作:山稜
三太はメットを、ほうり出した。
「やっべーっ、バイト遅刻するよぉ」
ユニフォームを脱ぐと、まるめた。
うしろから、いきなり。
「三太」
「うわぁっ!」
ふりむくと、中学のころの同級生。
「なんだ、おまえかぁ…」
どうもこいつに、後ろに立たれるのはこわい。
「そんなにおどろくな」
「おまえいつも、足音しねーから…」
「足音を立てたら、敵に気づかれるだろう」
「敵ってなんだ、敵って…」
こいつも、陸上部の部員。
陸上部いち、体格がいい。
せめての救いは、種目の違い。
砲丸投げじゃ、ぜったい勝てない。
「だいたいおまえ、そのヘルメットの扱いはなんだ」
「あぁ…いーんだ、どーせ安もんだし」
やつのカオは、あいかわらず、かたい。
「なにを言ってる…いざと言うとき頭を守ってくれる物を、そんな扱い方、するものではない」
メットを、ひろいあげて言う。
「それに、こういうウレタン素材のものは、分子構造を破壊して強い衝撃を吸収するからな…テーブルの上から落としたりすると、対衝撃性は約4分の1になってしまうぞ」
「げっ、そーなのかっ」
「気をつけろ」
横でおなじく、着替えをはじめた。
「ところでおまえ、フォームか何か、変えたのか」
「いや、そーじゃないけど…なんだよいきなり」
「調子が良さそうだと思ってな」
はたから見てても、わかるのか。
たしかに自分も、いい感じだけど。
「ん〜、ちょっと、ふっきれたからかもなぁ」
「すまん」
「なにが?」
「フラれたとは、知らなかった」
「ちがうってばよぉっ!」
三太が顔を、真っ赤にしても、
相手は顔色ひとつ、変えず。
怒る気も、うせる。
「ふっきれたとゆーか…覚悟をきめた、ってゆーか、そんなカンジなんだ」
となりがやっと、笑みを浮かべた。
「覚悟をきめた、か…そういうときは何が来ても怖いものなしだ、鉄砲の弾でもはじきかえせるぞ」
「…おれはおまえみたいに、人間重戦車じゃねぇって」
「冗談だ」
冗談でなかったら、こまるって。
どういえばいいか、わからず黙る。
ふたりでもくもく、着かえてく。
やつはえり元を、ととのえて。
「そういえば、ちょっと小耳にはさんだんだが…今度の大会、おまえを正選手にしようかって話らしいな」
「ホントかよ!?」
「ま、うわさだがな。がんばろうぜ、お互い」
それだけ言うと、行ってしまった。
あいもかわらず、むだがなく。
でも…あいつの言ってたことがホントだったら…。
テレビにうつったり、するかもなぁ。
選手かぁ…どこかであのコが、見てくれないかなぁ…。
おいといた時計を、手首にもどす。
「げっ、もうこんな時間かぁっ!」
カンゼンに、遅刻、決定。
連絡しとかないと…店長、うるせーからなぁ。
ポケットから、ケータイ。
バイト先の番号、出して…。
「あ〜…」
ついつい、やっちまう。
解約したんだったよなぁ、これ…。
イタ電の主に、あらためてハラがたった。
◇
ついてないのか、運、わるいのか。
バイクが古いの、わかってる。
あわてていたら、エンジンとまる。
おまけに店は、臨時休業。
なにしにあせって、行ったんだか…。
彷徨にでも、きーてもらうかぁ…。
石段の下に、バイクを止めた。
足のバネを、はずませ上った。
上り切ったら、女の子。
ショートカットの、見おぼえの…。
…キョウコ…ちゃん…。
呼び鈴に、彼女。
出てきた、彷徨。
…彼女が、だきついた…。
声が、でなくて。
ただただ、見てた。
「彷徨くんっ、あいたかったわっ!」
「ちょっ、ちょっとまってくれっ」
「いやよ、はなれないわっ」
「なんなんだアンタっ、やめろってっ!」
彼女はひょいと、彷徨の後ろに目をやった。
「あら…未夢ちゃん」
「えぇっ!?」
大声と彼女を、彷徨がつきとばした。
おもわず出た、右足。
とめられた、左足。
彼女は、言った。
ぜんぜん、ちがう声で。
「だめじゃないか彷徨くん、女の子をつきとばしたりなんかしたら、さ」
