作:山稜
自転車をおして、歩く。
あしどりは、おもく。
つかれたというか、気がぬけたというか。
とにかく、失ぱいした。
ふぅっと、もれた。
「あたしって、こんなにおろかだったかしら…」
がっくり、うなだれた。
ふと、向こう。
おんなじように、がっくり、うなだれてる。
「あら、三太おにーちゃん」
「あれぇ…ももかちゃん」
いつのまにか、ちがうほうへと歩いてたらしい。
三太の家が、目の前だった。
「おひさしぶりねっ」
「そういや、そうだなぁ」
上げたバイクのスタンドを、三太は戻して立てなおした。
「どうしたんだい、がっくりして」
「おたがいさまじゃない」
「ありゃ、見られてたのかぁ…実はさぁ、」
話しはじめて、ももかがとめて。
「ちょっと三太おにーちゃん、レディ・ファーストってことばをしらないのっ」
ひとさし指を、左右にふって。
「そーゆーんだと、女の子にきらわれちゃうんだからっ」
苦笑いして、三太は言った。
「そ…それじゃももかちゃん、どうしてがっくりしてたの?」
「じつはねぇ…」
◇
ひさしぶりに、クリスおねーちゃんのところに行って。
ちょっと、きーてみたかったのよね。
おねーちゃんなら、どーゆーか。
「でね、落ちついたカンジでよくお話をするの、こっちのコは。
で、こっちのコはぶっきらぼうだけど、どこかやさしいカンジがするの。
どっちもおんなじぐらいかっこいいんだけど、りょうほうともあたしに気があるみたいなの…もてる女は、ツライわよねぇ」
でも…そんな話題、いまのクリスおねーちゃんにするなんて、おろかのきわみだったわ。
それだけでも、おろかだっていうのに、
「クリスおねえちゃんだったら、どっちをとる?」
「どっちをとる、なんて、そんな…」
「たとえば、のハナシ…どっちにする?」
なんて、きーたもんだわよ。
そしたら、
「それはやっぱり、よくお話をしてくださる方のほうが楽しいですわ…
いっしょにいると、あっと言う間に時間が過ぎますのよ」
そこまでは、まだよかったのよ。
そこで、とまれば、ね。
「いっしょに何かを見に行くにしても、お話がはずむほうが、やっぱりいっしょにいても楽しいと思いますもの」
そうつづいたとき、しまったっ!って、おもったわ。
だってそのあと、
「わたくしもよく、望くんと花や鳥を見たりしますけれど…
いろんなことを話してくださるから、楽しいですわ。
花を見て花弁がきれいにととのっているね、鳥を見てきれいな羽のつやだね、
でもクリス、きみの美しさには、あの夕日でさえも引き立て役でしかないさ
…な〜んて言われたときには、いまだにどうお応えしていいのか困りますけれどっ」
…つきあって、らんなくなって、ほっといてかえったけど。
そのままひとりでしゃべってて、きっといまごろ、
「あら?ももかちゃん?」
とか、いってるわね。
まったく、失ぱいだったわ…
いまのクリスおねえちゃんにあんなこと聞いたって、まいあがっちゃって自分のハナシしかしないわよねぇ。
◇
「しかたがないから、ひさしぶりに未夢ちゃんのところへでも、行ってみようとおもってあるいてたら、こっちまで来ちゃってたってわけ」
まぁ、無理もない。
あの花小町さんのことだから、ぶっとんでって破壊してないだけマシだろう…。
ははは、と三太は、わらうだけにした。
「それで…三太おにーちゃんは、なんでため息ついてたの?」
三太ののどは、ぐっとつまった。
こういう話題は、だいたい、いきおい。
あらためてしまえば、言いにくい。
こまっていると、ももかは横目を流してきた。
「ははーん、さては…オンナのコに、ふられたのねっ」
「ちがう、ちがう!」
反射的に言ってはみたが、どう言ったもんだか。
ももかがいくら、かしこいとはいえ、考えてみれば小学生。
こみいったハナシをするのも、ミョーにも感じ。
でも、
こっち向いてる目もと、どうにもならんし。
「ふられるも何も…」
なんとか、さがしてはみた。
「手紙がうまく、書けなかっただけだよ」
ももかは両手を、よこに広げた。
いつもの「お手上げ」のポーズだ。
「なーんだ、まだ『こくはく』もしてないのね…そんなんじゃ、カンケーがすすみようが、ないじゃない」
ももかがいくら、かしこいとはいえ、考えてみれば小学生…。
前言撤回。
場合によっちゃ、おれたちより…。
「あいに行って、はっきり『すきだ』って言うことね…よくもわるくも、それですっきりするわ」
頭をかかえて、三太は言った。
「いや…ももかちゃん、会いたくても会えるような相手じゃ、ないからさぁ」
言ったことばが届く間もなく、
「なに、いってるのよ」
と、かえってきた。
