まい・おうん・さんたくろーす

#9

作:山稜

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 自転車をおして、歩く。
 あしどりは、おもく。

 つかれたというか、気がぬけたというか。
 とにかく、失ぱいした。

 ふぅっと、もれた。
「あたしって、こんなにおろかだったかしら…」
 がっくり、うなだれた。

 ふと、向こう。
 おんなじように、がっくり、うなだれてる。
「あら、三太おにーちゃん」
「あれぇ…ももかちゃん」

 いつのまにか、ちがうほうへと歩いてたらしい。
 三太の家が、目の前だった。

「おひさしぶりねっ」
「そういや、そうだなぁ」

 上げたバイクのスタンドを、三太は戻して立てなおした。

「どうしたんだい、がっくりして」
「おたがいさまじゃない」
「ありゃ、見られてたのかぁ…実はさぁ、」

 話しはじめて、ももかがとめて。
「ちょっと三太おにーちゃん、レディ・ファーストってことばをしらないのっ」
 ひとさし指を、左右にふって。
「そーゆーんだと、女の子にきらわれちゃうんだからっ」

 苦笑いして、三太は言った。
「そ…それじゃももかちゃん、どうしてがっくりしてたの?」
「じつはねぇ…」


 ひさしぶりに、クリスおねーちゃんのところに行って。
 ちょっと、きーてみたかったのよね。
 おねーちゃんなら、どーゆーか。

「でね、落ちついたカンジでよくお話をするの、こっちのコは。
 で、こっちのコはぶっきらぼうだけど、どこかやさしいカンジがするの。
 どっちもおんなじぐらいかっこいいんだけど、りょうほうともあたしに気があるみたいなの…もてる女は、ツライわよねぇ」

 でも…そんな話題、いまのクリスおねーちゃんにするなんて、おろかのきわみだったわ。
 それだけでも、おろかだっていうのに、

「クリスおねえちゃんだったら、どっちをとる?」
「どっちをとる、なんて、そんな…」
「たとえば、のハナシ…どっちにする?」

 なんて、きーたもんだわよ。
 そしたら、

「それはやっぱり、よくお話をしてくださる方のほうが楽しいですわ…
 いっしょにいると、あっと言う間に時間が過ぎますのよ」

 そこまでは、まだよかったのよ。
 そこで、とまれば、ね。

「いっしょに何かを見に行くにしても、お話がはずむほうが、やっぱりいっしょにいても楽しいと思いますもの」

 そうつづいたとき、しまったっ!って、おもったわ。
 だってそのあと、

「わたくしもよく、望くんと花や鳥を見たりしますけれど…
 いろんなことを話してくださるから、楽しいですわ。
 花を見て花弁がきれいにととのっているね、鳥を見てきれいな羽のつやだね、
 でもクリス、きみの美しさには、あの夕日でさえも引き立て役でしかないさ
 …な〜んて言われたときには、いまだにどうお応えしていいのか困りますけれどっ」

 …つきあって、らんなくなって、ほっといてかえったけど。
 そのままひとりでしゃべってて、きっといまごろ、

「あら?ももかちゃん?」

 とか、いってるわね。

 まったく、失ぱいだったわ…
 いまのクリスおねえちゃんにあんなこと聞いたって、まいあがっちゃって自分のハナシしかしないわよねぇ。


「しかたがないから、ひさしぶりに未夢ちゃんのところへでも、行ってみようとおもってあるいてたら、こっちまで来ちゃってたってわけ」

 まぁ、無理もない。
 あの花小町さんのことだから、ぶっとんでって破壊してないだけマシだろう…。
 ははは、と三太は、わらうだけにした。

「それで…三太おにーちゃんは、なんでため息ついてたの?」

 三太ののどは、ぐっとつまった。
 こういう話題は、だいたい、いきおい。
 あらためてしまえば、言いにくい。

 こまっていると、ももかは横目を流してきた。

「ははーん、さては…オンナのコに、ふられたのねっ」
「ちがう、ちがう!」

 反射的に言ってはみたが、どう言ったもんだか。
 ももかがいくら、かしこいとはいえ、考えてみれば小学生。

 こみいったハナシをするのも、ミョーにも感じ。
 でも、
 こっち向いてる目もと、どうにもならんし。

「ふられるも何も…」
 なんとか、さがしてはみた。
「手紙がうまく、書けなかっただけだよ」

 ももかは両手を、よこに広げた。
 いつもの「お手上げ」のポーズだ。

「なーんだ、まだ『こくはく』もしてないのね…そんなんじゃ、カンケーがすすみようが、ないじゃない」

 ももかがいくら、かしこいとはいえ、考えてみれば小学生…。
 前言撤回。
 場合によっちゃ、おれたちより…。

「あいに行って、はっきり『すきだ』って言うことね…よくもわるくも、それですっきりするわ」

 頭をかかえて、三太は言った。
「いや…ももかちゃん、会いたくても会えるような相手じゃ、ないからさぁ」
 言ったことばが届く間もなく、
「なに、いってるのよ」
 と、かえってきた。

