まい・おうん・さんたくろーす

#1

作:山稜

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 じっと、見つめていた。
 何も、いわず。

 じっと、見つめ返した。
 何も、いわず。

 心を、決めた。
 口を、開いた―

「結婚しよう」

 ちょうど目を、そらそうかと思っていたところ。

「え…」

 そうとしか、言えない。
 まさか、そんな。

「クリス…クリスティーヌ、ぼくと…結婚してほしいんだっ」

 望の差し出したのは、いつものトレードマークではなかった。
 花束になった、白いバラ。
 どこからともなく湧き出るように、その手の中から浮かび上がる。

「で…でも…」

 クリスはうつむいた。
 中学のときから、もう5年。
 交際としては長い、とは思う。
 彼ほど自分を、理解してくれるひとなどないだろう。
 でも―…

「どうしたんだい、…まだ、怒ってるのかい?」

 確かに、怒っていた。
 離れの建物がひとつ、あとかたもなくなってしまったぐらい、怒っていた。
 …つい、さっきまでは。

「そうじゃありませんわ、でも…」
「でも…?」
「こんな…ところで、そんなこと言われましても、わたくし…」

 顔を、そむけた。
 この場から、にげだしたい―…。

「わたくし、困ってしまいますわっ!」

 クリスは、さけんだ。
 一目散に、かけ出した。

「あ、ちょっと、クリスちゃんっ!」
 すぐそばにいた未夢が、声をかけても止まりはしない。

「わたし、追いかけてくるっ」
「あぁ、そうしてくれっ」
 彷徨がうなづくのを待たずに、未夢はあとを追った。

 三太があきれた顔をする。
「しかし望ぅ、なんでおまえ、いま、ここなんだよぉ」

 だれだってあきれるだろう。
 なにせここは、ファンタジーパーク。
 そのまん中の、イベント会場「シアターパーク」。
 そしていまは、「光ヶ丘望・クリスマスマジックショー」の、真っ最中。

 そんなときに、舞台の真ん中にいたマジシャンが、マイクも切らずに客席へ。
 なにが起こるかと思えば、プロポーズ。
 あきれるなと言う方が、無理だ。

 ようやくマイクを切って、望は言った。
「だって三太くん、プロポーズしろって言ったのは、きみじゃないかぁ」
「プロポーズしろって言ったのは、彷徨だろぉ?」
「おれそんなこと、言ってねーだろっ」
「ほうら三太くん、やっぱり、きみじゃないかぁ」

 三太と彷徨は、口をそろえた。
「そーゆー問題じゃ、ないっ!」

 三太は両手をひらいて、顔の高さで横にそろえた。
 文字どおり、お手上げ、だ。
「おれも、ちょっと様子、見てくるわ」
「あぁ、未夢だけじゃ頼りないからな…頼む」

 会場は、どよめいていた。
 苦笑いをする人、ファンだろうか泣き出す人。
 何にせよ視線はぜんぶ、こっちを向いてる。

 彷徨も三太と同じポーズを、とりたい気分だった。



 未夢はいっしょうけんめい、走っていた。
 こんなときは、自分の足の遅さにいらいらする。

「待ってクリスちゃんっ、待ってっ!」

 クリスが足を、止めた。
 ぽつりと、つぶやいた。

「ずるい…ですわ…」

「えっ…」
 未夢は立ちつくした。
 確かに、クリスをここに連れてきたのは、自分だ。
 三太と…彷徨に、言われるままに。
 ただ、何が起こるのかなんてぜんぜん、きいてなかったけど…。

「そんな…何にも、心の準備なんて、できてませんのに…」
「ごめんクリスちゃん、こんなつもりじゃ」

 クリスは振り返ると、そっと首をふった。
「ちがいますわ未夢ちゃん、未夢ちゃんのことじゃ、ありませんの…」

 ってことは…光ヶ丘くんのこと…だよね。
 でも―…。

「クリスちゃん、きっと光ヶ丘くんだって、悪気があるわけじゃ…っ」

 クリスは自分の右肩に、ほおをあずけた。
「わかってますの」
「へ?」
「わたくし、わかってますの…望くんが、あんなようなことをするようなひとじゃ、ない…って」

 「光ヶ丘望の密会現場を押さえた!」の記事。
 知らない女性と、写った写真。
 報じたのは、下世話な週刊誌。
 信じてはいないけど、気にはなる。
 それは、よくわかった。

「でも…いきなりあんなこと、言われてしまったら…わたくし…わたくし…」

 未夢は不穏な空気を、感じた。
「ち…ちょっと、クリス…ちゃん…っ?」

 クリスとはもう、5年半ものつきあいだ。
 さすがにもう、どんなときに何が起こるか、肌でわかる。
 このパターンは…うしろにさがらないと、まずい。

 そう思った矢先だった。
「もーどーにかなってしまいそーですわぁ〜〜〜〜っ!」
 近くにあったベンチが、高々とふりあげられている。

 えっ、早いよっ!?

