まい・おうん・さんたくろーす

#11

作:山稜

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 ニュースでうつった、あの病院。
 玄関の植え込み、見覚えがある。
 子象みたいな、木があった。
 あれはぜったい、まちがいない。

 アクセルを、すこしひねった。
 エンジンがまた、がくがくふるえた。

 作られてから、50年。
 はっきり言って、もうトシだ。
 メンテナンスが行きとどいてりゃ、手の届かない値段のバイク。
 無理して、こわしたくはない。
 …それでも、あのコのところへ行きたい。

 たのむっ、なんとかがんばってくれぇっ…。
 思ったとたんに、エンジン、止まった。

「あちゃ〜、とうとうだめかぁ…」

 ヘルメットを、ぬいだ。
 すぅっと、冷えた。
 まだ、日が暮れてくと肌寒い。

 どっかバイクを寄せるトコ…。
 どっか広いトコ、広いトコ…。
 おっ、あのへん…。
 って、病院の通用口じゃん!

 見上げてみた。
 ここのどこかに、あのコは…いる。

 夜星の話。
 目の前でみた、火花。
 まちがいなく…あのコ。
 ってことは、倒れたのは、それで。

 警備員が、こっちを向いた。

 …そんなハナシ、素直にしても、しんじてもらえねーよなぁ…。

 正面のほうは、マスコミもいる。
 帰りじたくを、はじめてはいる。

 …でも、これだけ人目があるんじゃなぁ。
 しのびこむっても、見つからねーわけ、ねーし…。
 だれか知り合いがいるわけでも、ねーし…。

 かーっ!
 こっから、どうすりゃいーんだよぉっ!
 どうやって、あの治療器…。

 …ん?
 ってまず、おれのてもとに治療器(アレ)、ないじゃん!


 一升ビンが、未夢のとなりに、いすわった。
 ママが、もう赤い顔。

「まーまー、のんでくださいよ宝晶さぁん」
「いやそーですか、では遠慮なく」

 ビンの反対側、彷徨。

「オヤジ…」
「なんじゃ」
「…五戒」

 おじさんは、グラスをあおった。

「ぷっは〜、うまいですな〜この酒は!」
 彷徨が、身を乗りだした。
「いーかげんにしろよオヤジっ、坊主が五戒やぶって、どーすんだっ!」

「…彷徨」
「なんだよっ」
「五戒、みな言うてみぃ」
「ごまかされねーぞっそんなっ」
「ええから、言うてみぃ」

不殺生(ふせっしょう)不偸盗(ふちゅうとう)不邪婬(ふじゃいん)不妄語(ふもうご)不飲酒(ふおんじゅ)!ちゃんと、酒飲むなって…」

 おじさんの目が、けわしくなった。

「ではたずねるが彷徨、この酒は何からできておる」
「…米と麹と水」
「わしにとすすめられて飲まなんだら、酒になった米の、命はどうなるんじゃ?むだ死にか?」

「またヘリクツを…」
「なにがヘリクツじゃ、すすめられて断るのは殺生というものじゃろう…『不殺生』の方が『不飲酒』より先にいわれとる。そっちのほうが罪深いわい」

 ははっと、おじさん。
 ぶすっと、彷徨。
 ちょっと、見かねた。

 台所には、パパ。
 なにか、作ってる。

 ママは、あいかわらずだし…。
 パパに、言ってもらおうかな…。
 そばに行ってみた。

「あのね、パパっ」
「ん?」
「ママがおじさんにお酒、すすめてるけど、あんまり…」

 パパはえびのからを、ていねいにむいた。

「未夢、宝晶さんは大のお酒好きなんだよ」
「でも…お坊さんって…」
「お坊さんだからね、自分から飲むわけにいかないだろ?
 だからママ、わざとすすめてるんだよ」

 あ…。
 そうか。
 ママ、気をつかって…。

「パパはママのそーゆーところがね、」

 パパは目じりを、ぐっと下げた。
 いつものセリフを、先回りした。

「『とっても好きなんだよ』でしょ?」

 まいったな、と、パパはわらった。
 なんとなく、それがうれしかった。

「ねぇ未夢」
 ママが、ひょっこり。
「グラス、ちょうだい」

「なんでわたしにゆーのよっ」
「だって未夢、あなたもうここんちの…」
「はいはい、そーゆーこと言うとまたパパが泣くよっ?」
「ムダよ、ホラ」

 もう、泣いてる。

「はいはい、いーからいーから、未夢はグラスもってってちょうだい」
「もう…」

 しかたなく、持っていく。
 ママのこえ、背中に聞く。

「ごめんねパパ、パパにばっかり料理させて…」
「いいっていいって、いつものことじゃないか」
「でも、つかれてるトコ…」
「ぼくがやったほうが、きみがやるより数倍、つかれなくてすむよ?」
「なんだかフクザツな気分だわ、それって」

