まい・おうん・さんたくろーす

#12

作:山稜

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 携帯の画面に、ついた汗。
 あわてて、そでの先でぬぐう。

「すいません、たすかりました」
 カシンと小気味よい音で、ふたつに折れて、たたんで、返す。

「いいのよ、気にしないで」
 女性は、ふっとほほえんだ。

 おおきなメガネの向こうの、美人。
 おフクロぐらいの、トシだろうか。
 わかいころには、モテただろうなぁ。
 おばさん…なんて、気がひける。

「なんだかそうやって、言うこときかないのをね、
 一生懸命動かそうとしてるの、みてたら…ほっとけなくてね」

 ははは、と三太は笑って見せた。
「いやぁ、こいつ、しょっちゅうなんですよぉ」
「しょっちゅうなの?」
 メガネの向こうの、目がまるい。

「いまもそう。ここってときに、ゆーこときーてくれねーこと、ケッコーあるし」

 そおっと、きかれた。
「いやに…ならない?」

「いや、って、なにがですか?」
「…その…ゆーこときーてくれないのが、いやに…ならない?」

 ぱぁっと、わらった。
「正直言って、たまに」

 それを聞いたら、目をふせた。
 わらいきれない笑みを、うかべて。

 バイクのシートに、ポンと、手。
「でも、なんかあって、こいつもこんななんだと思うし…こいつにあわせてやろうかなって。
 せっかく縁があって、おれんトコ来たんだし、だいじにしてやりたくて」

 ハンパな笑みが、きえていた。
 じっと、こっちを見てた。

 軽くうなづいて、はき出した。
「さて、もうお家の方も来られるでしょ…わたしは行くわ」
「あっ、ちょっとお名前まだ、きーてませんよぉっ」
「いいわよ、こんなことぐらいで」
「そん…」
「じゃね」

 きびすを返した、背中にむけて。
 せめて自分のことだけは、頭を下げて、言っときたい。

「あのっ、おれっ、黒須っていいますっ!ホントにありがとーございましたぁっ!」

 女性はちいさく、手をふった。
 歩きはじめていたところ、くるっとこっち、向きなおし。

 歩いていく先、病院の中。
 ん…?
 しまったぁっ、ついてけば知らん顔で入れたぁっ!

 …また見上げるしかない、病棟の窓。



 軽くふける、エンジン。
 聞きなれた音と、
「三太…っ」

 聞きなれた、声。
 呼ぶまでもないのに、つい呼んだ。
「彷徨ぁ」

 見なれない、光景。
 見まわすまでもないのに、つい見回した。
「…未夢ちゃんは?」

「ふてくされて寝てんじゃねーか?」
 ちょっとびっくりした。
「けんかでもしたのか」
 彷徨はぺろっと、舌だした。
「いーや、親にコドモあつかいされてるだろうから」

 …はぁ。

 あきれてると、彷徨はポケットから手を出した。
「ホラこれ」

 指輪型の、治療器。
 なんにも、言わず。

「…きかねーのか?」
「きかない」

 こっちむいて彷徨。
 くちの端、にやり。
「聞きはじめたら、ハナシ長いからな、おまえ」
 あっちむいてやった。
 おかえし、にやり。
「このヤロー、言いやがったなぁっ」

 ふふん、×2。

 病棟を親指で、さす彷徨。
「で…いるのか」

 うなずいて。
「意識なくして、運ばれたらしい…」
 うなずき返されて。

「…どーすんだ?」
 思わず、腕をかかえこむ。
「そーだなぁ…どっかから、しのびこんで…」

「無理だろ…ただでさえ防犯とかいろいろあるのに、」
 彷徨が指さす、表玄関。
「まだマスコミも、いるからな…」

「だよなぁ…」
「明日にするか?そしたら、ほかの見舞い客にまぎれて…」
「ちょいまち、」

 それは、ちょっと。
 手が、前に出た。

「その間に、もっと病状が進んじゃったら…」
「そうは言ってもな…病室もわかんねーのに、しのびこむって言っても…」

 腕をかかえた、う〜ん、×2。


 流れるピアノ、とつぜんに。
 彷徨が右手、ポケットに。

 取り出して、ひらいた。
「もしもし?」
「彷徨ぁ?」

 おれんトコまで、よくきこえる。
 未夢ちゃんの、元気な声だ。

「どした?」
「あのさぁ〜、ももかひゃんからヘンな電話かかってきたよぉ」

 彷徨がみけんに、しわよせた。
「おまえ、のんだな?」
「えぇ〜っ、のんでらいよぉ〜っ」

 彷徨の顔に、書いてある。
 ”ぜったいウソだ”

