作:山稜
社長は、成功したほうだと思う。
10代はアイドル、
25で結婚、
27で独立、
いまじゃちょこっと名の知れた、芸能事務所の社長さん。
結婚生活は、成功とは…いいにくいけど。
この家だって、億単位。
高級住宅街のこの辺じゃ、ひろい…と言える家ではないが、社長の気持ちのこもった家だ。
いくつにも、部屋がある。
いつでも、泊めてくれる。
そんなところが、社長らしいな…なんて、思ったりする。
食うに困っていた自分を、この家に住まわせてくれたこともあった。
ここのお嬢は、よくなついてくれた。
トシをこえて、よく気があった。
他人がマネージャーだと、なかなかうまく行かない…
というから、自分が結局、もどってきた。
これも何かの―…
「どうしたのナマコちゃん、ボーっとして」
お嬢に言われて、はたと気づく。
「あぁ…ごめんなさい、ちょっと昔のこと、思い出して」
お嬢が、うふふと笑う。
なごむ笑顔が、社長そっくり。
やっぱり親子…
そう言うと、お嬢はきまって、おこるけど。
「で、きょうはレターは?」
事務所から持ってきた、ファンレター。
テーブルにあけると、ざっと、小山。
「こんなもんかな?」
「落ちついてきたね」
「そうねぇ、年末年始はひどかったもの…お嬢があんなこと、テレビで言うから」
おおさわぎ。
お嬢にすれば、悪気はない。
でも「おれがサンタです」みたいなのが、こんな山どころじゃない。
さすがに5月ともなると、もうそんなのは見当たらない。
「お嬢、はやめてよ、ナマコちゃん」
その「お嬢」が、ゆびをさす。
おっとそうだった、でも、
「ナマコもやめてよ、キョウコちゃん」
あはは、とキョウコはわらいながら、目の前でおがんでみせた。
お嬢…キョウコとは、約束していた。
おたがいに、「お嬢」「ナマコ」はやめにしよう、と。
別に自分はナマコだろうが何だろうが、いいのだけれど…。
それが彼女の望みなら、つきあってあげよう。
そんな気にさせるのも、この子だから…かもしれない。
ファンレターの封だけ切って、わたす。
カミソリとかが入ってないか…ケガをさせると大変だから。
取り上げた、1通。
差出人が、…。
「ま〜だ『サンタ』から来るのぉっ…いいかげんにしてほしいなぁ、もう」
見てみると、こっちにむいた頭のてっぺん。
ため息が、そこから、ふうっ。
「サンタくん」からの手紙を、待っているのはわかってる。
住所が書いてあるところへは、かわりに行ってみたこともある。
でも、遊園地で見た「サンタくん」は、どこにもいなかった。
はぁっ、と、ため息、もうひとつ。
ほおづえの上から、お嬢が言った。
「最近、ぜんぜん来なくなってたのにねっ」
あきれたような、くちぶりで。
それにあわせて、のってみた。
「今度のはまた凝ってるわ、『黒須三太』だって」
くちの端っこ、引き上げた。
きっとこの子も、同じようにする…
と思ったら、目が丸くなっていた。
「黒須…」
それきり何も、言わなくなった。
こいつはきっと、何かある。
だてにながいこと、女はやってない。
直感で、わかる。
「調べて…きましょうか?」
そういったとたん、
「行かなくていいわよ」
うしろから、声。
「ママっ!」
「いらしたんですか」
「当たり前でしょう、わたしの家なんだから」
それはたしかに、そうなのだけれど。
「それより…どうせまた、いたずらなんでしょ、そんなのいちいち、相手にしてないのっ」
だいたい、展開の予想はつく。
このあとお嬢が、
「いたずらかどーか、わかんないじゃないっ」
ほらきた。
あんな言い方だったら、反発するってきまってる。
親子だっていうのにこの親子、おたがいの扱いかた、しらなすぎる。
