まい・おうん・さんたくろーす

#4

作:山稜

←(b) →(n)


 くすくす…のうちは、まだ良かった。
 いまや、レイコはおなかをかかえて、肩をふるわせている。

「そんなに笑わないでよぉっ」
 さすがに恥ずかしくなって、口をとがらせる。

「だってぇ、乗ってるあいだじゅう、『のわぁ〜』って」
 そりゃまぁ、そう言われるのも…もっとも、なんだけど。

 レイコはとりあえず、笑いをこらえた。
「サンタさんなら、ソリで高いところ飛んでるんだから、へーきじゃないの?」
「いや、あれは…」

 メガネの向こうから、レイコがのぞきこんでくる。
 いたずら好きな、面白げな、視線。

「トナカイって、もっと、ゆっくり飛ぶじゃん」
 なんとか思いついた、いいわけ。
 それでも、視線は変わらない。
「ふ〜ん、じゃべつに、高いところがこわいってわけじゃないんだ?」

 負けじとなんとか、いいかえす。
「そーそー、だから観覧車とかなら、へーきへーき」
「ゆっくり動くものなら…いいのよね?」

 なんだ、けっこう気をつかってくれるんだな。

「そーそー」
 すかさず、レイコが指をさす。
「じゃあ、あれはオッケーよねっ?」

 その、指のむこう。
 ゆらゆらゆれる、おおきな船。
 空に向かって不安定に、前へ後ろへゆらゆらり…。

 はめられた…。

 レイコがしっかりと、手をにぎる。
 それはその…わるくない気分、なんだけど…。
「さ、行きましょ?」

 そのあとが、

「のわぁ〜〜〜〜っ!」

 しか、でなくて、約5分。
 やっとの思いで、ゲートを出る。

「もーカンベンしてよ、たのむから、さぁっ」
「どーしよーかなぁ〜っ」

 肩が触れても、手が重なっても、
 なんだか自然にふるまえる。
 交わすことばのひとつひとつが、
 気持ちよくって、いとおしい。

 ずっと、こうしてたい…。

 見ると、見てた。
 ふんわり、顔がほころんだ。

「なんだかおれたち、きょう初めて会ったって感じ、しないなぁっ」
「そうね…ずっと前から知ってる、って感じで…」

 そこで、ことばが…とぎれて。
 つないだままの視線に、気がついて。

 レイコが顔を、真っ赤にした。

 このまま…。
 いやだめだって、いまさっき出会ったばっかしなんだぜ?
 何かんがえてんだ、おれってばさぁっ。

 何とか探して、見つけたことば。
「ひとなつっこいほうなんだ?」
 レイコが、大きな目を開けた。
「えーっ、そんなこと言われたことない…だいたいは…」

 そう言うと、うなだれた。
「お高くとまってるとか…」
 かみ切るように、出てくることば。
「近寄りがたいとか…」

 信じられない。
「うっそだろぉ〜っ、こんなにおもしろいコがかぁ〜っ?」

 レイコが顔をあげた。
 じっと自分の目を、見てる。
 見てるその目が、うるんで…流れた。

「あ…、ごめん、そんなこと言うもんじゃないよなっ」
 気に…さわったかな。
 そう思ったら、首をふられた。
「ううん、ちがうちがう…そんな風に言ってもらったことって、いままでなかったから…」

 レイコはメガネを取った。
 大きな瞳が少しぬれてた。
 それを上手にぬぐって取って、メガネを上にかけなおす。
 それから、も一度顔をあげた。

「もうだいじょうぶ…、だいじょうぶ」
 レイコは、にっこり微笑んだ。

 それ…反則、だろぉっ。
 そんな顔されたら…。

 だめだめ。
 こんなんじゃ、下心があってサイフ、届けたみてーじゃん。
 しっかりしろっ、おれっ。

「の…のど、かわかない?あっちでコーヒーでもどう?」
 もう、それを言うのもいっしょうけんめい。
 なのにレイコは、ごく自然。
「あ、だったらついでに、あそこのショップに寄ってほしいなぁ〜」

 ホッとしたような、くやしいような。
「いいけど、なに見るの?」
 レイコがまた、にっこり笑った。
「あそこってさぁ…」



 ふぅっ、と彷徨が、ため息を吐く。
「ったく…あいつらも手を焼かせるぜ…っ」
 こんなときだけは、未夢も言い返せる。
「だって彷徨がいけないんじゃない、いきなりプロポーズしろ、なんてっ」