 あわてて、あとずさって、

≪お高くなんて、とまってないのに…≫
≪好きこのんで、あたしになんて生まれたわけじゃ、ない…≫

 えっ?
 なに、この声っ?

 ドシン。

 後ろに、ひとの体。
 ふりかえってみると、同じくらいのトシの、女のコ。

「ごっごめんなさいっ、だいじょうぶですかっ」

 女のコは大きなメガネと水色のキャスケットを、ととのえた。
「あっ、へーき、へーきです…」
 ふりあげられたベンチを見上げて、おそるおそる、言った。
「そ、それじゃ…」

「あっ、どーも…」
 ふ〜、あぶなかったぁっ。
 なんだったんだろう、いまの…。
 って、それどころじゃないっ。

 気づかせ方が、いちばん気をつかう。
 理性がふっとんだときには、筋力のコントロールができなくなる。
 それで、むちゃな力が出る。
 だから、理性がもどったら、急に力が普通になってしまうから…。
 そう、ママが言ってたっけ。

 このままだとクリスちゃん、ベンチの下敷きになってしまう…。
 とりあえず、ベンチを降ろさせないと…。
 そうだ、

 未夢はだれもいないほうを、ゆび差した。
「クリスちゃん、あっちにヘビがっ!」

「うが〜〜っ!」

 クリスが、ベンチを投げつける。
 すかさず、後ろに回りこむ。
 耳もとで、さけんでみる。
「クリスちゃん、クリスちゃん!」

「えっ、あっ…」
 ベンチの残骸が、いやでも目に、入ってくる…。

「また、わたくしったら…」
「しょーがないよ、気にしない気にしないっ」

 ふつうなら気にするトコだけど…。
 まさか気にしろとは、いえないし。

 未夢はクリスに笑いかけた。
 クリスは深く、ため息をついた。
 その息が白く、たなびいていった。

 駆け足の音が、リズムよくきざまれていく。
「は〜っ、やっと見つけたぁっ」
 三太の呼吸が、リズムよく出されていく。
 合いま、合いまに、ことばが織りこまれていく。
「花小町さん、行ってやってよ…、あいつンとこに、さぁ」

 視線が、落ちる。
 肩が、こわばる。
 ためらいながら、ことばが漏れる。

「でも…わたくし…」

「ごめん、」
 頭のうしろをかきながら、三太がそっと、声をかけた。
「おれたちが悪いんだよ…おれたちが、そそのかしたから」

「いいんですの…べつに、わるいことじゃ、ありませんし…」
 クリスのことばに、とげはない。
 それでも顔は、あがらない。
「ただ…その…」

 クリスの言いたいことは、三太にもわかる気がした。
 どう言ったところで、あんなところで、あれは、ない。
 どう言っていいのか、わからない。
 それでもなんとか、言わざるをえない…。

「だからごめん、おれに免じて、望んトコに行ってやってよ、花小町さんっ」

 そんなことばでいいのかどうか…。

「行って…って…言われましても…」

 やっぱり、だめか―…。
 そう思ったとき、クリスは次を続けていた。

「まず両親にちゃんと、話をしませんと…。
 そのあと、結納もありますし…」

 いつのまにか、クリスは宙に浮きそうだ。

「結婚式の日取りとか…
 きていただく方の調整も…
 あっ、何人ぐらい、お呼びすればよろしいのかしら…
 いけませんわ、わたくし、花嫁修業もちゃんとしておきませんと…」

 …行って、の意味が、ちがうだろ。

 三太はくちを開いたまま、閉じることができなかった。
 ふと気がついて、後ろを見てみると、未夢もぼーぜんとたちつくしていた。

 その未夢の、足もと。

「あれ…これ、なんだぁ…?」

 手を伸ばしてみる。
 上品な革の、赤いサイフ。

「未夢ちゃんの?」

 えっ、とちいさく声をもらして、未夢は首をふった。

「花小町さん?」

 ちがいますわと、ひと声がかえってくる。

 未夢が手のひらをたたいて、声をあげた。
「あっ、さっきぶつかったコのじゃないかなぁっ」

 きょろきょろと見回すと、未夢は一方をゆび差した。
 だいぶむこうに、細身のひと影。

「あのコあのコ、水色のキャスケットの、白いニットにジーンズのっ」

「あの…さ」
 おそるおそる、三太が尋ねる。
「なに?」
「キャスケットって…なに?」

 転びそうになるのを、何とか押さえて。
「ぼうしっ!ほら、あそこの、あのコ…」
 聞くと同時に、三太は走り出した。
「わかった、おれ、わたしてくるっ!」

「あ、ちょっと、三太くんっ!」

 追いかけようとすると、うしろから声。

「また…わたくし、ひと様に迷惑をかけてしまいましたのね…」
 また、沈んでる。

「クリスちゃん、ほらっ、三太くんがちゃんと行ってくれてるしっ、ねっ?」

 それで…。
 クリスちゃんを光ヶ丘くんのところにつれてくのって…。
 やっぱり、わたし…だよね…。

 未夢の足もとで、枯葉が一枚、舞った。


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