にらみあってるよ…。
んで、あいだに立つのはいつも、あたしなんだから…。
とはいえ、
「まーまー、社長もキョウコちゃんも…」
って言っても、社長はもうクチのスイッチが"オン"で。
「そうはいうけどあなた、ナマコちゃんにどれだけ走り回ってもらえば気がすむの」
お嬢は、だまって聞いてる。
「だいいち、そんなスキャンダルになりそうなネタに自分からくび、つっこむ人がありますかっ」
あ〜こっちは、耳のスイッチが"オフ"ね。
「あなたアイドルなのよ?イメージを売る商売なのよ?しかも世間から『超』アイドルとまでいわれてる娘が、オトコのことで目の色変えるなんて…」
お嬢が急に、社長に向いた。
「なっ…」
にらみつけてた。
「なにも、そこまで言わなくても!」
まるで、バネ。
とびあがって。
テーブルがひっくりかえりかけて。
あわてて止めて。
そのまま転がって、自分の部屋へとんでった。
「ちょっとキョウコ、話はまだ終わってないわよっ、キョウコっ!」
だいたい、こういう構図。
社長がまくしたてる、
お嬢が聞かないでいる、
さらに社長が言う、
お嬢がプッツン…
それであとしまつをするのが、わたし…と。
「ナマコちゃん、あんたもこんなのいちいちキョウコに見せないでちょうだい」
まずこれだ。
とばっちりが、わたしんトコにくるんだな。
「あの子にはもっと、ちゃんと仕事に意識を向けてもらわなきゃならないんだし…だいたい、大学入ってからってもの、仕事に身が入ってないのまるわかりじゃないの、しょっちゅうセリフまちがったり、いつもだるそうにしてたり…」
ここで反論しちゃ、いけないのだ。
これで社長の気がすむんなら、それでいいわけだし。
え〜い、がまんだ、がまん。
◇
ハードカバーが、ならぶ書棚。
ひと月まえは、うれしかった。
ひと並に、勉強して、
ひと並の、扱いで、
そんな学生生活を、思い描いて。
現実は、とてもおよばない。
登校するたび、ひとだかり。
教壇からは、いやみ。
なにより自分に、体力がない。
集中力も…
やっぱり、無理…?
せっかく、大学生になったのに…。
あたしはいったい、どうしたら…。
ベッドに顔を、おしつけた。
みぞおちにあふれて、とまらない。
目がしらから、ふきでてきた。
もう、なにが意味のあることなのか…。
こんなとき、あのひとなら、なんて言うんだろう…。
あの…ひとなつっこい笑顔が、…。
恋しい…。
「あいたいよぉ…」
声に出てしまったら、とまらなくて。
泣き声と、なみだ。
まくらの奥に、無理やり、しまいこんで…。
◇
「…なってないわよ、あのコ」
おっ、きょうは早いな。
このセリフが出たら、しめたもの。
「とにかく…あなたからも、よーくいいきかせてちょうだいね、たのむわよ」
「はぁ〜い…」
「じゃ、きょうはこれで…あなたも帰ってゆっくり休みなさい」
「はぁ〜い」
そこらじゅうのもの、いそいで集める。
社長の気がかわらないうちに、かえらないと…話が長引くと、また大変だ。
「では、しつれいしま〜す」
「お疲れさま」
お疲れさまですよ、ホント。
さすがにそれはクチにせず、出る。
いちおう、にこやかに頭を下げて。
とびらを閉めたら、すべりおちた。
例の、レターだ。
ついでに中身も、出かかって。
つまみあげたら、落ちて出た。
気になって、つい…読んだ。
「キョウコちゃん
大学入学おめでとう。
うまく書けないんだけど、仕事、がんばってください。」
…それだけ?
封筒のなか、さぐってみても、何もない。
やっぱり、それだけ…か。
黒須…三太、くん…か。
ホントかも、しれないな…。
そんなバカげたこと、と思いながら。
不器用そうな、ひとなつっこい笑顔が、目に、うかんだ。