まい・おうん・さんたくろーす

#8

作:山稜

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 社長は、成功したほうだと思う。

 10代はアイドル、
 25で結婚、
 27で独立、
 いまじゃちょこっと名の知れた、芸能事務所の社長さん。

 結婚生活は、成功とは…いいにくいけど。

 この家だって、億単位。
 高級住宅街のこの辺じゃ、ひろい…と言える家ではないが、社長の気持ちのこもった家だ。
 いくつにも、部屋がある。
 いつでも、泊めてくれる。
 そんなところが、社長らしいな…なんて、思ったりする。

 食うに困っていた自分を、この家に住まわせてくれたこともあった。
 ここのお嬢は、よくなついてくれた。
 トシをこえて、よく気があった。
 他人がマネージャーだと、なかなかうまく行かない…
 というから、自分が結局、もどってきた。
 これも何かの―…

「どうしたのナマコちゃん、ボーっとして」
 お嬢に言われて、はたと気づく。
「あぁ…ごめんなさい、ちょっと昔のこと、思い出して」

 お嬢が、うふふと笑う。
 なごむ笑顔が、社長そっくり。
 やっぱり親子…
 そう言うと、お嬢はきまって、おこるけど。

「で、きょうはレターは?」
 事務所から持ってきた、ファンレター。
 テーブルにあけると、ざっと、小山。
「こんなもんかな?」
「落ちついてきたね」
「そうねぇ、年末年始はひどかったもの…お嬢があんなこと、テレビで言うから」

 おおさわぎ。
 お嬢にすれば、悪気はない。
 でも「おれがサンタです」みたいなのが、こんな山どころじゃない。
 さすがに5月ともなると、もうそんなのは見当たらない。

「お嬢、はやめてよ、ナマコちゃん」

 その「お嬢」が、ゆびをさす。
 おっとそうだった、でも、

「ナマコもやめてよ、キョウコちゃん」

 あはは、とキョウコはわらいながら、目の前でおがんでみせた。

 お嬢…キョウコとは、約束していた。
 おたがいに、「お嬢」「ナマコ」はやめにしよう、と。
 別に自分はナマコだろうが何だろうが、いいのだけれど…。
 それが彼女の望みなら、つきあってあげよう。
 そんな気にさせるのも、この子だから…かもしれない。

 ファンレターの封だけ切って、わたす。
 カミソリとかが入ってないか…ケガをさせると大変だから。

 取り上げた、1通。
 差出人が、…。

「ま〜だ『サンタ』から来るのぉっ…いいかげんにしてほしいなぁ、もう」

 見てみると、こっちにむいた頭のてっぺん。
 ため息が、そこから、ふうっ。

 「サンタくん」からの手紙を、待っているのはわかってる。
 住所が書いてあるところへは、かわりに行ってみたこともある。
 でも、遊園地で見た「サンタくん」は、どこにもいなかった。

