まい・おうん・さんたくろーす

#3

作:山稜

←(b) →(n)


 日本の冬は、オカメちゃんにはつらい。
 きょうは野外のステージだから、オカメちゃんとは舞台に立てない。
 だからずっと、保温ケースに入ったまま。
 そこから出せないのが、つらい。
 …こんなときには、特に。

 望は横目で、彷徨を見た。
 組んだ腕の間に、ため息が流れていっている。

「未夢のやつ…なにやってんだ?」

 つぶやく彷徨。
 ことばのわりには、落ち着いている。
 自分は…じっと、してられない。

「やっぱり…ぼくも行くよっ」

 立ち上がったとたん、彷徨に肩をつかまれた。
「おまえはだめだ…っ」
「とめないでくれっ」
 彷徨は首をふる。
「…さっきのあれで、楽屋の出入口、すごいことになってんだぞ…っ」

 ここにいてもざわざわと、にぎわいが聞こえてる。
 確かに、ごった返してるのは、まちがいない。

「おまえがいま、でてったら、花小町探すどころか、おまえがつかまっちまうって」

 ことばの意味は、わかる。
 わかるけど…わからない。

 言い返そうとしたとき、扉が開いた。

「おまたせ〜」
 長い髪の、一陣の風。
 あかい髪の、雨雲を連れて。

 待ちわびた風車が、ことばをくみ上げた。

「おせーぞ、なにやってたんだよ」

 ぽん、と、ひと声。
 ことばのわりには、あたたかみがある。
 自分は…ことばが、見つからない。

「あのねぇ、入り口の人ごみかきわけるの、必死だったんだからっ」
 未夢はことばをつぎつぎ、ほうり投げる。
「クリスちゃんなんて、カメラとボイスレコーダーにねらわれっぱなしだし…もー、大変だったんだよっ!?」

 彷徨は耳にゆびをつっこんで、んべっと舌を出している。
 彼なりの、受け入れかた。

「あ〜ん〜た〜ねぇ〜っ」
 そして彼女なりの、受け入れられかた。
 このふたりは、よくお互いを知ってる。

 自分は…。

 ふと、思い出した。
「そういえば、三太くんの姿が見えないようだけど…」
「あっ、三太くんは、女のコをおっかけてる」

「三太くんもすみに置けないねぇ…っ」
 言ってしまって、視線が痛い。

 彷徨があきれて、ため息まじり。
「それにしてもあいつ、こんなときに、なにやってんだ…っ」

「あっ、あの…、」
 クリスが申し訳なさそうに、一歩前に出た。
「わたくしがつい、その…、それで…」

 彼女の暴走はいつものこと。
 …それだけに、本人にはつらい。
 自分で自分のコントロールができないこと―
 …それをいつも、気にしてるから。

 未夢が見かねて、あとをひきとった。
「わっ、わたしがよけようとして、よろけた拍子に、通りかかった女のコにぶつかっちゃって…」

 彷徨が横目で、じろっと見た。
「またお前かよ…」
 見られたほうは、なによ、と口をとがらせた。
「そのコ、おサイフ落としちゃったんだよ…で、三太くんがおっかけてくれてるの」
「あいつ、そーゆートコ、マメだからなぁっ…」
 彷徨が苦笑いの顔を、天井に向けた。

「なにを言ってるのさ、彷徨くん」
 思わず、いつもの調子。
「レディには、やさしくするのがあたりまえじゃないかっ」

 彷徨が眉間にしわをよせた。
「おまえ、もうすこし、…」
 そこまで言ったら、未夢がセーターのひじをひっぱった。
 ひっぱられた顔が、引きつった。
 あとにつづくはずのことばは、別のものにかわった。

「命をたいせつにしろよ…な…」

 雨雲が、かみなり雲に、変わっていた…。

「じゃっ、おれたちは帰るから…」
 彷徨はいっしょうけんめい、平静を保とうとしているようだった。
 ただ、それにも限界があるらしい。
 …さっきよりずいぶん、早口だ。
「あとはふたりでよくハナシ、しろよっ…いくぞ、未夢」