 彷徨がかたっぽの眉を、ぐっと上げた。
「だからおれ、そんなこと、言ってねーって…」
「えっ、だって、結婚しちまえ〜とかって…」
「んなこと言ってねーってっ!」

 強い口調。
 そのわりに、ばつの悪そうな、横顔。

 言ったことを言ってない、っていうひとじゃない。
 それは、よく知ってる。
 でも…。

「じゃあ、なんて言ったのよっ?」
 聞いても、
「いーじゃん…別に」
 では、
「よくないよっ!」
 って、言いたくなる。

 それでも彷徨は、だまってる。
 むこう向いて、視線だけ飛ばして。

 わかんないから、のぞきこんだ。
 また、かたっぽ眉を上げて、ちいさくため息ついた。
 くちのかたちを順番に、しょーがねーなと変えてってから、

「いつもそばにいねーから、わかんなくなるんだ―…って…」
 ぶつぶつそれを、口にした。

 意味がいまいち、わからない。
 とにかく首を、かしげてみた。
 彷徨が続きを、口にした。

「そしたらあいつ、きみたちはいっしょに暮らしているんだもんねぇ〜とかなんとか…三太までちょーしにのって、ふーふの絆がなんとかかんとかって…」

 目の前に、からすがカーとでも鳴いて飛んでいきそうな。
 ぼーぜんと、ことばの意味を組み立てる。

 ふ…ふーふっ!?

 冬だから、寒い。
 ほおに風が当たって、赤くなるくらい。
 でも…顔じゅう、赤くなるほどじゃ、ない。

 あわててしまうと、勝手にぶんぶん、手が動く…。

「なによそれっ、なんでわたしと彷徨がふーふなのよっ」
「だろ?」
 彷徨はあっさりしたもので、安心したような、…。
 …ような?

 そんな迷いをよそにして、彷徨の口から続きが出る。
「だいたい、もうちょっと花嫁修業してもらわねーと、メシ食えたもんじゃ…」

 は…花嫁って…。
 さっきからふーふとか、花嫁とかっ…。
 意味わかっていってるんですか、このひとはぁっ!?
 ひとの気も知らずに…
 …?

 見てみたら、彷徨は舌をぺろっと出してた。
 勝手に、口が開いてた。
「ばっ、ばかぁ〜っ!」

 ハンドバッグを投げつけたら、彷徨がじっと、それを見た。

「おまえ、まだこれ持ってたのか…っ?」
「え?」
 ストラップの金具につけた、キーホルダー。
 ちいさなクマの、ぬいぐるみ。
「あ、これ?」

 …持ってるの、あたりまえじゃない…っ。
 だって…。

「もうだいぶ傷んできてるんじゃないか?新しいの、買ってやるよ」
「いいよっ、いい、いいっ」
「なんでだよ」
 彷徨がふしぎそうに、じっと見てる。

「だって…」

 だって、彷徨がはじめて、わたしにくれたものだから…っ。
 そう、素直に言えなくて。

 口ごもってると、彷徨が笑った。
「とにかく、見に行くだけ行こうぜっ」
 言うだけ言うと、さっさと先へ。

「あっ、まってよっ」
 少し遅れたのを、小走りでとりかえして。
 今度は置いていかれないように、腕をしっかり抱きとめて。



 レイコが、つってある中をかきわけた。

「あ、あったあった、これこれっ」
「これかぁ…」

 持っているのは、クマのキーホルダー。
 得意げに、レイコが言った。
「このクマを男の子からもらった女の子は、しあわせになれる…っていうのよねっ」

「ここ、できてすぐぐらいだよなぁ、そんなこと言ってたのってさぁ」
 小学生の頃だ。
 クラスの女子が、うわさしてた。
 それからずっと、このクマは頭のすみに残ってた。

 レイコはクマをながめていた。
 みぎ…ひだり…上…前…背中…。
 そんなに大きなものでもないのに、じっと。

 右手にそっと、クマを乗せて。
 レイコがなつかしそうな顔をした。

「あたし、ここができたとき、まだ小学校3年生だったから、もらったことなんてなくて…」
「4年生でも、似たよーなもんだぜっ」

 レイコが指で、さしてくる。
 だまって首を、たてにふる。

「じゃあ1コ上なんだ、サンタのおにーさんっ」
 レイコが笑う。
「なんだそれぇ」
 つられて笑う。

 なつかしいのは、自分も同じ。
「おれ中学のときに、ここに来たんだけど…」

 指でぐりぐり、突いてくる。
「あっ、デートだ、デート」
「まぁ…そんなに言えたようなもんじゃなかったけどさぁ…」

 その手から、クマをとりあげて。
「でもやっぱり、このクマ、探したんだよね…でも売り切れてて、買えなかったんだよなぁっ」
 レイコが見上げて、首をかしげて。
「じゃあ、その恋が実らなかったのって、やっぱりこのクマさんが買えなかったから?」
 そう、言えなくもない。
「う〜ん…そうかもなぁ…」

 そのすきに、レイコがクマを取り返した。
 手のひらに、大事そうにつつみこむ。
「よかった、そのとき売り切れてて」
「え?」

「だから、いま…ここに…」
 消え入りそうな声。

 たしかに、いまここに、これはある。
 でも、
「だって、4年も前じゃん?いくらなんでも、そのあいだに仕入れ…」

 そう言うと、レイコがわき腹を、ぐりぐり押してきた。
「そーじゃなくってっ!」
 くちを、とがらせて。

 そーか、…そーだよな―…。
「…ちょっと待ってて」

 またクマを、レイコから取り上げた。
 すぐそこに、クマの行き先は…あった。


←(b) →(n)


[戻る(r)]