まい・おうん・さんたくろーす

#2

作:山稜

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 すこし、ぼぉっとしていた。
 係員は、にこやかだ。
「お客さま、チケットかパスポートをお示しください」

「あっ、ごめんなさい」
 トートバッグに、手を入れる。
「あれ…っ」
 …ない。

「パスポート買って、それ入れて…」
 ジーンズの、ポケット。
 …ない。

「お客さま?」
 係員がくびをかしげる。
 あわてて、あちこちのポケット。
 かばんの中を、もう一度…。

 …ない―…。

「おサイフが…」
 係員の視線が、ちょっと痛い。
 空いてて、だれも並んでないから、まだいいものの。

 顔の前に、手が突き出てきた。
 手の中には、赤いサイフ。
 その手の主が、息を切らして。
「足、速えーなぁっ、やっと、追いついたぜっ」

 そっと、受け取った。
 中身を見た。

「あっ…ありがと…」

 サイフの中からパスポートを取り出す。
 いっしょに笑顔も見せておく。

 係員が、声をかけた。
「そちらのお客様も、チケットかパスポートをお示しいただけますか?」
「え、おれ?」
 頭のうえに、ハテナ。
 ポケットから、パスポート。
「はいっ」

「ありがとうございます、それではどうぞ」
 係員は、奥に向かって大声で言った。
「おふたりさまです〜」

「えっ…」
 届けた彼は、目をいっぱいに。

「あっ…」
 受け取った彼女は、くちを丸く。

「どうぞ、奥にお進みくださいっ」
 係員は、顔をにこやかに。

 見知らぬふたりが、顔を見あわせて。
 どちらともなく、前にすすんで。

「なんか、妙なことになっちゃったね」
 申し訳なさそうに、男のコ。
「あっ…いえ、どーせあたし、ひとりだし…」
 両手をふりまわす、女のコ。
「そーなの?」
 びっくりした顔の、男のコ。

 目の前に、ジェットコースターの、車両。
「げっ、ここ、ジェットコースターだったのかぁっ」
「え…そう…ですけど…、『スピードパーク』って…」

 プラットホームに、ふたりだけ。
 ここまで来たら、乗らざるを得ない。
 とにかく、乗り込んで。

 ベルトを締めたら、女のコがくちを開いた。
「あっ、まだちゃんとお礼、言ってなかった…ありがとうございますっ」
 男のコは照れくさそうに、頭の後ろをひっかいた。
「いやぁ、あたりまえのことをしただけ…」

