作:山稜
ニュースでうつった、あの病院。
玄関の植え込み、見覚えがある。
子象みたいな、木があった。
あれはぜったい、まちがいない。
アクセルを、すこしひねった。
エンジンがまた、がくがくふるえた。
作られてから、50年。
はっきり言って、もうトシだ。
メンテナンスが行きとどいてりゃ、手の届かない値段のバイク。
無理して、こわしたくはない。
…それでも、あのコのところへ行きたい。
たのむっ、なんとかがんばってくれぇっ…。
思ったとたんに、エンジン、止まった。
「あちゃ〜、とうとうだめかぁ…」
ヘルメットを、ぬいだ。
すぅっと、冷えた。
まだ、日が暮れてくと肌寒い。
どっかバイクを寄せるトコ…。
どっか広いトコ、広いトコ…。
おっ、あのへん…。
って、病院の通用口じゃん!
見上げてみた。
ここのどこかに、あのコは…いる。
夜星の話。
目の前でみた、火花。
まちがいなく…あのコ。
ってことは、倒れたのは、それで。
警備員が、こっちを向いた。
…そんなハナシ、素直にしても、しんじてもらえねーよなぁ…。
正面のほうは、マスコミもいる。
帰りじたくを、はじめてはいる。
…でも、これだけ人目があるんじゃなぁ。
しのびこむっても、見つからねーわけ、ねーし…。
だれか知り合いがいるわけでも、ねーし…。
かーっ!
こっから、どうすりゃいーんだよぉっ!
どうやって、あの治療器…。
…ん?
ってまず、おれのてもとに
◇
一升ビンが、未夢のとなりに、いすわった。
ママが、もう赤い顔。
「まーまー、のんでくださいよ宝晶さぁん」
「いやそーですか、では遠慮なく」
ビンの反対側、彷徨。
「オヤジ…」
「なんじゃ」
「…五戒」
おじさんは、グラスをあおった。
「ぷっは〜、うまいですな〜この酒は!」
彷徨が、身を乗りだした。
「いーかげんにしろよオヤジっ、坊主が五戒やぶって、どーすんだっ!」
「…彷徨」
「なんだよっ」
「五戒、みな言うてみぃ」
「ごまかされねーぞっそんなっ」
「ええから、言うてみぃ」
「
おじさんの目が、けわしくなった。
「ではたずねるが彷徨、この酒は何からできておる」
「…米と麹と水」
「わしにとすすめられて飲まなんだら、酒になった米の、命はどうなるんじゃ?むだ死にか?」
「またヘリクツを…」
「なにがヘリクツじゃ、すすめられて断るのは殺生というものじゃろう…『不殺生』の方が『不飲酒』より先にいわれとる。そっちのほうが罪深いわい」
ははっと、おじさん。
ぶすっと、彷徨。
ちょっと、見かねた。
台所には、パパ。
なにか、作ってる。
ママは、あいかわらずだし…。
パパに、言ってもらおうかな…。
そばに行ってみた。
「あのね、パパっ」
「ん?」
「ママがおじさんにお酒、すすめてるけど、あんまり…」
パパはえびのからを、ていねいにむいた。
「未夢、宝晶さんは大のお酒好きなんだよ」
「でも…お坊さんって…」
「お坊さんだからね、自分から飲むわけにいかないだろ?