「おまえ…その声は」
「やっとわかった?」
キョウコの顔をしていたそれは、両手でもまれて男になった。
ぼうしを背中からだすと、ジャケットのえりをととのえた。
「ジャーンっ、まーたまたきましたっ、夜星星矢でーすっ!」
彷徨は頭をかかえてた。
「もう、こなくていーって…」
おかまいなし。
「未夢ちゃんは?」
「…バイトだ」
彷徨はフツーに、あきれてる。
こんなにキミョーな、ことなのに。
まるで宇宙人でも…。
あそーか。
このひと、ルゥくん送ってった、宇宙人か…。
思い出したら、気が抜けて。
「はぁっ」
と、おおきな、ため息が出た。
彷徨がびくっとこっちを向いて、
目を合わせたら、息、ぬいた。
「なんだ…三太か」
「わりぃわりぃ、じっと見ちまったぁ」
くびの後ろに手をやりながら、歩いていくと、彷徨は言った。
「おまえでよかった…よその人だったら、困るからな」
夜星となのった、彼が笑った。
「見られていちばん困るのは、未夢ちゃんにじゃないの〜っ?」
「おまえみたいなオキラク宇宙人が、ここにきてるなんて言いふらされたくないんだよっ!」
彷徨は横目を、流してた。
「光月のおばさんが宇宙へ行ったときだって、あれだけのさわぎだったんだからな…」
夜星くんがまた、笑う。
「ごまかさないごまかさない、さっきのあわてぶりを見たら、だれの目にも…」
彷徨が、げんこつひとつ、作る。
歯を食いしばって、ぎりぎり言わせる。
「それでっ!?未夢に用ってのは、なんだっ!?」
こういうときの、彷徨はこわい。
さすがに彼も、ふざけてられない。
「う…うん、まあねっ」
彷徨のジト目は、とまらない。
夜星のこめかみ、汗ひとすじ。
「さ…最近、未夢ちゃんに、変わったことないかと思って、さ」
たぶん、だれでも気づくってわけではない。
ながい付き合いだから、
彷徨の顔色が、ちょっとだけ、かわった。
「変わったことって…なんだよ」
顔よりも、声には出てる。
その気持ちには、おされてしまう。
彼はなんとか、続きを言った。
「その…なんか、つかれやすいとか」
ふぅっと彷徨が、息をはいた。
「べつに…そんなこと、言ってなかったけど…」
彷徨はまるで、にらみつけてる。
「何かあるんなら、はっきり言えよ」
ながい付き合いになる、
いまの彷徨は…はっきり、こわい。
「じ…つは、さぁ…」
夜星くんも、おそるおそる。
「こないだの、アレなんだけど」
彷徨はぶすっと、だまってる。
あんまりなんで、かわって聞いた。
「アレって?」
ようやく話ができるってカオで、夜星くんは話を始めた。
「前にね、ぼく、地球に来たときカゼひいちゃっててさぁ、さわっちゃって、未夢ちゃんの心が…別の子に入り込んじゃったんだよ」
思わず、はぁっ?っと声が出た。
さっぱり、わけわからない。
彷徨が眉間にシワよせて、こっちを向いた。
「こいつらの星じゃ、カゼひいて他人にさわったら、心がいれかわるんだってさ…」
なんじゃ、そりゃぁっ。
思っていると、彷徨はさらに。
「だいたいこいつら、手でさわったら相手の心が読めるらしーし…」
「うわぁっ…ひょっとして、きみの星にはスポックとかトゥボックとかってひと、いない?」
「ん?そんな名前はあんまりいないと思うけど?」
マジ返し、された…。
やっぱ、一般人にウケるネタじゃないかぁ…。
おかまいなしに、彷徨は続けた。
「こいつの場合はまだややこしくて、いっぺんにふたりにさわったらしくてなっ、おかげで未夢の心がキョウコに入り込んじまって…」
その名を聞いたら、だまってられない。
「キョウコって…」
「おまえが好きな、アイドルのキョウコ」
のどから胸に、奥まで、つっこまれて。
「なっ、なんで彷徨、おれがキョウコちゃん…」
彷徨は片方のまゆを、持ちあげた。
「あれだけ写真集とか買いあさってて、よくそんなことゆーな、おまえ…」
「あぁ、好きってそーゆー…」
彷徨はまた片方を、持ちあげた。