 はぁっ、と、ため息、もうひとつ。
 ほおづえの上から、お嬢が言った。
「最近、ぜんぜん来なくなってたのにねっ」
 あきれたような、くちぶりで。

 それにあわせて、のってみた。
「今度のはまた凝ってるわ、『黒須三太』だって」
 くちの端っこ、引き上げた。
 きっとこの子も、同じようにする…

 と思ったら、目が丸くなっていた。
「黒須…」
 それきり何も、言わなくなった。

 こいつはきっと、何かある。
 だてにながいこと、女はやってない。
 直感で、わかる。

「調べて…きましょうか?」

 そういったとたん、
「行かなくていいわよ」
 うしろから、声。
「ママっ!」

「いらしたんですか」
「当たり前でしょう、わたしの家なんだから」

 それはたしかに、そうなのだけれど。

「それより…どうせまた、いたずらなんでしょ、そんなのいちいち、相手にしてないのっ」

 だいたい、展開の予想はつく。
 このあとお嬢が、

「いたずらかどーか、わかんないじゃないっ」

 ほらきた。
 あんな言い方だったら、反発するってきまってる。
 親子だっていうのにこの親子、おたがいの扱いかた、しらなすぎる。

 にらみあってるよ…。
 んで、あいだに立つのはいつも、あたしなんだから…。

 とはいえ、
「まーまー、社長もキョウコちゃんも…」
 って言っても、社長はもうクチのスイッチが"オン"で。

「そうはいうけどあなた、ナマコちゃんにどれだけ走り回ってもらえば気がすむの」

 お嬢は、だまって聞いてる。

「だいいち、そんなスキャンダルになりそうなネタに自分からくび、つっこむ人がありますかっ」

 あ〜こっちは、耳のスイッチが"オフ"ね。

「あなたアイドルなのよ?イメージを売る商売なのよ?しかも世間から『超』アイドルとまでいわれてる娘が、オトコのことで目の色変えるなんて…」

 お嬢が急に、社長に向いた。
「なっ…」

 にらみつけてた。
「なにも、そこまで言わなくても!」

 まるで、バネ。
 とびあがって。
 テーブルがひっくりかえりかけて。
 あわてて止めて。
 そのまま転がって、自分の部屋へとんでった。

「ちょっとキョウコ、話はまだ終わってないわよっ、キョウコっ!」

 だいたい、こういう構図。
 社長がまくしたてる、
 お嬢が聞かないでいる、
 さらに社長が言う、
 お嬢がプッツン…

 それであとしまつをするのが、わたし…と。

「ナマコちゃん、あんたもこんなのいちいちキョウコに見せないでちょうだい」
 まずこれだ。
 とばっちりが、わたしんトコにくるんだな。

「あの子にはもっと、ちゃんと仕事に意識を向けてもらわなきゃならないんだし…だいたい、大学入ってからってもの、仕事に身が入ってないのまるわかりじゃないの、しょっちゅうセリフまちがったり、いつもだるそうにしてたり…」

 ここで反論しちゃ、いけないのだ。
 これで社長の気がすむんなら、それでいいわけだし。
 え〜い、がまんだ、がまん。


 ハードカバーが、ならぶ書棚。
 ひと月まえは、うれしかった。
 ひと並に、勉強して、
 ひと並の、扱いで、
 そんな学生生活を、思い描いて。

 現実は、とてもおよばない。
 登校するたび、ひとだかり。
 教壇からは、いやみ。
 なにより自分に、体力がない。
 集中力も…

 やっぱり、無理…?
 せっかく、大学生になったのに…。

 あたしはいったい、どうしたら…。

 ベッドに顔を、おしつけた。
 みぞおちにあふれて、とまらない。
 目がしらから、ふきでてきた。

 もう、なにが意味のあることなのか…。
 こんなとき、あのひとなら、なんて言うんだろう…。

 あの…ひとなつっこい笑顔が、…。
 恋しい…。

「あいたいよぉ…」

 声に出てしまったら、とまらなくて。
 泣き声と、なみだ。
 まくらの奥に、無理やり、しまいこんで…。


「…なってないわよ、あのコ」

 おっ、きょうは早いな。
 このセリフが出たら、しめたもの。

「とにかく…あなたからも、よーくいいきかせてちょうだいね、たのむわよ」
「はぁ〜い…」
「じゃ、きょうはこれで…あなたも帰ってゆっくり休みなさい」
「はぁ〜い」

 そこらじゅうのもの、いそいで集める。
 社長の気がかわらないうちに、かえらないと…話が長引くと、また大変だ。

「では、しつれいしま〜す」
「お疲れさま」

 お疲れさまですよ、ホント。
 さすがにそれはクチにせず、出る。
 いちおう、にこやかに頭を下げて。

 とびらを閉めたら、すべりおちた。
 例の、レターだ。
 ついでに中身も、出かかって。
 つまみあげたら、落ちて出た。
 気になって、つい…読んだ。

「キョウコちゃん
 大学入学おめでとう。
 うまく書けないんだけど、仕事、がんばってください。」

 …それだけ?
 封筒のなか、さぐってみても、何もない。
 やっぱり、それだけ…か。

 黒須…三太、くん…か。
 ホントかも、しれないな…。

 そんなバカげたこと、と思いながら。
 不器用そうな、ひとなつっこい笑顔が、目に、うかんだ。




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