「えっ…あっ、うん」
 未夢は彷徨のあとに、ついていく。
 それがごく、あたりまえのように。

「それじゃね、クリスちゃん!」
 困ったような笑顔を向けて、未夢が手をふった。
 気づいたクリスも手をふっていた。

 扉が閉まるのなんて、待ちきれない。

「クリス…ごめん」

「え…っ」
 ぱっ、とクリスが、顔をあげる。
 見つめられずに、話だけ、つづける。
「何もわかってなくて…きみのこと」

 だまったままのクリス。

「まわりのこと…なにも考えてなくて…」
 あと、何を言えばいいのだろう。
 どんな顔をみせれば、いいのだろう。
「また、きみをおこらせてしまったね…」

「本当に、何もわかってらっしゃらないのね」
 胸につきささる。
 本当に…。

「わたくしがいつまでも、おこっているとお思いになって?」

 はっ…と、した。
 それって…。

「で、でも、クリス、さっき…」
「ちょっとびっくりした、だけですわ」

 笑って…くれた。

「でも…できたら、ああいうことは、ふたりっきりのときのほうが…」

 ほおを赤く染めながら、いたずらっぽい目を向ける。
 その意味は、よく、わかる。

 もういちど、白薔薇の花束を―。
「クリスティーヌ、ぼくと…結婚、してくれないか」

 クリスはそっと、花束を手にした。
 目じりにすこし、なみだを浮かべながら。

「よろしく…お願いします」

 胸の高鳴りは、ちょっと押さえておこう。
 まずは、なみだをぬぐってあげたい。

 望はひとさし指をそっと、クリスにさしのべた。



「もうちょっとだな…はやく、はやくくっつけっ」
「しーっ、アニキ、静かにっ」
「ばかやろう、デスクって呼べって言ってんだろっ」

 この部屋の、ロッカーの中。
 男がふたり、息をひそめて。

「やめましょーよもう、芸能人の盗み撮りなんてこと…っ」
「なに言ってんだヤスっ、これってのもおめーがまた、しょーこりもなく結婚サギにあうからだろーがっ!」
「アニキっ、声が大きいっ」

 ひょろ高い方の男は、小柄な小太りの頭をこづいた。

「…デスク、って呼べっ」
「デスク、じゃないですよアニキ、こんな写真ばっか撮って、記事でっち上げて…」
「そのでっち上げの『光ヶ丘の密会』で、おめーはメシ、食えてるんだぞっ?」
「それは…まぁ、そーですけど…」

 小柄な方は、弱気な声をさらに細めた。
「でもアニキ…何年か前にカネ目当てに赤ん坊誘拐して、とんでもない目にあったの、わすれちまったんですか…っ?あんとき、もう悪いことは、やめましょーねって…」

 ひょろ高い方は、お構いなしにカメラをかまえた。
「シャッターチャンスなんだから、だまってろっ」
「なんか、やな予感、するなぁ…」
 小柄な方が、つぶやいた。



 コツン、と音がしたような…。

 ふりかえってみた。
 何もない。

 視線の先を、クリスが追った。
「どうか…しましたの?」
「いや…なにか、物音がしたような…ひとの声も」

「きっと気のせいですわ、外がにぎやかですし」
 クリスが、にっこりほほえんだ。
 この笑顔が、自分にとっては最高だ。
「そうだね…」
 ささいなことは、どうでもよくなる。

 そんなことより、話しておかなければいけないことは、山ほど。

「それで、ぼくらの住むところだけど…」
「あっ、そうですわね…そういうことも、考えておかなくちゃ…」

 望は手もとのバラを、もてあそんだ。

「ちょっと郊外にはなるけど、おもいきって新居を建てちゃおうかと思ってるんだよっ」
「新居…?」
「最初はふたりだけだから、あまり広くなくてもいいだろうし…」
「ふたりだけ…」
「ぼくらの部屋と、マジックの稽古場と、ゲストルームが3組分ぐらい…あとはオカメちゃんのために、ちょっとした温室があれば、十分かなぁって」
「ぼくらの…部屋…」

 クリスは、ほおを押さえた。
 あつい。
 望を見てしまうと、頭のさきから湯気がふきだすにちがいない…。

 すこし、壁ぎわに離れてみる。
 それでも、頭からことばが離れない。

「ぼくらの…部屋…
 さぁ、きょうからここで暮らすんだよ…
 きみとぼくとの、ふたりっきりさ…
 だれにじゃまされることもない…
 さぁ…クリス…」

 そんな…そんな…そんなっ…

「きゃ〜っ、はずかしーですわぁ〜〜〜っ!」

 ばんばん、思わずたたく。
 そこには、ロッカー。
 まん中から、へしおれた。

「クリスっ」
「あら…わたくしったら、また…」

 肩を落とすクリスの手を、そっと望が、にぎった。

「それぐらいにしておかないと…きみの美しい手が、傷つくのはごめんだよ…っ」
「まぁ…」



「アニキ…今こそシャッターチャンス…」
「ばかやろう…どうやってシャッター、押せってんだ…」

 つぶれたロッカーの中で、2人組は気が遠くなるのを、感じた。


←(b) →(n)


[戻る(r)]