「会えないなんて…」
 ももかは地面を、ゆびさした。
ここ(..)に、いるんでしょ?」

 とたんに、あのときのことが、よみがえる。
 あれからもう、5年と、半年。
 小さくなってく光に向かって、
 おれのとなりで、この子は言った。

≪…さよなら、ルゥ……≫

 そのとき、3歳ほど。
 とは思えない、せつな顔。
 みんな見上げる、その中で。

 そしてその子が、さらに言う。

「大すきなひとを、あきらめちゃ、だめなんだから」

 心臓、わしづかみにされる。
 こんなちーさい子が、わかってる。
 自分はいったい、何してる。

 あきらめちゃ、
「そう…だよなぁ、そうだ…」
 いけない。

 たとえその子がだれであろうと、
 きっとまた、会える。
 あきらめたり、しない…。

 手をおいていた、愛車のタンク。
 ハーレー・ダビッドソンの字が、
 とつぜんはっきり、見え出した。

 キック、いっぱつ。
 めずらしくエンジン、すんなり。

 マフラーがきざむ、コントラバス。
 妙に落ちつく、胸の奥。
 手にしたままの、サングラス。
 ゆるんだほおの、上からかける。

「さんきゅ〜、ももかちゃんっ!」
 重低音をひびかせて、三太は走り去っていった。



「まったく…」
 腕ぐみをして、ももかはふっとつぶやいた。
「どっかに、しんのつよいオトコって、いないもんかしらねぇ」

 さて…と、ふみ出すその先で、みなれない顔がきょろきょろと。
 つかれたカオしてるわね、このおばさん。
 目が合った。
 たったか、こっちへやってきた。
「お嬢ちゃん、しってたらおしえてほしいんだけど」

 (きょろきょろ+つかれたカオ+なれなれしい、たい度)×小学生=…。
 犯ざいの、ニオイがするわ。
 ちょっとさぐりを、入れないと。

「なぁに?」
 ももかは女を、ぐっとにらんだ。

 女は片目を、ひきつらせた。
 それでもなんとか、笑顔は作った。

「このへんに、黒須さんっておうちがあると思うんだけど…?」

 なにこのおばさん、ねらいは誘かいじゃなくて、どろぼう?
 なら、ゲキタイしておかないと。

「おばさん、お客さんなの?」

 女の眉間に、くっきりと、しわ。
 それでもなんとか、笑顔は持った。

「ええ、まぁ…『さんた』って人が、そこにいるってきいてきたんだけどね」

 サギねらいかしら?
「セールスかなんか?」

「ちがうちがう、」
 女はバッグの中を、あさった。
「ちょっとお手紙もらったんで…ホラ」
 とり出された、白い封筒。
 裏にはしっかり、三太の住所。
「だいじなご用があって、きたんだけどね」

 まぁそんなこと言われたって、サギじゃないっていうわけでもない。

「ざんねんだったわねぇ、三太おにーちゃんならいま、でかけたところよ」

「そう…」
 なぜか女は、ほほえんだ。
「じゃあ、また来ることにするわ、ありがとうね、お嬢ちゃん」

 女はくるりと、向きをかえた。

「ちょっとっ!」
 ももかが大声、はりあげた。
 女はびくりと、向きを戻した。
「な…なに?」

 ももかは女を見すえながら、右手をすっと差し出した。

「メイシぐらい、おいてきなさいよ…だれがきたのか、わかんないじゃないのよ」

 女はおおきく、目を開いた。
 両方のまぶた、いそがしくうごいた。
 われにかえって、バッグをさぐった。
「ごめんなさいね、それじゃ」
 名刺を、さし出す。
 両手で、うけとる。

 さっそく中身を、読んでみる。
「アール・エム・エンタープライズ、」
 うっ…。
 あとのぶん、みんな習った漢字だけど、読みかたちょっと、ヘンよねぇ…。
「…ナマコ?」

 言われた女は、とっさにさけんだ。
「真名古ですっ、マ・ナ・コ!」

 ももかは思わず、ぷっとわらった。
「おもしろいひとねぇ…いーわ、三太おにーちゃんが帰ってきたら、れんらくしてあげる」

 ポーチの中から、取り出して。
 ケータイを見せて、ほほえんで。
「番号は?」
「え?」
「ケータイ見せて『番号は?』ってきーてるってことは、あなたのケータイの番号をおしえて、ってことよ」
「あぁ…」

 どうも調子がくるうなぁ、と、真名古はぼそっと、首をかしげた。
 自分のをだすと、番号をあけた。

「あら…赤外線できるんじゃない、ちょっとかして」
 言うが早いか、ももかの手には真名古のケータイ。
 とりかえす手がのびてるうちに、さっさと転送、もう終わり。

「あたしの番号も、そっちに入ってるから、なんかあったら電話して」

 どっちがトシ、上なんだか、わからなくなってくる。

「じゃよろしくね、えーと…」
「ももか、よ」
「よろしく、ももかちゃん」

 目的ははたせなかったけど…。
 ふつうの町だがこの町は、なにか気分があったかい。
 真名古はちょっと、楽しくなった。

「じゃあね、おばさん」

 小さい背中を見送るのは、苦笑いしながらではあったけど…。


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