「で…その電話って」
「あのねぇ、ソーコ街がなくなって、タラコが三太くん探してるって」
「はぁっ!?」
「倉庫街がなくなって、タラコが三太くん探してるのっ! わらし、ひゃんと…」

 こっち見て彷徨は、むこうをむいた。

「もーいい、わかったから…またかける。
 うん。
 うん!
 はい!
 わかったからっ!!」

 電話切ったところへ、きいてみた。
 ったく、とかぶつぶつ言ってるのは、この際気にしない。
「未夢ちゃん、なんだって?」

 くち曲げて、首をかしげて。
「きこえてたか…」

「よくはきこえなかったけどな…ぁ」
「いや…ももかちゃんから電話があったらしくてな…
 倉庫街がなくなって、タラコが三太を探してるらしい」

 いつもながら、感心する。
「…ふーふって不思議だよなぁ、よくそんなんで会話なりたつなぁ」

「おれにもわかるかっ、こんなもんっ!」
 だいたいだれがふーふだとか言いながら、彷徨は電話のボタンを押した。
「とにかく、ももかちゃんに直接、きこう」

 耳にあててる、彷徨の電話。
 むこうですぅっと、通ってく、影。
 ひと目を避けて、小走りに。

「もしもし?もも…
 …留守電、か…」

 彷徨がそう言ってる間にも、あの影は、進む。
 タクシーひろって、乗って、行く。
 あれは…。

 ハーレー・ダビッドソンFL、1948年製。
 動かない。
 キックレバー、1発、2発。
 動かない。

「どうしたんだ?」
 返事はあとだ…。
 3発、4発…。

「くそぉっ、なんでだよぉっ」

「まさか、おまっ」

 彷徨はそこで、言葉を切った。
 つくづく、頭のいいやつだと思う。

「…病室にいるんじゃ、ないのか?」

「でもぜったいそうだっ」
 こりずに5発。
 6発。
 動かない。

「こんなときにかぎって…っ!」

 ハーレー・ダビッドソンFL、1948年製。
 はっきり言って、もうトシだ。
 それはわかっているけれど…。

 …それでも、あのコのところへ行きたい。


 こんどは、はずむオルガン。
 彷徨があわてて、携帯をとる。

「もしもし?」
「彷徨おにーちゃん?三太おにーちゃん、見つかった?」

 彷徨の携帯、音、でかいのか?
 ももかちゃんの声、よくきこえる。

「ああ、ここにいるけど…ももかちゃん、『倉庫街がなくなって、タラコが三太を探してる』って、いったい何のことなんだい?」
「ちがうわよ、ナマコちゃんってキョウコのマネージャーが三太おにーちゃんをさがしてるのよっ…キョウコがいなくなったから、なにか知らないかって」
「…あのバカ…だから酒飲むなって―…サンキューももかちゃん」

