レイコが、一歩先に出た。
 くるっとこっちをふり向いた。
「行きましょっ」
 楽しそうな、笑顔がうれしい。



「あ…?」
 缶コーヒーで暖をとりながら、女はそっちをじっと見た。
 見おぼえのある、顔…。
 みんながさがしてる、顔。

 バッグから、携帯。
「もしもし…社長?」
「あ〜、ナマコちゃん?」
「ナマコじゃありませんっ、マナコですっ、真名古っ!」

 いつものやり取りだ。
 緊急事態になってるはずなのに、さすが大物、うちの社長…。

「どっちでもいいけど、きょう休みじゃなかった?どしたの」
 真名古は電話の口もとを、手でおおった。
「お嬢、見つけましたよっ」

「ホントっ!?」
 さすがに社長も様子が変わる。
 緊急事態の根を見つけたのだから。
「つかまえてっ!」

 そう言われても、こっちは休み。
「やです」
「何言ってんのよ、あんた、こないだまであのコの担当だったんでしょっ!」

 長らく仕事で休みもとれず、ようやくとれた、休みの日。
 それというのも、お嬢のお守りが重労働だったから。
「ようやく外れたんですよ?カンベンしてくださいよ、すぐ逃げちゃうんだから」
 きょうぐらいは、ホントに。

 そう思っていても、社長はうまい。
「お願いナマコちゃん、あなただけが頼りなのよ…!」
 こんな風に言われてしまえば、なんだか言うことを聞いてしまう。
 なんとなく、社長には逆らいづらい。
 それだけ魅力があるってことかな。

 しぶしぶながら、承知する。
「は〜い…」
 電話を切って、肩を落として。

 さてそうすると、お嬢を追わなきゃ…。
 あれ?

 さっきの方向を見ても、いない。
 あたりを見回しても、いない。

 電話の間に、どっか行っちゃった…?

 真名古はひとり、呆然と立っていた。


←(b) →(n)


[戻る(r)]