だからママ、わざとすすめてるんだよ」
あ…。
そうか。
ママ、気をつかって…。
「パパはママのそーゆーところがね、」
パパは目じりを、ぐっと下げた。
いつものセリフを、先回りした。
「『とっても好きなんだよ』でしょ?」
まいったな、と、パパはわらった。
なんとなく、それがうれしかった。
「ねぇ未夢」
ママが、ひょっこり。
「グラス、ちょうだい」
「なんでわたしにゆーのよっ」
「だって未夢、あなたもうここんちの…」
「はいはい、そーゆーこと言うとまたパパが泣くよっ?」
「ムダよ、ホラ」
もう、泣いてる。
「はいはい、いーからいーから、未夢はグラスもってってちょうだい」
「もう…」
しかたなく、持っていく。
ママのこえ、背中に聞く。
「ごめんねパパ、パパにばっかり料理させて…」
「いいっていいって、いつものことじゃないか」
「でも、つかれてるトコ…」
「ぼくがやったほうが、きみがやるより数倍、つかれなくてすむよ?」
「なんだかフクザツな気分だわ、それって」
ふふふ、だって。
わが親ながら、ホントに仲がいーんだから。
ママがちらっと、こっち見た。
「アラ未夢、まだそこにいたの」
「まだ、って…」
きーてない。
きょろきょろ、あちこち目線。
「いーわいーわ、ママが持ってくから…どれ?これ?いーわよね?」
返事する間も、なく。
となりの茶の間へ、とんでいく。
「さー彷徨くんっ、彷徨くんもどーぞっ」
「ちょ、ちょっとおばさん、おれまだ未成年っ」
「アラそーだっけ?ハタチじゃ、なかった?」
「まだ19ですっ」
「1年ぐらいどーってことないわよっ、じゅーぶん成年成年っ」
「そんなわけにいかないですよっ」
「ほらほら、ことわるのは殺生よっ」
電話が、呼んでる。
「あっ、おれ出る、出る」
彷徨が、とんでく。
もどってきて、となり。
まじめな顔で、ぽつり。
「おれ、ちょっとでかけてくるから…三太が、な」
いい口実が、できたかな。
気をつけて、とだけ、見おくった。
ママがためいき、ついた。
「…にげられちゃったわね」
おじさんが、わらった。
「まーまー未来さん、せっかくのいい酒も、彷徨のような小僧っコに飲まれては、往生できますまい」
「あらぁ、彷徨くんは小僧っコじゃありませんわよ、しっかりしてるし…未夢とちがって」
むっ。
「なによママっ、彷徨はオトナでわたしはコドモだ、っていーたいわけっ!?」
「べつにそーゆーわけじゃないけど?」
「そうきこえるわよっ」
「でも彷徨くんのほうが、しっかりしてるのにはまちがいないでしょ?」
むっかぁ〜っ!
目についた、グラス。
手にとって、あおる。
「ちょ、ちょっと未夢っ!?」
「どうっ、わたしだってこれくらいっ」
「これくらいって、あなた…」
「わたしだって19だもんっ、彷徨といっしょらもんっ」
…あれ?
「そうじゃなくって…もうカオ、まっかよ?」
そういえば、あつくって。
「ホラ未夢、しっかりしなさいっ」
そんなこと言われても、だるくって、しょうがなくって。
「…やれやれ、これじゃ彷徨くん、苦労するわね」
最後にきいたのは、それだった。
◇
≪しかたないでしょ≫
いつもそんなふうに、言われてた。
仕事だから、大切な仕事だから…。
そう、いつも、いつも。
≪パパ…行っちゃ、やだよ…≫
≪ママと話し合って決めたんだよ…ごめんな…≫
誰も、あたしの笑顔しか、知らない…。
笑顔しか、見せちゃいけない―…。
≪あなたアイドルなのよ?あたりまえでしょ≫
ママなんて、何にもわかってくれない…。
あたしはいつも、ひとりぼっち…。
ひとりぼっちで…。
笑顔を、ふりまいて…。
わたしの笑顔は、すりへって…。
もう、笑顔なんて、できないよ…。
…おっきな、手。
さしのべてくれた。
≪なんでもするぜ?≫
サンタさん…。
わたしに、笑顔をくれるひと…。
わたしの、サンタさん…。
その手をしっかり、にぎった…はずなのに。
≪仕事とプライベート、どっちが大事なのっ!≫
≪きっと会えるさ…じゃ…っ≫
いやっ、いかないで…。
そばに…いて…。
そばに…。
「…ョウコちゃん?」
ききなれた気が、する。
だれだっけ…。
サンタさん?
女の人の声が、サンタさんなわけ、ない。
だれ?
え〜と…。
…あぁそうだ、真名古ちゃん、だ…。
「気がついてよかったわ…」
カオから緊張感、ごっそりどっかに行ってる。
それより、
「サンタさん…?」
「なんだ、夢見てたんですか?」
夢…?
「ママは?」
「社長はテレ毎に…あぁそうだ、『気がついたりしたら連絡して』って言われてたんだった」
携帯を、手に。
「ちょっと待っててくださいね、すぐ戻ってくるから」
出ていった。
病院の中って不便…とかいいながら。
ママは…いない。
あたしは、いつも、ひとり…。
…ひとりでなんて、いたくないのに。
≪きっと会えるさ≫
きっと…。
そうだ。
あそこなら、会える。
ママは、いない。
じゃまは、入らない。
行こう…あそこへ。