「帽子、メガネは、お取りくださーい!」
 係員が、声をはりあげる。
「あっ、いけないっ」

 女のコはあわてて、帽子とメガネをひざに置いた。
 男のコが見て、声をあげた。

「…涼子ちゃん?」

「…えっ?」
 首をかしげたのが、まるで合図。
 がくん、と、動き出す。
「ちがうよね、ゴメンゴメン…」
 そのことばの一番後ろが、最初の山の、てっぺんだった。

「のわぁ〜〜〜〜っ!」



 くすくす。
 ちらっと横目で、のぞき見てる。
 見られた自分のくちは、とがる。

「そんなに笑わないでよぉ」
「ごめんなさい、だってあんまり…」

 腕組みしながら、ため息ひとつ。
「そう、おれ、わかってるんだ、自分でこわがりだ、って」

 うふふ、と笑って、顔をあげる。
 首をかしげて、聞いてくる。
「そういえば、さっき、あたしのこと、何とか言ってませんでした?」

 ひとちがい、っていうのは結構、ばつが悪いもんだ。

「…ごめん、知ってる人によく似てたもんだから」

 女のコは軽く、ため息をついた。
 少し首をゆらして、言った。
「知ってる人って…カノジョ、とか」
 メガネの向こうの目が、くりくり動いてる。

「えっ、いや、そういうんじゃ…」
 とっさにそう、言うクセがついてる。
 でもなんとなく、このコには、
「…うそはつけないなぁっ」

 両方の眉をぐいっと、上げてみる。
 ついでに視線も、上げてみる。
「でもカノジョって言っても、中学生の頃…もう、4年も前のことだぜぇっ」

「ふーん、そうなんだ」
 さらっと流してくれそうで、
「そうそう」
 さらっと返事だけ、しておく。

 上げた視線をもどしたら、そこには先に、視線があった。
 …ぶつかって、すぐひっこめた。

 なんとなく、あいた、間。
 埋めようとして、

「あのさ…」
「そ…そういえ…ば」

 ことばまで、出会いがしら。

「先…どーぞ」
 レディファーストってわけでも、ないけれど。

 おなかの前で両手を合わせ、うつむきかげんの女のコ。
 軽くうなづいた。
「あ、あの…まだお名前、きいてなかったですね」

 くちを大きく、元気よく。
 名のるときには、笑顔がいちばん。
「おれ?おれ、三太。黒須三太」

 女のコは、目をいっぱいに開いた。
「くろす…さんた?さんた…くろーすっ!?」
 くすくす、笑ってる。
「うんうん、クリスマスだもん、サンタさんサンタさんっ」

 最初に自分の名前を聞くと、半分ぐらいはこんな反応。
 あとの半分は、気づきもしないけど。
 ただ、こんなに笑われたことは、ないなぁ。
 …妙になっとくしてるし。

「きみは?」
 たずね返してみた。
 首をぐっと、左にふった。
「あたし…は、そう、レイコ…って、呼んで?」

「レイコって…あ、」
 ひとさし指を上に振る。
 むかし流行った、歌の振り付け。
「松戸礼子! 似てるよ、そういえば」

 レイコは、くちをとがらせた。
「実はあんまり、うれしくないんだけどね」
「そぉ?アイドルに似てるんだったら、いいじゃん」
「アイドルっても、大昔のハナシじゃない」
「まぁそれでもさぁ」

 無邪気にわらってると、レイコの視線は下がってた。

「むかしっから、いつもいつも、似てる似てる…って…」

 はたから見ていて、よさそうなことでも、本人にはいやなこと。
 ふざけたような自分の名前が、こどもの頃はそうだった。

「気にしてたのかぁ…ごめん」

 レイコが両手を目いっぱい、ふる。
「あっ、ううん、そういうんじゃないの…気にしないで」
 わらってみせる顔が、なんていうか、…。

 かわいい…。

 ほんの一瞬、見とれていると、レイコが口もとをほころばせた。
「それよりサンタさん、もうお仕事は終わったの?」
「お仕事?」

 目を細めて、首をかしげて。
「よい子にプレゼント、夜どおし配ってたんでしょ?」

「え?」
 きょうという日は、クリスマス。
 そして自分は、黒須、三太。
「…あぁ、そういうことかぁ」

 よくあることだ。
 その名の意味に気づいたら、冗談だ、って信じない。
 それで、レイコ「って呼んで」、なんだなぁ…。

 三太の口から、ため息が、もれた。
 それでも、この空気は楽しかった。

「うん…もう今年の分はおしまい」
「え〜っ、あたしのところへはぁ?」
「転居先不明で配達できませんでしたぁ」
「え〜っ、そんな〜っ」

 目を見合わせて、わらいあって。

「取りにきましたので、おねがいしま〜す」
「え〜とレイコちゃんレイコちゃん…と」
 見えない袋の、中身を探る。
「お願いの品は、なんだったのかな?」
「ん〜とね…」

 へへっ、とレイコが、屈託なく笑った。
「いまからいっしょに、あそんでほしいなっ」

「品、じゃないじゃん、それ」
 大きな口を開けて、わらってみた。
 レイコが意外に、しおれてた。
「だめ…?」

 あわてて、わらいとばしてみた。
「そんなこと、ないよぉっ」
 大きな声で、元気よく。
「きょうは、レイコちゃんといっしょにあそぼう!」

 レイコがようやく、にっこり笑った。

 それじゃ、とばかりに、きいてみる。
「ドコ行こうか」
「じゃあねぇ…」
 あたりを見回して、あっ、とひと声。
「あれに乗りましょっ」

 ゆびの差してる向こうには、大きな建物がそびえてる。
 「スペースパーク」と書かれてる。
 レイコはニコニコ、笑ってる。

 これも…たしか、ジェットコースター…だったよなぁ…っ。

 考えているあいだに、三太の手は、引っぱられていた。


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