 パチンと、勢いよくたたむ。
 彷徨はカタナ(注)に、またがった。
 トンと、おれの肩、たたく。
 シートの後ろの空き、指した。

「のれよ…見失うぜ」

 ヨンパチ(注)を置いて行くのは、つらいけど…。
 それよりもっと、つらいことが、ある。

 だまって彷徨の後ろに乗った。



 交通量が、まだ多い。
 思うようには、走れない。
 タクシーまでが、まだまだ遠い。

 信号、黄になって、すぐ赤に。
「うわぁっ、彷徨っ信号ぉっ、信号ぉっ」
 あわてて止まる。

 まだ赤だ。

「…三太」
「ん?」
 彷徨がクラッチ切るのが、見えた。
「青になったら、ダッシュでいくからな…つかまってろよ」

 つくづく、おれはいい友だちを持ったと思う。
 でも。

「もーいーよ、彷徨ぁ」
「よかないだろっ…お前の大事なコなんだろっ!」
「ちがうって、そーじゃなくてさぁっ…あわててくれなくて、だいじょーぶだと思うんだ」

 彷徨がふりかえった。
「って…」
 おれには、なんとなくわかる。
「あぁ、この方向なら、きっと…」


 タクシーのドア、音を立てる。
 おつりをもらって、サイフにしまう。
 両足そろえて、出て、立って。

 運転手さんが。声をかけた。
「けど…いいのかい?ここ、休みだよ?」

 ジェットコースターも、
 ゆらゆらのバイキングも、
 大きな観覧車も、
 夜の静けさに、ひそんでる。

 行くタクシーのテールランプに、ふりかえって、頭だけさげた。

 いいんだ。
 ここに、いるんだもの。

 ジェットコースターも、
 ゆらゆらのバイキングも、
 大きな観覧車も、
 あのひとの笑い声を、運んでくる。

 ここに、いるんだもの。
 あたしの、サンタさんは…。

 どこ…。
 どこにいるの…。

 会いたいよ…。

 つかれたな…。
 ちょっとすわって、待ってよう…。

 ベンチに腰掛ける。
 日が暮れてしまうと、まだすこし肌ざむい。

《恭子、寒くない?》
《パパの上着、着ておくか?》
《やーねぇあなた、あなたのじゃおおきすぎて、この子ひきずっちゃうわよ》
《それじゃパパの上着の中じゃ、どーだ》

 ふわふわの、上着の中。
 パパの、笑顔。
 ママの、笑顔。

 …ママの、ため息。
《家とカメラの前以外じゃ、社長って呼びなさい…って、あれほど言ってるでしょうっ》

 …どれだけ飛び出してみても、…。

 困らせたくて、やってるんじゃない。
 あたしのことを、みてほしい。

 笑顔が、ほしい。
 くれるのは、ファンのひとたち。
 うれしかった。
 でもほしいのは、熱い笑顔じゃない。
 つつみこまれるような、あったかい笑顔…。

 有名人だとわかったとたん、ぱぁっと燃える花火じゃなくて、
 そばでほんのり灯ってくれる、キャンドルのようなやさしい笑顔…。

 どこにいけば、あえるの?
 あたしはどうして、ここにいるの?
 ここは…どこ?


「…コちゃん」

 この、声。

「キョウコちゃん」

 胸の奥のまん中を、ぎゅっと抱いてくれる、声。

「レイコちゃんって呼んだほうが、いいかなぁっ」

 待っていた、声…。

 声のほう、そっと向いてみる。
 考えるより先、声が出た。

「サンタさんっ!」

 彼が、
 手を、
 差しのべてる…。

「きて、くれたんだね」
「あぁっ…よいこのところには、必ずくるぜっ」

 わらってる。
 まっていたのは、
 その。

 手をつかもうと、さし出した。
 その手は、
 体ごと、崩れおちた。

「キョウコちゃん―…っ!」


 …またこの引きか(A^^;
 う〜む…おかしいなぁ、そろそろ出てこなきゃいけない人物が出てこない(A^^;
 予想外にキョウコの回想が長くなってしまいましたからねぇ。その上にこの部分、お世辞にもおもしろい内容じゃないし。キョウコが混乱症状なのが、ちゃんと伝わってるでしょうか?う〜む、自信ないなぁ。

 ひさびさの続編です。まるまるふた月、あいちゃいましたね…。
 これからまた春企画の準備とかで、なかなか書けないと思います。何とか見捨てずにいてくださいm(vv;m

(注)カタナ…スズキ製のバイク。本作での彷徨のバイク「カタナ」は「GSX400S 刀」で、もとは三太のバイクでした。
(注)ヨンパチ…ハーレー・ダビッドソン製のバイク。1948年製FLを特に「ヨンパチ」というそうで、かなりマニアックなバイクです(^^;

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