 ふふふ、だって。
 わが親ながら、ホントに仲がいーんだから。

 ママがちらっと、こっち見た。
「アラ未夢、まだそこにいたの」
「まだ、って…」
 きーてない。
 きょろきょろ、あちこち目線。
「いーわいーわ、ママが持ってくから…どれ?これ?いーわよね?」

 返事する間も、なく。
 となりの茶の間へ、とんでいく。

「さー彷徨くんっ、彷徨くんもどーぞっ」
「ちょ、ちょっとおばさん、おれまだ未成年っ」
「アラそーだっけ?ハタチじゃ、なかった?」
「まだ19ですっ」
「1年ぐらいどーってことないわよっ、じゅーぶん成年成年っ」
「そんなわけにいかないですよっ」
「ほらほら、ことわるのは殺生よっ」

 電話が、呼んでる。
「あっ、おれ出る、出る」
 彷徨が、とんでく。

 もどってきて、となり。
 まじめな顔で、ぽつり。
「おれ、ちょっとでかけてくるから…三太が、な」

 いい口実が、できたかな。
 気をつけて、とだけ、見おくった。

 ママがためいき、ついた。
「…にげられちゃったわね」
 おじさんが、わらった。
「まーまー未来さん、せっかくのいい酒も、彷徨のような小僧っコに飲まれては、往生できますまい」
「あらぁ、彷徨くんは小僧っコじゃありませんわよ、しっかりしてるし…未夢とちがって」

 むっ。

「なによママっ、彷徨はオトナでわたしはコドモだ、っていーたいわけっ!?」
「べつにそーゆーわけじゃないけど?」
「そうきこえるわよっ」
「でも彷徨くんのほうが、しっかりしてるのにはまちがいないでしょ?」

 むっかぁ〜っ!

 目についた、グラス。
 手にとって、あおる。

「ちょ、ちょっと未夢っ!?」
「どうっ、わたしだってこれくらいっ」
「これくらいって、あなた…」
「わたしだって19だもんっ、彷徨といっしょらもんっ」

 …あれ?

「そうじゃなくって…もうカオ、まっかよ?」
 そういえば、あつくって。
「ホラ未夢、しっかりしなさいっ」
 そんなこと言われても、だるくって、しょうがなくって。

「…やれやれ、これじゃ彷徨くん、苦労するわね」
 最後にきいたのは、それだった。


≪しかたないでしょ≫

 いつもそんなふうに、言われてた。
 仕事だから、大切な仕事だから…。
 そう、いつも、いつも。

≪パパ…行っちゃ、やだよ…≫
≪ママと話し合って決めたんだよ…ごめんな…≫

 誰も、あたしの笑顔しか、知らない…。
 笑顔しか、見せちゃいけない―…。

≪あなたアイドルなのよ?あたりまえでしょ≫

 ママなんて、何にもわかってくれない…。
 あたしはいつも、ひとりぼっち…。

 ひとりぼっちで…。
 笑顔を、ふりまいて…。
 わたしの笑顔は、すりへって…。
 もう、笑顔なんて、できないよ…。

 …おっきな、手。
 さしのべてくれた。

≪なんでもするぜ?≫

 サンタさん…。
 わたしに、笑顔をくれるひと…。
 わたしの、サンタさん…。

 その手をしっかり、にぎった…はずなのに。

≪仕事とプライベート、どっちが大事なのっ!≫
≪きっと会えるさ…じゃ…っ≫
 いやっ、いかないで…。

 そばに…いて…。
 そばに…。



「…ョウコちゃん?」

 ききなれた気が、する。
 だれだっけ…。

 サンタさん?
 女の人の声が、サンタさんなわけ、ない。

 だれ?

 え〜と…。
 …あぁそうだ、真名古ちゃん、だ…。

「気がついてよかったわ…」
 カオから緊張感、ごっそりどっかに行ってる。

 それより、
「サンタさん…?」
「なんだ、夢見てたんですか?」

 夢…?

「ママは?」
「社長はテレ毎に…あぁそうだ、『気がついたりしたら連絡して』って言われてたんだった」

 携帯を、手に。
「ちょっと待っててくださいね、すぐ戻ってくるから」
 出ていった。
 病院の中って不便…とかいいながら。

 ママは…いない。
 あたしは、いつも、ひとり…。

 …ひとりでなんて、いたくないのに。

≪きっと会えるさ≫

 きっと…。
 そうだ。
 あそこなら、会える。

 ママは、いない。
 じゃまは、入らない。
 行こう…あそこへ。


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