「なんかおまえ、ちょっとヘンだぞ最近?」
「…そうかぁ?」
ながい付き合いだから、わかってるかもしれない。
それでも彷徨は、それ以上、言わない。
そういうところが、ありがたい。
彷徨は彼に、話をもどした。
「それで…その、こないだのアレがどうしたんだよ」
「あれ、たまに後遺症、のこるらしくて…つかれやすくなったり、するらしいんだ」
彷徨のカオは、いつもにもどった。
「あぁ…それなら、だいじょうぶだな」
ん、と、ひと息、彷徨がついて。
ん、と、夜星が、くびをかしげて。
「…まさか未夢ちゃん、あのあとキョウコちゃんに会って、さわったりしてないよねぇ?」
「ん…相手は『超』アイドルだからな…めったに出会う相手じゃ、ないだろ」
「ならいいんだ」
彼はホッとしたカオで、わらった。
「地球でいう半年以内に会ってなければ、まず『スパーキング』も起こること、ないし」
どうも…。
なにか、ひっかかる。
気になった。
聞いてみた。
「その…『スパーキング』って?」
だいたい彼は、ハナシ好きらしい。
くるっとこっち向いて、笑顔まるだし。
ま、わるいひとじゃ、ないらしい。
「え〜とねぇ、
ふつうは後遺症は心が抜けちゃった方の体に出るんだけど、
半年以内にそのふたりが触れ合っちゃうと、火花が飛んだりして、
まえのときに、ふたり分の心が入っちゃった方に、後遺症が出ちゃう
…っていうのが、『スパーキング』なんだ」
「…後遺症って、疲れやすくなったりするだけ?」
「う〜ん、重症だと混乱したり、意識がなくなったり、最悪の場合…命をおとすこともあるって、話だけど…」
夜星は彷徨に、笑ってみせた。
「でも心配ないよね、そういう症状、ぜんぜんないんでしょ?」
彷徨は夜星に、やっと笑った。
「あぁ…いつも元気いっぱいだ、未夢のやつ」
自分自身は、笑えなかった。
「あ、でも、もしなにかあったらいけないから」
夜星が、ポケットを探った。
「これ、念のために持っててよ」
彷徨の手をとり、ひょいとわたした。
「なんだこれ」
それは、どうにも指輪にみえる。
「後遺症の治療器」
彷徨がしげしげ、ながめてる。
横からいっしょに、ながめてみる。
こまかく確かに、何かついてる。
よくよく見ないと、見すごしそうだ。
「どーやって使うんだ?」
「指にはめるだけでいいよ」
「じゃ念のため、はめさせてみるか」
「いや、やめといたほうが…副作用で、心がうつっちゃったときからの記憶がなくなることがあるから」
「う〜ん…」
それを彷徨は、ぐっと、にぎった。
「とりあえず、あずかっとく。サンキュ」
「あ…それ…」
声に、出てた。
「どうした?」
決定的なわけじゃ、ない。
彼女がキョウコと、決まったわけじゃ…。
ききながしてくれよぉ、彷徨ぁ…。
なんとか、ごまかしの言葉。
「いや…すげぇよ、なぁっ」
もしも彼女がキョウコでも、
こんな話を、どうやって。
彼女が元気でいるなら、それで…。
それで、いいのか?
こんがらがってきた。
彷徨は、だまってた。
「また、くるわ」
それしか、言えなかった。
くるりと向けた、背中のうらで、
彷徨の視線が、いたかった。
◇
おフクロがパートに出てるのは、こういうときには都合いい。
静かに考えてたくても、おフクロがいると、やかましい。
自分の部屋で、こもってみても、手伝え、メシ食え、落ちつかない。
冷蔵庫から、スポーツドリンク。
戸棚から、コップ。
なみなみ注いで、イッキにあけて。
も一回そそいで、テレビをつけて。
野球か…うるさいな。
バラエティか…つまんねーな。
ニュースか…どーせたいしたこと、言わねー…。
倒してしまったコップのことは、頭の中には、もうなかった。
置いたばかりのバイクのキーを、わしづかみにして、玄関を出た。
メガネのベテランアナウンサーが、伝えたことが頭をめぐる。
「きょう午後4時ごろ、音楽番組『ミュージック・マーケット』の収録中に、アイドル歌手で女優のキョウコさん、本名