「会えないなんて…」
ももかは地面を、ゆびさした。
「
とたんに、あのときのことが、よみがえる。
あれからもう、5年と、半年。
小さくなってく光に向かって、
おれのとなりで、この子は言った。
≪…さよなら、ルゥ……≫
そのとき、3歳ほど。
とは思えない、せつな顔。
みんな見上げる、その中で。
そしてその子が、さらに言う。
「大すきなひとを、あきらめちゃ、だめなんだから」
心臓、わしづかみにされる。
こんなちーさい子が、わかってる。
自分はいったい、何してる。
あきらめちゃ、
「そう…だよなぁ、そうだ…」
いけない。
たとえその子がだれであろうと、
きっとまた、会える。
あきらめたり、しない…。
手をおいていた、愛車のタンク。
ハーレー・ダビッドソンの字が、
とつぜんはっきり、見え出した。
キック、いっぱつ。
めずらしくエンジン、すんなり。
マフラーがきざむ、コントラバス。
妙に落ちつく、胸の奥。
手にしたままの、サングラス。
ゆるんだほおの、上からかける。
「さんきゅ〜、ももかちゃんっ!」
重低音をひびかせて、三太は走り去っていった。
「まったく…」
腕ぐみをして、ももかはふっとつぶやいた。
「どっかに、しんのつよいオトコって、いないもんかしらねぇ」
さて…と、ふみ出すその先で、みなれない顔がきょろきょろと。
つかれたカオしてるわね、このおばさん。
目が合った。
たったか、こっちへやってきた。
「お嬢ちゃん、しってたらおしえてほしいんだけど」
(きょろきょろ+つかれたカオ+なれなれしい、たい度)×小学生=…。
犯ざいの、ニオイがするわ。
ちょっとさぐりを、入れないと。
「なぁに?」
ももかは女を、ぐっとにらんだ。
女は片目を、ひきつらせた。
それでもなんとか、笑顔は作った。
「このへんに、黒須さんっておうちがあると思うんだけど…?」
なにこのおばさん、ねらいは誘かいじゃなくて、どろぼう?
なら、ゲキタイしておかないと。
「おばさん、お客さんなの?」
女の眉間に、くっきりと、しわ。
それでもなんとか、笑顔は持った。
「ええ、まぁ…『さんた』って人が、そこにいるってきいてきたんだけどね」
サギねらいかしら?
「セールスかなんか?」
「ちがうちがう、」
女はバッグの中を、あさった。
「ちょっとお手紙もらったんで…ホラ」
とり出された、白い封筒。
裏にはしっかり、三太の住所。
「だいじなご用があって、きたんだけどね」
まぁそんなこと言われたって、サギじゃないっていうわけでもない。
「ざんねんだったわねぇ、三太おにーちゃんならいま、でかけたところよ」
「そう…」
なぜか女は、ほほえんだ。
「じゃあ、また来ることにするわ、ありがとうね、お嬢ちゃん」
女はくるりと、向きをかえた。
「ちょっとっ!」
ももかが大声、はりあげた。
女はびくりと、向きを戻した。
「な…なに?」
ももかは女を見すえながら、右手をすっと差し出した。
「メイシぐらい、おいてきなさいよ…だれがきたのか、わかんないじゃないのよ」
女はおおきく、目を開いた。
両方のまぶた、いそがしくうごいた。
われにかえって、バッグをさぐった。
「ごめんなさいね、それじゃ」
名刺を、さし出す。
両手で、うけとる。
さっそく中身を、読んでみる。
「アール・エム・エンタープライズ、」
うっ…。
あとのぶん、みんな習った漢字だけど、読みかたちょっと、ヘンよねぇ…。
「…ナマコ?」
言われた女は、とっさにさけんだ。
「真名古ですっ、マ・ナ・コ!」
ももかは思わず、ぷっとわらった。
「おもしろいひとねぇ…いーわ、三太おにーちゃんが帰ってきたら、れんらくしてあげる」
ポーチの中から、取り出して。
ケータイを見せて、ほほえんで。
「番号は?」
「え?」
「ケータイ見せて『番号は?』ってきーてるってことは、あなたのケータイの番号をおしえて、ってことよ」
「あぁ…」
どうも調子がくるうなぁ、と、真名古はぼそっと、首をかしげた。
自分のをだすと、番号をあけた。
「あら…赤外線できるんじゃない、ちょっとかして」
言うが早いか、ももかの手には真名古のケータイ。
とりかえす手がのびてるうちに、さっさと転送、もう終わり。
「あたしの番号も、そっちに入ってるから、なんかあったら電話して」
どっちがトシ、上なんだか、わからなくなってくる。
「じゃよろしくね、えーと…」
「ももか、よ」
「よろしく、ももかちゃん」
目的ははたせなかったけど…。
ふつうの町だがこの町は、なにか気分があったかい。
真名古はちょっと、楽しくなった。
「じゃあね、おばさん」
小さい背中を見送るのは、苦笑いしながらではあったけど…。